タソガレドキ忍軍組頭、雑渡昆奈門は親馬鹿である。 それは彼の部下であれば誰もが知る周知の事実であった。だから先日愛娘からの手紙を冊子にしてまで持ち歩いているなどと知ったところで、納得こそすれさほど驚きもしなかったのだが。 「どうした?尊奈門」 真面目そのもので思案に耽っていた諸泉は、先輩の声にハッと顔を上げた。 「あ、高坂先輩」 「おう。何だ?珍しく真面目な顔で」 「珍しくは余計です!」 幼さの残る顔で口を尖らせるとますます子どもっぽくなるぞと言い掛けた高坂だが、少し考えて止めた。優秀でありながら時折子どものような顔を覗かせるのが、諸泉の愛される由縁である。それを思い出したのだ。 「悪い悪い。で?悩みでもあるのか?…もしかして好きな女でも出来たか?」 「ち、ちちち違いますよ!少し気になることがあるだけですッ!」 「ほー」 「何ですかその反応。全然信じ出ないでしょう!」 慌てるから怪しいのだとこの初心な後輩に教えてやるべきか否か。憧れる組頭のようににやにや笑いながら、「信じてる信じてる」と適当にいなせば、不貞腐れたような顔をしつつも、慣れたもので諸泉は思案の理由を話し始めた。 「実は、先日の朔の手紙についてなんですが」 「朔の?…ってああ。あれか、組頭が持ち歩いておられる」 「そうなんです」 「それがどうかしたか?」 「高坂さんは気になりませんか?」 「何を」 「だから、朔の『同封したお手紙は、尊くんと陣左兄にわたしてください』ってやつですよ」 「あー…あれなあ…」 丁寧に冊子に綴じられた文。その一通にあったその一文。しかし二人には、朔からの文を受け取った記憶はなかった。五年ほど前のものだが、さすがに妹からの文を貰った事実を忘れるほど高坂も諸泉も薄情ではない。 となれば考えられる理由は二つ。朔が同封し忘れたか、受け取った人間が彼らに渡さなかったか、である。 同封し忘れたなら、次の文で送ってくるだろう。けれどそれもないということは後者の可能性が高いということで、それはつまり。 「組頭が握りつぶしたってことだろう?」 「ですよね」 「じゃあ諦めるしかないだろ。あの人から内容を聞きだせると思うか?」 「そりゃ難しいとは思いますけど…」 相手はタソガレドキ忍者百余名の頂点に立つ男。その雑渡が渡さず闇に葬ったのならば、内容を知らせたくなかったのだろう。聞き出すのは至難の業であると容易に想像できる。 「で、でもいいんですか、高坂先輩」 「何だ」 「朔から私たちへの手紙、ですよ?気になりませんか」 「そりゃ、まあ…」 「それにもしかしたら、それだけじゃないかもしれないですよ?実は他に握りつぶされてるのがあるのかも!」 「…ありそうだな」 「ということはですよ?朔からしてみれば私たちは返事も寄越さない薄情者じゃ…」 「……」 「次に帰ってきた時どんな顔して会えばいいんですか…」 しょんぼりと肩を落とす諸泉に、高坂が慌てて口を開く。 「いやそれはいつも通りでいいだろ?朔はこれを知らないわけだし、今更妙に気を使っても不審に思うだけだろう」 ここはいっそ墓場まで持っていくべきだろうと、重々しく告げる高坂に、諸泉は情けない顔を向ける。 「そうでしょうか…」 「そうだ!」 「そうなんですね…。いややっぱり違うと思います!」 「は?」 「挑まずして諦めるのはどうかと思います」 きりりと表情を引き締め、諸泉は勇ましくも言い放つ。しかし対する高坂は、渋い顔を崩そうとはしなかった。 「言いたいことはわかる。わかるが、じゃあお前なんか策でもあるのか?」 「……ありません!」 「おいこらちょっと待て」 襟首を掴んで締め上げながら、高坂は引きつった笑みを浮かべる。 「何だその当たって砕ける方向!忍者ならちっとは考えろよ」 「じゃあ先輩何かあるんですか!?骨なら拾いますけど!」 「散る事前提かよ!」 ぎゃんぎゃん騒ぐ二人は、幸か不幸か柱の影で自分たちを見つめる二対の目が合ったことに気付いてはいなかった。そしてまた、結論も出そうになかったのであった。 *** 「…アイツらは何をしてるのかな?陣内、何か知ってる?」 「い、いえ…。一体何でしょうねえ?」 「手紙手紙って、そんなことでいつまでも騒いでるなんて尊奈門はともかく陣左もまだまだ青いねぇ」 「し、知っておられたのですか」 「気付くよそりゃ。あんな大声で騒いでりゃ」 「いえそれではなく、朔からの文の行方の方…」 「ん?何のこと?私は知らないなあ。『もらったおまんじゅうがおいしかったから、こんどは尊くんといっしょに食べにいきたいな』とか『せんぱいといっしょに遊んだら、陣左兄にあいたくなりました。夏休みにはまたいっしょに遊んでね』とかとかとか。一切何にも全く知らないなあ」 「知ってるじゃないですか!!」 「だってあの子私にはそんなこと殆ど書いてくれないんだよ!?饅頭なんて腹いっぱい食べさせてあげるし、何なら仕事放置して一緒に遊んであげるし!っていうか遊びたい!」 「いやあなた何言ってるんですか!?何そのドヤ顔!そんなんだから朔が書いてくれないんですよ!?」 *** 「へっくしッ!」 「朔、風邪?大丈夫?」 「大丈夫大丈夫。いやー誰か噂でもしてるのかな」 「噂?お前の?」 「……仙ちゃん鼻で笑うのやめてくれないかな。定説でしょうよ、ただの!」 「どうでもいいがお前は鼻を拭け」 「文次郎がお母さんみたいだ…」 「鼻たらしながら言う台詞がそれか!?」 「……母親なら、留三郎だろう……」 「お留はお母さんて言うか…」 「子守っぽいな!」 「ああ!?待て小平太誰が子守だ!」 「そうだよー。一年生が一番多いのは生物だし、その称号はむしろ八左ヱ門にあげて」 「それはそれで微妙な気分になるな…」 「え、何君はお母さんになりたいの?どっち?」 「強いて言うならどっちでもねぇよ…」 「ぶえっくしょん!!」 「朔」 「にゃに?」 「親父くさいな」 「……」 「小平太、追い討ちを掛けてやるな。あーもう!…ほら、鼻かめよ。ちーん」 「うえーい」 「さすが留さん!手馴れてるね!」 文の行方は誰ぞ知る (20120818) --- 縞様リクエストで『五万打企画「前略、お元気ですか?」の父さまに握り潰された陣左兄と尊くんへ宛てた手紙の内容若しくは手紙の行方(ほのぼの)』でした。お待たせ致しました…!!黄昏組は久々な為なのか、親馬鹿兄馬鹿が加速中…?みたいなことになりましたがいかがでしょうか?ラストの彼らは友情出演ということで。お楽しみいただければ良いのですが…。書き手としては楽しかったです。今回は素敵なリクエストありがとうございました。 |