(・・ここは)
自分が寝起きする城下町下層のボロボロの建物とは違って、装飾が施された天井に昨日の記憶を引っ張り起こす。
そうだ、昨日はあのお人好しの将軍に助け出されたのだーーそう気付いて慌てて起き上がれば足に走る鈍い痛み。
「・・起きたか。どうだい、調子は。ほれ、鏡をかしてやろうか」
昨日、自分の治療をしてくれた軍医がパーテーションの端からひょっこり顔を出して問いかける。慌てて腕や足をみれば、昨日まであった痣や切り傷は消えていた。鏡に映る自分の顔も、数日前のものに戻っていた。
「・・すごいや、ありがとう・・ご、ございます」
「どうということでもないよ。でも足はもう少し動かすんじゃないよ」
「は、はい」
暗にここでもう少しおとなしくしていろ、といわれた女は思わず縮こまった。昨日はあの将軍にされるがままここへつれてこられてしまったが、ここはつまり城の中であるわけで。普段はあっけからんとしていて少し強気な女も、思わず気が引けてきたのだ。人生で一度だってこんなにも善意を受けたことはなかったからだ。
「それはそうと、そろそろくるぞ」
「・・は?」
いったい何が、と言い終わる前に医務室の扉が開いた。
「軍医殿、彼女は」
「うるさいうるさい、とうに起きとるわ」
ばっと目の前に現れたのはあのお人好しだった。
「よかった、もうどこも痛むところはないだろうか」
「・・な、ない」
「そうか、それはよかった」
よかった。騙されて財布を取っていった相手に出てくるような言葉かそれは。
あっけに取られてグレイグを見ていれば、気まずいのかグレイグから会話の続きが飛び出した。
「えーっと、」
「・・ユエ。ユエっていうの」
「・・ユエは何者なんだ」
うまいこと嘘をついてここを切り抜けたとしても、今のユエには帰る場所もあてになる場所もなかったーーそして、目の前の男がしてくれた善意がこれ以上嘘をつかせることをためらわせた。
ユエは大きく息を吐くと観念したように語りだした。
「・・あたし、今はここの城下町の下層で幅を利かせてるならず者集団のひとりでさ、主に金を集めてんの・・その、ああやって」
ああやって、の言葉に数日前の事を思い出したのか、グレイグは耳を真っ赤にさせると同時に申し訳なさそうな、少し怒ったような表情をする。そんな百面相を前に、ユエはでも!と力説する。
「あなたの名誉とあたしの罪悪感からこれだけは言うけれど、その夜には本っっ当になーんにもなかったから!!これほんと!今までこういうことやってきたけど一度も寝たこーー」
「・・分かったから少し声を小さくしてくれ」
「・・・・ごめん」
興味深々な軍医をグレイグは睨みつけ、ユエにまた目線を戻すと小さく咳払いしてそれで、と続ける。幸い、何やら医務室は騒がしいのでユエの言葉も雑踏の一部に紛れたらしい。ユエもコホン、と空咳をすると今度は声を潜めて話をつづけた。
「んでね、あたしは期限までに言いつけられた金額を集められなくてボコされてたわけ」
「お前の上司はそんな事をするのか」
「みんながみんなあなたみたいな聖人君子じゃないの」
「・・これからどうするんだ」
「さあね、もともとこの街にいたわけじゃないしどうせだからどっかまた違う場所にでも行くわよ」
ユエは投げやりにそういうと起こしていた上半身をベッドに投げ出すと、そのまま窓側を向くようにして寝転がり、こちらに背を向けてしまった。話は終わり、と言わんばかりの彼女の背中に何か言葉をかけようとしたところで部下の自分を呼ぶ声がした。
「ほら、お呼びがかかったわよ、英雄さん」
数度彼女を振り返ったが、グレイグは結局何も言わないまま医務室を後にした。