※2、4の間のイメージです。ふんわり雰囲気で読んでいただけるとありがたいです。
唐突に部屋を吹き抜けていった秋の心地よい風に、持っていた箱を抱え直してレオンは一息ついた。最初よりは幾分も片付いたと言えども、まだ開けていない箱、そもそもどこにやるかも分からない荷物が散乱している。
「ごめんなさい、すっかり手伝わせちゃって」
「構わないさ。そもそもそういう約束だったし、」
椅子を踏み台にしてクローゼットの上部へ箱を起きながらキッチンから聞こえた声に返事をする。
「豪華なディナー付きなんだろ?」
箱を奥へ押しやったところで足元の方に気配がする。汗を拭いながら椅子の隣にいるブルネットの髪を一纏めにした女へ笑ってみせる。
「もちろん。腕によりをかけてご馳走してあげます・・お店のコックがね。はい、選んで」
女はニヤッと笑うと手に持ったチラシを広げる。どれもこれもデリバリーの店だ。レオンはどうせそんなところだと思ったと言わんばかりに肩をすくめると、適当に右から2番目を選ぶ。
「ピザね。嫌いな具は?」
「いいや、特にないな」
女は任せて、とさも自分で作るとでも言うような雰囲気で電話を取り出した。調子の良い奴め、と部屋を後にするその背中を小突いた。
この調子の良い女ーーアオイとはかれこれ六年の付き合いである。友人、知り合い、数ある関係性を表す言葉の中で選ぶとするならば彼女とは「同じ傷を抱えた者同士」というのが近い。
『ラクーンシティの惨劇から六年が経とうとしています』
唯一家具の中で動いているラジオからそんな一言が聞こえてきてレオンは片付ける手を止める。そう、あの日から六年がたとうとしていた。
あの日ーー恐ろしいウイルスが街の人々を怪物へ変え一晩にして地獄と化したラクーンシティでちょうど六年前の今日、アオイと出会った。
アオイはラクーンシティ警察署の総務課に所属しており、レオンはそのラクーンシティ警察署へ配属されるはずの新人警官だった。
期待の新人レオンを出迎える為に飾り付けられたのであろう部屋も惨劇によって血塗られており、その部屋でアオイはたくさんのクラッカーと共に息を殺してロッカーの中に隠れていたのだ。
そこからは共に命からがらラクーンシティから逃げ出したのだが、運命の出会いとは裏腹に別れ際はさっぱりしたものであった。彼女が重度のPTSDで警察署を去っていたことも、カンザス州にある実家へ帰っていた事も随分経って知ったくらいである。
そんな彼女から唐突に電話がかかってきたのは調度、ラクーンシティの一件から一年経った夜だった。
連絡先はクレアから聞いたと口早に言う声は震えていて、彼女自身、何故体が震えるのか、ましてやあの日から何の繋がりもなかったレオンへわざわざ電話をかけたのかも分かっていないようで、それでもぽつぽつこぼれる意味の無い会話を何故かレオンも切れないでいた。
それからだ。この日に、二人で何かをするようになったのは。
一年目のその電話の後に、たまにお互いの近況だとか、他愛のない話を寝る前に電話をするようになった。
二年目、久々に顔を合わせて出掛けることになった。あれ以来、暗いところがめっきりダメになったらしく予定していた映画はなしにしてしまったが、近くのカフェで日が暮れるまで話し込んだ。
三年目はレオンの車で宛もなくドライブをした。あの日から狭いところもダメだというアオイも、帰りにはガソリンスタンドで買った安い菓子片手に外の景色を見てはしゃいでいた。
四年目には映画にリベンジした。最初はレオンから離れもしなかったが、終わったあとは空になったポップコーンの容器を片手に泣きながら出てきた。内容はよくある悲恋物だったので、レオンは少し退屈だったが。
五年目はレオン自身が少し立て込んでいたのでディナーだけだった。すっかり色んな表情を見せるようになったアオイに、彼女は元来こんな人間だったのかとぼんやり思ったのを覚えている。
そして六年目になる今日は、自宅からDCへと引っ越してきた彼女の荷解きを手伝っている。
惨劇を忘れる為に、血塗られた日でなくするためにあれこれ予定を入れていたはずなのに、今ではこの日にアオイと何かをする事がすっかり目的になっている。
豪華なディナー、とは言い難いピザを、届くまでに繋いだテレビを流してあれこれ話しながら腹に詰め込み、かと思いきや今度は甘いグミが食べたいとのアオイたっての御所望で財布をボンバージャケットのポッケに放り込んですっかり日の暮れて街灯のついた道を歩いている。
もう暗がりがあまり怖くなくなったらしいアオイは上機嫌にレオンの二、三歩先を歩いている。それがどうも気になって、レオンは小走りにその距離を詰める。店の灯りが見えてきた。
「レオンは何買うの?」
「店に着いてから決めるさ。それよりも、もう平気なのか?」
「暗い所? そうね、今は、平気かな」
今は、の一言にレオンは少し間を置いてからそうか、とだけ返した。
アオイとは「同じ傷を抱えた者同士」という繋がりだ。六年経た今もそれは変わらない。ただ、六年も経ってレオンは別の道を歩み出したし、アオイも引越しという一大決心をして新しい人生を歩きだそうとしているーーそう、もうそこに惨劇の影があってはいけないのだ。
「にしても立派な家をよく見つけたな」
「うん。叔父夫婦が住んでたんだけど、色々思う節があってヨーロッパへ移住するんだってさ。で、良ければって事でね・・ちょうど、そろそろ心機一転したかったし」
「・・・・そうか」
買いもしない飴を何度か手に取り、商品棚へ戻す。アオイは相変わらずふらふらと菓子を見ていた。
アオイは不思議な運を持っている。
というよりも、勘が鋭いのかもしれない。あの日だって同僚と一緒に逃げていたら今頃ここにいなかったかもしれないし、アオイと同じように逃げ込んだ先で怪物に襲われた人の亡骸も見てきた。何故あそこにいたのか、一度問いかけて見たことがあるが、
「なんとなく、視界に入ったの」
というなんともぼんやりとした答えだった。ラクーンシティ警察署に務めていた、という大きなハズレ以外は生き残った事も含めて当たりを引き続けている。
このなんとも言えない関係性もそろそろ終わりが近付いている。その時、このラッキーを引く女はどちらを選ぶのかーーいや、幸運な選択肢はどちらなのか。
レオンが会計を済ませるのを店の外で待っていたアオイは地面に伸びる店の灯りをじっと見つめていた。揃えられた爪先の向こうは暗闇である。隣に並ぶとようやくレオンがこちらに来ていた事に気付いたらしいアオイは、慌てて顔を上げて笑った。レオンも少し笑い返して、同時に暗闇へ足を踏み出して帰路へつく。
「だいぶ違うだろ。実家とここじゃ」
「そうね、少し落ち着かないけど、ドキドキしてるの。全部を新しくしてスタートするって」
「・・・・じゃあ、もういいんじゃないか。また一年後、なんて。全部、新しくスタートするんだろ?」
レオンは立ち止まってアオイを見つめた。
「明日、どうしようか?」
アオイは何か言おうと口を震わせて、閉じて、それを何度か繰り返した後に絞り出したように片付け、とだけ答えるのだからレオンは笑いだした。
「なんだよそれ、もっと他にあるだろ」
「う、うるさい、私のも入れて」
わざわざ分けたレオンの分の袋へアオイの物をぽいぽい放り込むとそっぽを向いてしまったーーただ、レジ袋の片方の持ち手を握りしめている。
「あ、あと、思うんだけど。そのジャケット好きでしょ? 仕事に着て行かない方がいいわよ」
「・・勘ってやつか?」
「何となく。だって、好きな服が汚れたり着れなくなったら嫌でしょ?」
二人の間でゆれるレジ袋には、アオイが買ったらしいガムが入っていた。
あまりにも大きなくしゃみを隣の男がするものだから、アシュリーは飛び上がった。すまない、と小さく詫びる顔の整った男ーーレオンの顔をまじまじと見た後に思わず吹き出した。
助け出されてから今まで、口数少なく敵を素早く倒すこの男を鋼のように感じていたが、ようやく人間らしいところが見えた。それが、なんだか嬉しかったのだ。
「ねぇ、だってあなたそんな格好で来るからよ。寒いに決まってるわ」
「・・・・ジャケットを羽織っていたが気絶しているうちに盗られた」
「なあにそれ!」
アシュリーは声を抑えながら腹を抱えて笑う。ふと見たレオンもなんだか可笑しそうに笑うので、何か言ってやろうと思ったが、あんまりにも柔らかく笑うのだから見惚れてしまう。
「・・あぁ、いや。幸運の女神の言う事をきちんと聞いとけばよかったと思ってな」
「・・幸運の女神? ちょっと、待ってよ!」
聞き返したアシュリーの言葉にレオンは少し笑うだけ、言葉を返すこと無く歩き出すのだからアシュリーは慌てて追いかけるのだった。