カスタードクリーム

※学パロ

 一仕事終えて用務員室の扉に手をかければ、よくよく知った声が二つ談笑するのが聞こえてきた。一つは男、もう一つはまだあどけない少女の声だ。

 「お口には合ったかな」
 「とても美味しいです、私(わたくし)こういうのは初めてで」
 「へぇ、それなら良かった。君に喜んで貰えて嬉しいよ」

 調子の良い男の声音に賈クは一息ついてから扉を開けた。そこには用務員室の机を挟んでお茶をする女生徒と友人がいた。

 「いつからここは、休憩室になったのやら」
 「用務員さま」
 「やあ、お邪魔しているよ」

 女生徒ーー名前はアオイというーーが、ぱあっと顔を輝かせた。その口元にはカスタードが付いていた。なるほど、彼女の目の前の可愛い箱はさしずめ最近駅前にできた洋菓子店のものらしい。
 当然、一介の学校の用務員室にそんなものはないのでそれを持ってきたのは必然的にアオイの目の前で性別問わずにウケの良い笑顔を作っている友人の仕業だろう。

 「なんであなたがここに?」

 少しだけ嫌味を込めた声音で言ってやる。この顔が整った友人ーー郭嘉は頭も良く、なにをやらせても人並以上にこなしてみせる自慢の友人だが、女に関することだけはまったく悪い。
 そうとは知らずに無垢な笑顔で賈クを見上げるアオイを見てまたため息一つ。途端に不思議そうな顔をするものだから、箱に付いていた紙ナプキンで口元を少し強めに拭ってやる。

 「君を訪ねてみたら可愛らしい先客がいてね。少しお茶に付き合ってもらっていたんだよ。あ、君の分のシュークリームとエクレア、まだあるよ」
 「それはそれは、ありがたいことで」

 間違っても軽率に手を出すなよ、と目だけで郭嘉を制すが当の本人はどこ吹く風、アオイに笑顔で話しかけている。
 手当たり次第手を出すほど馬鹿でも軽い男ではないのを知ってはいる賈クは、肩を竦めてアオイの隣に座った。

 この少女と出会ったのは一年と半年程前だ。
 生徒はとうに下校し、自分も帰り支度を終えて暗い廊下を歩いていると誰もいないはずの生徒玄関のドアを開けようと暗闇の中奮戦していたのが彼女だった。
 規定通りに結わかれた長い黒髪に、誰も守ってはいないであろう規則通りのスカート丈を見てどうやら悪さをしていたわけではないだろうと話を聞いてやったことが始まりだった。
 涙声で「すみません」と小さく呟く彼女が哀れなのと、夜遅くに一人で帰らせるものもいかがなものかと家まで送ったまでは良いが、それ以来何故か懐かれてしまい、暇さえあればこうして用務員室に入り浸るようになってしまった。

 聞けば、名家の一人娘で名家としての厳しい教育と、この歳特有の自分を認めて欲しいという欲求の間に生じた歪みに彼女は悩んでいた。
 あの夜も、家に帰りたくない、けれども居る場所もない、ともだもだして居るうちに真っ暗になってゆく校舎に怖くなってしまったーーそんなところに賈クが通りかかったのだった。
 良くも悪くもアオイは純粋だった。きっとあの、大きな家で大事に大事に育てられたのだろう。
 親も何もアオイを憎くて小煩く成績が、功績が、と口酸っぱく言うわけではない。それが期待からつい口をついて出てしまうものだと理解するにはいささか彼女は幼いのだ。
ここにきて、今日の出来事や最近夢中なこと、あと少しだけ愚痴を漏らすーーそんな些細なことが彼女には一種のストレス発散になるらしく、賈クは仕事の邪魔をしないならば構わないので好きにさせてやっていた。

 「で、本題なんだけど」

 アオイとの会話の区切りがついたのか、郭嘉が不意に賈クへと目線を移す。アオイはいつの間にかもらった(餌付けされたとも言う)エクレアのカスタードと奮戦している。

 「やっぱりうちに来る気はないのかな。今日はそれでお伺いに来たんだ」
 「今日も、でしょうに」
 「悪くはない話だと思うよ、待遇だって収入だってお約束はできるんだけどね」

 何も言わない賈クに郭嘉はわざと困ったような表情を作ってみせる。

 「勿体無いなぁ、あなたにはここ以上にもっと活躍できる場所があるのに」

 確かに、現状に満足しているかといえばそうではない。目の前の友人がぶら下げる条件も悪くはない、が。
 ふと、隣のアオイに目をやる。それはほとんど、無意識だった。別に何か彼女に思うところがなかったといえば嘘になるーーふと、よぎってしまった。ここが空になったら、自分が居なくなったら彼女の拠り所はどうなるのかと。
 目敏く気付いた郭嘉は「へぇ、そうかい」と呟くと笑みを深めた。そして、目の前で洋菓子店の商品説明の紙を見つめて居たアオイに視線をやった。
 少し話した限り、素直で育ちも良い子といった印象だ。今だって、繰り広げられる大人の話を分からない振りをしているーーだが、アオイの目線はさっきから泳いでいた。

 「お嬢さんはいま、学年は?」
 「え、ええと・・いま、三年生です」
 「そうか、じゃあ受験で大変だろう」
 「あの・・ここの、付属の大学に行くことが決まりまして、その・・」

 隣の賈クの視線に気付いたのか、アオイの言葉は尻すぼみに消えて行く。郭嘉は見えていないが、さしずめ「こいつに余計なことは喋るな」といった意味合いのものだろう。
なんだか面白いことになったぞ、と郭嘉は笑った。

 「うん、賈ク殿の視線がこわぁいから私はもう退散しようかな。そうか、あと少しの辛抱だと曹操殿には言っておこう」
 「え、なにが・・」

 郭嘉はでは、と意味ありげな笑みを浮かべて去って行く。
 何か自分が余計な事を言ってしまったのだと気付いたアオイは、居心地が悪そうに座り直したのだった。

 「用務員さま、」

 暫くして沈黙を破ったのはアオイだった。何やら余計な事をしてしまったのがわかったからだ。
 話はしっかり聞いてしまった。おそらく、郭嘉という男が賈クをこの学校から引きぬこうとしている。いい話だと思った。彼の人生にプラスになる事だらけだ。

 「なんですお嬢様、その顔は」

 呆れたような顔にアオイは少しだけ泣きたくなった。
 すっかり忘れていた。彼が郭嘉に応じる応じない以前に、アオイが卒業すると同時にこの奇妙な関係に終わりが来るという事を。
 ふと、ある感情が胸に浮かんでパッと弾ける。釣られたようにアオイは顔を俯かせた。なんだって、いま、こんなことをーーふと、下校を促す校内放送が沈黙を破った。

 「あの、では今日はこれで、」

 俯いたまま荷物を纏めて用務員室を飛び出す。「アオイ、」と自分の名を呼ぶ声を締め出すように後ろ手でドアを閉めた。
 あぁ、ろくにご挨拶をしないで私はなんて失礼なことを。
 そう心の隅で思ったと同時に、先ほど弾けた感情はまた形を成してきている。アオイはドキドキとせわしなく鼓動を刻む胸に手を当てた。

 思ってしまったのです。
 郭嘉に誘われるも一つ返事しない理由に、少しでも私が絡んでいればと。
 気付いてしまったのです。
 彼は年の離れた兄のようでも、話しやすい用務員でもなく、一人の男なのだと。

 (クリーム、)

 足早にその場を立ち去りながら、彼に乱雑に拭われた口元を押さえーーあることに気付いて立ち止まり、きた道を振り返る。

 「なまえ、初めてよんで、」

 夏休み直前、高校最後の生活は奇妙な形で勢いよく終わりへと転がりだしている。
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