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「約束ね!」

明るい声音に小平太はハッと顔を上げた。
隣に立っていた長次に「どうした」と問われ、小平太は首を振った。

「いや…何でもない」

立ったまま寝ていたわけでもないが、何だか夢を見ていたようなそんな気分だった。

「何でもないんだ」

まるで言い聞かせるように小平太は繰り返した。そう、何でもない。
視線の先では、華やかな薄紅の小袖を身に纏った娘が、楽しそうに笑っている。

「約束ね!明日は街へ行きましょうね」
「ええ、皆で出かけましょう」

仙蔵の言葉に同意を示すように頷き、不意に思っただけだったのだ。
そう言えば、朔はどうしているのだろうと。

『委員会があるから』

唯歌さんのところへ行こう。そう誘った小平太に、困ったように笑いながら断った朔。
それは珍しい事ではないから、何だか慣れてしまった。
委員会が終われば来たらいいのに。それとも鉢屋たちと一緒にいるのだろうか。また、鉢屋たちと――。

「小平太?」

どうかしたの?
甘い声に呼ばれて視線を向ければ、彼の至高の存在がすぐ傍にいて、大きな瞳に映る自分を見つけた。

「唯歌さん」

はい、と差し出された小指に首を傾げれば、「指きりしましょう?」と天女と呼ばれる娘は微笑んだ。
一人ずつと指きりをしているらしい。
ああそれでか。文次郎の頬が少しだけ赤く染まっているのは。
どこか他人事のようにそんなことを考え、小平太は己の小指を細い彼女のそれに絡めた。

甘い匂い。白くやわらかな手。細い指。
約束を歌って、そうして――。

『約束ね』

ああそうだ。あいつと一緒に街へ行こうと言ったんだ。あれはいつの話だったかな。結局どうなったんだっけ。
何故かうすぼんやりと霞がかったような記憶の向こうで、ちり、と何かが燻ったような気がした。
何か、を探ろうとしたその時、天女様の明るい声が響いた。

「明日が楽しみね!」

天女様が笑う、笑う。笑う。
甘い匂い包まれて、彼女の愛らしい笑みが小さな世界を満たす。

「ね?小平太」
「…あ。ああ、そうだな!」

殊更大きく頷くと、天女様は「ふふふ」と笑みを深めた。

「小平太は可愛いわ」

少しだけ背伸びをして、天女様が小平太の頭を撫でる。いつかあの子がそうしたように。あの子が後輩たちにそうするように。
胸を満たすような思いがあって、だから小平太は訳もなく笑った。そうしなければ、何故だか泣きたくなった。

ああ幸せだ。幸せだ。きっとこれが、幸福というものなのだ。

朔も一緒に来ればいいのに。そうすればこの想いを分かち合えるのに。
また、五年連中と一緒なのだろうか。いつかのあの日のように、「仕方ないだろう?」と言うのだろうか。
ああ、そうだな。仕方ない、と思った。あの朋輩は、たとえたった一つ違いであっても後輩には甘いのだから。
仕方ない。そう思う自分に感じた些細な違和感にすら小平太は気付かない。細かいことは気にしない。それが忍術学園が誇る体育委員長なのだから。

今はただ。胸を満たす甘い甘い香りだけが、すべて。



(20120612)


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匿名様リクエストで『切ない系で、「天泣主人公に懐く5年に嫉妬してた天女投入前の自分」を振り返って、もやもやする天女投入後七松。』でした。お待たせ致しました。晴れそうで晴れない、答えが見えそうで見えない。こんな感じでもやもやする七松ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。今回は素敵なリクエストありがとうございました。


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