どこかで聞いたようなタイトルに、ふと足を止めた。 平積みされた新刊の山の陰にひっそりと置かれたそれ。装丁に見覚えはなく、作者も知らない名だった。 どこで聞いたのだろう?雷蔵か、勘右衛門か…。三郎や八左衛門が好むジャンルではない。 うーんと首を傾げながら、それでも俺はその本に手を伸ばしていた。吸い寄せられるように。柔らかな、淡い色合いの表紙。ぱらりとめくる。最初の一文。やはり馴染みのない文体。 だけど、ああ、そう言えばと浮かぶ顔があった。 あの子だと。 一緒になった数日前の講義。先に座っていた彼女は熱心にそれを読んでいた。 脅かすつもりは欠片もないけど、俺が声を掛けるとびくりとはねあがる肩はいつものことで、驚くことも苦笑することもなくなった。 なんというか、そういう習性なのだ、きっと。 「…いや、お前、習性って動物じゃねぇんだし…」 呆れたような顔をした八の台詞を思い出すけれど、本当にそうなんだから仕方ないじゃないか。 彼女は小動物、いや仔犬かな?――に似ている。 その時もいつもと同じように反応した彼女の肩。 別に嫌われてる訳じゃない、とわかる程度の挨拶と短い世間話。ここまでがいつものワンセット。 だけどその日に限ると少しだけ違っていた。 「その本、そんなに面白い?」 なんとなしに口にした俺の一言に彼女は目を丸くして。 そこまで思い出し、俺は口元を、軽く押さえた。 こぼれる笑いを噛み殺しながら本を手に取り真っ直ぐレジへ向かう。 誰かに言いたい。 話したい。 だけど少し勿体ないような、不思議な気持ちだった。 ――あのね、この本、私すごく好きなの! だろうなあ。 しみじみと思いつつ始業まで彼女の話に耳を傾けた。 目を丸くして、それから興奮気味に話始めたその姿は、おもちゃを与えられた仔犬そのもの。 |