兵助君の部屋に来るのはいつも少し緊張する。だけど、冬になって風が冷たくなってくるとその緊張よりも誘惑の方が勝ってしまう。

「炬燵って偉大だよねえ。というか、入ったら出たくなくなるから困るんだよねえ。堕落するー」

転がったままでぽふりとクッションに顔を埋めると、兵助君の匂いがした。

「じゃあこのまま住めばいいんじゃないか?」

くすくすと笑いながら、心地いい低音で兵助君はそんなことを言う。私が狼狽えると思っているのだろうか。ちらりと視線を上げると、兵助君は楽しげに口元を緩めながら手にしていたマグカップをふたつ、炬燵の上に置いた。

赤と青。
私と、兵助君のマグカップ。
兵助君が作ってくれた『私専用』のマグカップは、当然のような顔をしてこの部屋に溶け込んでいる。兵助君が用意してくれたからから、というのはあるのだろうけれど、それは何だか不思議な光景だった。

もぞもぞと身体を起こして、口を付けた。中身はあったかいソイラテで、このチョイスも兵助君らしい。

「おいしい…」

ほうと息をついて呟くと、兵助君は嬉しそうに笑った。

「よかった。いつものがなくて、今日は違う豆乳なんだ」

…ごめん兵助君。私には豆乳の違いがわからなかったよ。

「修行が足りないね」

不思議そうに瞬く大きな瞳と長い睫。兵助君は綺麗だ。言ったらきっと、不本意な顔をすると思うけれど。
ちびちびと口にするソイラテは、苦いものが苦手なお子様舌の私に合わせてかとろりと甘く身体を温める。
ふと顔上げると、兵助君は自分のマグを置いて私をじっと見ていた。

「どうしたの?」
「ん?いや、何でもない」

何でもないと言うけれど、兵助君のマグの中身はさっきからちっとも減っていない気がする。
どうしたのかな。そう思いつつも自分の分を飲むことに意識を傾けていた私の隣にコン、と青いマグが置かれた。

「ちょっとだけ寄ってくれる?」
「いいけど、何で隣?」

少し横に寄ると、空いた場所に兵助君が潜り込んだ。ぎゅうぎゅう、と言うわけでもないけれど、肩がぴったりくっつくような距離感だ。
炬燵の熱と、兵助君の体温。その両方が近くてあったかい。
クッションと同じ、兵助君の匂いがする。

「何で笑ってるの?」
「近付いても逃げなくなったなあと思って」

笑いを噛み殺したような声は、一体いつを思い出しているのだろう。

「…逃げてほしかったら逃げるけど」

悔し紛れの一言に、兵助君はやわく笑ってこう言った。

「大丈夫」

逃げる前に捕まえるから。


>とけるくらいにあったかいね。


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