「遠路はるばるようこそユグノアへ。私はロウ。こちらがわしの孫のイレブンじゃ」
 「ど、どうも・・」
 「はじめまして。ユエと申します」

 ユエは色鮮やかな菓子が並べられた机の向こう側にいるユグノア王とその王子に微笑んで見せる。王子のイレブンはそんなユエに何度か会釈をして気まずそうに目の前のカップをもって勢いよく中身を飲み干すーーと隣のロウが品がないぞとでも注意するかのように軽く咳払いをするので、イレブンは薄氷色の髪を少し掻いてごまかすようにへへっと笑う。
 特に礼儀に関して気になりはしないのだが、あまりにも緊張しているイレブン王子にユエも緊張してくる。噂によるとイレブン王子はずっと貴族とは程遠い生活をしてきたと言うし、こういった場は初めてなのかもしれない。

 (まあ、この顔合わせの場に慣れてしまうほど場数を踏む女もどうかと思いますけれど)

 少し自虐して寂しくなったユエは、なかなか誰も話し出さずに淀んだ雰囲気をどうにかしようと会話をきり出した。

 「ええと、こちらへの滞在はたしか一週間のお約束でしたかしら」
 「ええ。ユグノアはなんとか国の形を取り戻しましたが、まだまだこれからです。それを担うイレブンをこれから支えて頂ける花嫁をしかと見極めたいのです」

 ロウのこの言葉にユエは自然と背筋を伸ばす。

 「他のお嬢様方にも同じように言いましたが、この一週間でしていただきたいのはいつも通りお過ごし頂くこと。まずこの国を知っていただきたいのです。一週間、城も城下町もご自由に見て下さって構いません」
 「・・それだけ?」
 「はい。たったそれだけです。そして最終日にそのうえであなたが孫の花嫁にまだ立候補してくださるかどうか、そして孫の意向で決定しようと思っております」

 てっきり色々条件を出されると思っていたユエは思わず目を見開いてしまう。そんなユエにロウはにこにこ笑った。

 「そんなに身構えないでいただきたい。イレブンも長い間普通の暮らしをしておりまして、むしろ息子があなた方将来の花嫁殿になにか粗相がないかと心配しているくらいですよ」
 「確かに・・」
 「・・・・確かに?」

 ロウの言葉に当のイレブン本人がうんうんと頷くので思わずユエは聞き返してしまった。「いやいやお前の事だぞ」と責めるわけではなかったのだが、あんまりにも他人の事の様に頷くのだから反射的に聞き返してしまった。そんなユエにイレブンはハッとした後にまた誤魔化すようにへらへらっと笑うので、隣のロウが短く溜息をついて軽く背中をたたく。叩かれたイレブンは緩んだ表情を慌ててキリっとさせた。時すでに遅いが。
 一連の流れを見たユエは思わず笑い出した。馬車に乗っていたころからずっと張りつめていた自分の心の中にあった緊張の糸が、ふっと切れてなくなったのだ。ひとしきり笑ったユエは「申し訳ありません」と一言謝罪を入れてから呼吸を整える。

 「朝からずっと緊張しておりまして、その上ドラゴ・・・・あ、いえ、大変な事が続いたものですから。ふふ、ごめんなさいませ、つい」
 「おやおやそれは」
 「あ、あと、わたくしからも直接また改めてお礼を申し上げたいのですけれど、こちらに兵士として所属していらっしゃるジャックさまへユエがお礼申し上げているとお伝えください」
 「・・ジャック?」

 目の前のロウとイレブンがそろって首を傾げて顔を見合わせる。

 「えっと、あのブロンド色の髪がきれいなお方です」
 「あ、あぁ! そ、それでどうですかな!」
 「・・・・・どう、とは?」

 興奮気味にロウが前のめりになってそう問いかけてくる。どう、とはどういうことだろう。兵士として他国の貴族に粗相がなかったか、という確認にしては表情が明るい気がするし、かといって彼が気に入ったかとはさすがに未来の息子の花嫁候補には聞かないだろう。まあ、確かに彼は素敵だったかもしれない。きっと、物語に出てくる王子様とはあんな感じなんだろう。もちろん、目の前のイレブンと名乗る王子も見た目が整っているがーーここまで思考を巡らせてユエはハッとした。だから、自分は目の前の彼の妻になりに来ているのだ。
 ロウの質問の意図を測りかねて眉根を寄せていれば、イレブンが苦笑しながらユエに説明をした。

 「いや、すまないな。ウチの兵士のこう・・調査をしておりまして。なんていうかその・・ほら、態度がわるくねーかなー・・じゃなくて、悪くないでしょうか・・とか!」
 「な、なるほど! そうでしたら皆さま、お強くて親切で、素敵でしたわ。感謝を」

 ははは、と三人はお互いに誤魔化すように笑う。少し何かおかしいぞ、と頭の隅で思ったがその理由は今のユエには皆目見当がつかなかったので、誤魔化すしかなかった。
 おや、とロウが時計を見て呟くと同時に、コンコンとノックの音が響く。扉が開き、顔をのぞかせたのはユグノア城についた時に出迎えたあの執事だった。

 「お時間です」
 「おお、そうだなすっかり話し込んでしまったな。ユエ殿、どうかよろしくお願いしますぞ」
 「はい、こちらこそ。失礼いたします」

 ユエはドレスを持ち上げお辞儀をし、部屋を後にした。部屋を出るなり大きく息を吸って、吐く。確かにロウもイレブンも人のよさそうな人物であったし、会話もそれなりに弾んだ(と、思う)のであまりカチコチにならずに自然体でいられたとは思うが、やはり緊張はしていた。そんなユエを見て執事はふ、と少し微笑んだ。

 「もう今日はお疲れでしょう。お部屋の支度はできておりますし、夕餉の時間まで部屋でお寛ぎください」
 「ええ、ありがとうございます。ええと・・・・」

 そう言えば彼の名を聞いていなかった。そんなユエの思惑に気付いたのか、執事はああ、と短く頷き何やら少し考えた後に続けた。

 「ジョーカーとお呼びください。これより一週間の短い間ですが、ユエ様の専属のお手伝いとなります」
 「まあ、そうでしたの。猶更、お名前をお聞きするのが遅くなって失礼致しましたわ。改めて、わたくしは・・」
 「ちょっと! どうしてくれるのよ!」

 改めてジョーカーと名乗った執事に自己紹介をしている途中で、甲高い怒鳴り声と重なる。

 「どうしたのかしら」
 「ユエ様、」

 ユエはそのまま声のする方へと階段を下りていく。ユエ達の一つ下の階の階段で例の声を上げたと思われる女性と、彼女に怒鳴られ縮こまる金髪の女性がいた。怒鳴っている女のドレスの一部には水か何かを零したのか、ぐっしょり濡れて色が濃くなっている。彼女らの足元には割れた花瓶の破片と花びら、あと他にも何やら美しい調度品が散乱していた。恐らくこの怒鳴っている少女がこれから会いに行く王や王子にと持ってきたものだろう。
 身なりからして、怒鳴っている方はユエと同じくユグノア王子の未来の妃になるべくこの城にやってきた令嬢、そして金髪の彼女はさしずめ、ジョーカーのようにあの令嬢へあてがわれたメイドなんだろう。

 「これから王様と王子様にお会いするといいますのに! 一体、どう責任を取ってくださるつもり?そもそも、その落とした花瓶に入っていた花もそれ以外も! これからお二方に差し上げるつもりでしたのに! 何から何まで本当に台無し!」
 「す、すみません・・」
 「貴女、初めてお会いした時もわたしのドレスを踏んで転びましたわよね? いい加減にしてくださらない? まったく、お荷物持ちもできませんの?」

 どんどん彼女が犯した失敗よりも、個人そのものへの攻撃が始まっている。そもそも、この散乱した物も、到底彼女一人で持てるような量ではない。ユエは胸元のペンダントを握り、息を吐くとそのまま階段を駆け下りるとメイドの方へ駆け寄り、令嬢との間に割って入る。

 「もし、そちらの方。その言い方はあんまりじゃありませんか?だいたいこの量を一人で持たせるなんて」
 「どちら様? あなたには関係のない話でしょう」
 「そもそも、わたくし達はこの国に招かれている客人ですがどんな態度でもいいというわけではないでしょう」
 「客人・・? ああ、」

 令嬢はざっとユエを頭の先からつま先まで一瞥した後、鼻で笑う。

 「そう、あなたもそうでしたの。クレイモランの没落貴族のあなたも。有名ですわよ、片っ端から色んな所へ縁談を持ちかけているって。そちらこそそういった態度はいかがなものかと思いますけれど?」

 ぴり、と空気が張りつめる。ユエが言い返そうと口を開くと同時に、目の前に何かが立ち塞がる。視線を上げれば背中越しにこちらを見つめるジョーカーと目が合う。

 「・・カッコ良かったわよ!」

 小声だったがそうこちらへ言ったのは辛うじて聞き取れた。そのままジョーカーは前へ向き直ると落ちている品々を拾い始める。

 「お部屋までのご案内はこの私に変わらせて頂きます。その代わり、ユエ様のご案内は彼女が担当いたします」
 「は、はい! お願いします・・!」

 金髪の女はジョーカーへ持っていた品々を渡しながら、すごすごとユエの隣に下がる。令嬢はジョーカーを頭の先から爪先まで品定めするように見た後、悪くないと言いたげに鼻を鳴らすとスカートを翻してユエが先ほど出てきたばかりの謁見の間への階段を登り始めた。少し後にそれへ続くジョーカーを見送り、二人は顔を見合わせる。

 「ありがとうございます! お部屋までご案内いたしますね!」

 さあ!とはりきるメイドに続いてユエもその場を後にしたーーなのでユエはちょうどその階段の下に、ジャックがいた事にはすっかり気付かなかった。



 「助けて頂き、ありがとうございます。私、セーニャと申し・・・・」

 部屋へ案内された所でセーニャと名乗った、というよりも今現在名乗りかけている女はここまで言いかけて固まる。
 勢いよく喋ったあまりに口の内側でも噛んだのかと思ったユエは固まってしまったメイド、もといセーニャに挨拶をした。

 「わたくしはユエと申します。ご案内頂きありがとうございました」
 「い、いいえ! 私・・いっつもこう・・ダメなんです・・さっきの事だって、今も名前だって・・」
 「名前?」

 しょぼくれたように言ったセーニャはユエの不思議そうな問い返しに慌てて首を振る。

 「いえ、いえ、いいえ!! な、ななな、なんでもありません!!」
 「そ、そうですか・・?」

 (このお城には色んな楽しい方がいらっしゃるのね)

 青くなったり赤くなったりするセーニャにユエは笑った。そんなユエに緊張が無くなったのか、セーニャも笑う。

 「ええと、今日から1週間お過ごし頂くお部屋はこちらになります。お荷物も既に運ばせていただいていますから・・少しですけれど、夕食のお時間までお休みくださいね、また私がお迎えにあがりますわ!」

 そう言い残して部屋を出ていったセーニャを見送った後にユエは大きく息をついてちかくのソファに腰掛けた。

 (あぁ、なんでしょう。今日だけで1週間分のハプニングはありましたわ)

 ふかふかとしたソファに誘われるように肘掛に持たれるーーはっきり意識があったのはそこまでだった。


 部屋に響く軽いノック音にユエは目を覚ました。すっかり日が暮れて室内は暗い。どうやらあのまま寝てしまったらしい。
 慌てて立ち上がり、少し崩れた髪とドレスを整えて扉を開ける。その先にいた人物に、明かりをつけてきちんと鏡で身支度の確認をするべきだったとユエは後悔する。

 「ジ、ジャックさま!」
 「はい、こんばんは」
 「え、ええと・・たしか迎えはセーニャさまがって・・」

 ジャックは、セーニャという名前に少し驚いた後ににこりと笑った。

 「あぁ、それが少し手を離せなくなってしまいまして、僭越ながら代わりに私が変わらせて頂きました」
 「そ、そうでしたか。ありがとうございます」
 「いいえ。夕食の準備が出来ましたのでご案内しますね」

 そう言って歩き出したジャックを慌てて追いかける。隣に並ぶ勇気が出なかったので、二、三歩空けていたが思いの外その距離は彼の方から詰めてきた。
 ユエはぎゅうと胸元のペンダントを握る。

 「こちらこそお礼を。昼間はセーニャを助けていただいたそうで」
 「いいえ、そんな助けたなんて・・大それたことでは、」

 カツカツ、コンコン。
 沈黙のさなか同じペースの二人分の足音だけが響く。それを聞きながらユエは歩くことに集中していた。

 「明日のご予定は?」
 「明日? あぁ、そうですわね・・どうしましょう」
 「・・・・もし、ないのであれば、なんですけれど」
 「・・はい?」

 隣のジャックがふと止まってにっこり笑った。

 「是非、城下町をご案内したいなと」

チューリップの燕

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