甲高い笑い声に眉を寄せ、兵助が肩越しにちらりと視線を投げた。

不機嫌を隠そうともしない姿を窘めるのは容易いけれど、そうしようとしなかったのは俺も同じような気分だったから。

兵助の視線を追わなくても、その先に何があるのかはわかりきっていた。
松葉色の制服の一団と、その中心には『天女』と呼ばれる女が一人。
何故、あんな女が『天女』だなんて呼ばれるのだろう?日がな一日遊び暮らしているだけの居候じゃないか。身元もはっきりしない、ただの厄介者じゃないか。
それを何故、先生方はいつまでも放置されているのだろう。行き場がないのだと泣きついたから?間者ではなかろうかと疑ったから?何にせよ、この学園に『不要』な人間であることは明らかだというのに。

俺たちは天女に気付かれないようにと、それとなく物陰に身を潜ませた。
気付かれたら最後、あのべたべたと甘ったるい声で気安く名前を呼んで馴れ馴れしく触れてくるに違いない。誰か教えてくれないだろうか。上級生を見つけるや否や、誰彼構わず擦り寄ってくる女。あれのどこが『天女様』?勘弁してほしい。天女を突き飛ばさない自信なんて俺にはもうなかったし、きっと兵助だってそうだ。そうしたって多分俺を責めるひとはいない。天女の側に侍る六年生たちは注意くらいするだろうけれど、本音でないことなんてわかりきっている。証拠に、天女に向ける笑顔はどれもこれも仮面のようで張り付いたままちっとも動かない。

たったひとり天女の隣でニコニコ笑うあのひと以外は。

ふと、三郎が雷蔵に泣きついて、八左ヱ門が二人を宥めていた姿を思い出す。
「寂しい」と泣いていた。「先輩の側にいられない」と泣いていた。あの女がいるから。たったひとり、本当に親身に、天女の世話を焼いてやっている先輩。俺たちの一等大事な先輩。
俺たちはただ、先輩といたいだけなんだよ。だからねえ先輩を返してくれないかな。

「…なあ勘ちゃん。あの女、消えてくれないかな」

ぽつりと兵助が呟いた。

「三郎だって言っていた。あの女がいるから、先輩は俺たちと一緒にいてくれないんだ。頭を撫でてもくれないし、名前を呼んでももらえない」

じっと見つめるその先で、天女が隣に立っていた松葉色の中でも最も小柄なひとに何事かを囁いている。小さなそのひとは少し困ったように小首を傾げて笑う。ああ近付くな近付くな近付くな。お前如きがそのひとに近付くなよ。ねえ、そのひとに、俺たちの先輩に触るなよ。
一体何がそれ程楽しいのか、大口を開けて笑う姿がひどく不快だった。
ああ本当に。

「消えてくれないかな」


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結果:何か薄暗いですね。


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