ぱらぱらと音が散らばる。

旋律とも呼べないそれは、白い指先が無造作に弦を弾くたびに生まれて消えた。
手酌で酒を煽りながら、見るとは無しに彼女を見遣った。結い上げられた髪が落ちかかる頬は丸みを残すけれど、伏せた目はどこか憂いを含み、それが奇妙な印象を勘右衛門に与えた。

「どうかしましたか?」

弦を弾く指を止め、少女が勘右衛門へと視線を向ける。そう、彼女は少女だ。未だ花開かぬ蕾の娘。けれどその名を知らぬ者はすでにこの街にはない。

薄月楼の白月。

禿の身でありながら、その並外れた美貌は噂に聞こえて久しい。

「勘さん?」

不思議そうに自分を呼ぶ声に、勘右衛門はひっそりと笑い、緩く首を振った。

「いやあ、別にどうもしないよ?」

人形のような秀麗な容貌を崩すことなく、白月は首を傾げた。さらりと黒髪が揺れる音がする。
月色の瞳を瞬かせ、白月は何か言いたげに勘右衛門を見つめていたが、やがて諦めたのか再び己の手元へと目を落とした。
そのことに少なからず安堵している自分に気付き、勘右衛門は今度こそ苦笑した。

(この俺が、怖いだなんてさ)

月色の瞳――人ならぬ者たる証であるそれ。月が人を惑わすように、いずれはこの娘もまたその瞳で多くの男を惑わすのだろうか。

『あの子に遊びで手を出そうとするのなら、止めた方がいい』

冗談半分に告げられた楼主の声を思い出す。その裏に隠れ切れなかった警告の音。
それ程までに、この少女が大事なのかと嘲笑を浮かべたのは、ついこの間のことのように思えるというのに。

紅の唇が、散らばる音に歌を乗せる。柔らかな、柔らかな子守唄。この場所に不釣合いな、やさしいうた。
小さな笑みを刻んだ唇で、少女は歌う。それが誰に向けられたものであるのか。
狐の面を常に離さない、彼女の弟。姉に近付く男には、敵愾心ばかり向ける幼い少年。その姿が浮かんで消えた。

「一番高い壁って、やっぱりそれなのかな?」
「え?」

一人ごちる勘右衛門の呟きを拾い上げ、白月が顔を上げた。

「勘さん?」
「ん?いや、こっちの話。それよりその歌、もう少し聞かせてくれる?」

言われた意味がわからないとばかりに、白月はぱちぱちと目を瞬かせた。かと思えばふわりとあどけない笑みを浮かべ、そうして再び音を紡ぐ。
子守唄、なんて随分昔に忘れたものだ。けれど今だけは、その歌を自分だけのものにしておきたくて。

(我ながら、青臭い)

自嘲する自分を慰めるようだと、静かに世界を満たすその声に、勘右衛門は身を委ねた。



×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -