そのおんな、ならずものにつき

 「バカか、お前は」
 「・・そう思う」

 親友の辛辣な一言にぐうの音も出ない。
 あの後無一文で何とか宿に謝り倒して帰ってきたグレイグを迎えたホメロスは話の経緯を聞くなり、眉を寄せて自分よりいささか大きい親友を睨んだ。どうやら年を重ねて得たものは腕っぷしと図体と底なしのお人好しだけのようだ。
 朝の軍議を終え、次の任務までの時間を持て余しつつ何となしに軍議に遅れた理由を聞いてみたらこれだ。

 「宿にはなんといったのだ」
 「・・手持ちが少なかったのですぐ隣のゴールド銀行で下ろしてくると、」
 「日頃の馬鹿みたいなお人好しが功を奏したな」

 さすがに娼婦に手持ちの金を持っていかれた、などと正直に話したなどといったらもう一回冒頭の言葉をかけてやろうかと思っていたところだった。癖である前髪を横に払う仕草をしつつ、ホメロスは大きな図体を縮こませて落ち込むグレイグに声をかける。

 「・・で、その女はどうする。今すぐ見つけて地下牢にでもぶち込んでやるか?」
 「いや!それは・・いや、それはだな・・」
 「なんだお前。惚れたか」
 
 歯切れの悪いグレイグは何とも言えない表情をしていた。

 「なんというか・・悲しそうな目をしていた」
 「・・お前は本当に、」

 大きく吸った息をそのまま吐きだすとホメロスはそれだけ言うともういい、と会話を投げ出した。
 あの女をとっちめてやる、というのならば親友のよしみで付き合ってやらなくもなかったが、騙された身でもなお相手の気持ちを考えて悶々とする底なしのお人好しに付き合う気はさらさらなかったーーというのは建前で、ホメロスは彼が前者のような人物ではないことは重々承知だった。

 「なら今回は高い勉強料として諦めるのだな」

 廊下の端に見えた自分の軍隊所属の兵が何か言いたそうにこちらをうかがっているのを見、ホメロスはまだしょぼくれるグレイグの隣を離れた。一人取り残されたグレイグもしばらく考えた後に、終わったことは仕方ないとけじめをつけてその場を後にした。
 しかし、不幸にもグレイグの思惑をよそに、その女はひょろりとまた目の前に現れるのだった。

 数日後、日がやや傾き始めた城下町は帰路へと急ぐ者、酒場へ繰り出す者に紛れてグレイグは馴染みにしている防具屋へと向かっていた。訓練用に使っている防具を壊してしまったので修理に出していたものを回収しに行くためだった。ホメロスなんかは、部下に取りにいかせろと言うのだが、もともと平民の出自もあって戦場以外において人を使うことに少し抵抗があるのだった。
 別に今の地位にふんぞり返っているわけではないが、どうしても一度そういう傲慢になれるという事に味を占めてしまうと、人間どこまでも傲慢になれるという事を周りの貴族などをみて嫌というくらいには知っている。
 防具屋が目と鼻の先に見えてきたあたりで、それは聞こえた。

 「はなして!」

 女性の悲鳴にはっと思わず足を止める。しかし、すぐにその声は城下町の雑踏に掻き消えた。気のせいかと歩き出そうとしたところで、今度ははっきりと悲鳴と男の「静かにしろ」という脅す声が続いて隣の路地から聞こえてきた。迷うことなくグレイグがその路地へと入れば、路地の暗がりへ腕を掴んで引きずり込もうとしている男と必死に抵抗する女が見えた。

 「おい!何をしている!」

 思わずそう吠えれば、グレイグの勢いに怖気づいた男はぱっと女の腕を離すなり闇へと消えた。へなへなと座り込んだ女に駆け寄る。

 「おい、大丈夫・・か・・」
 「ひ・・!」

 顔に大きな痣があるが、それは間違いなくこの間グレイグの財布を持って消えた女だった。女もそれに気付いたのか、小さく悲鳴を上げると慌てて逃げようとするーーが、足を痛めているのかそのまま崩れるようにして倒れこんだ。

 「お、おい、お前」
 「っ、この前の金ならないわよ、残念だったわね」
 「い、いや、それもそうだが・・その痣はどうした。先ほどの男か」

 この前見た時には顔に痣はなかったし、よく見ると痣は顔だけではなかった。
 明らかにただ事ではない何かが起きたのだ、とさすがに鈍感な分類でもあるグレイグも気付いた。大丈夫、と震える手をぐいと掴むと「失礼」と一言断りをいれてそのまま背負う。
 「ちょっと・・!」
 「うちに性格には難はあるが回復魔法だけは国一な軍医がいるのだ、痣まできれいに消せるかは分からないが、」
 「そうじゃなくて!!不味いでしょ、こんなの見られたら・・!」
 「む、そうだな・・この服装ではいささかあなたが・・」
 「あたしじゃなくて、あんたが!」
 「・・俺が?」



 「・・で、防具屋からもらった袋にそちらの女性を入れて抱えてここまで来た・・と。頭が良いのかバカなのか・・」
 
 すっかり日も暮れたこの時間に血相を変えてやってきたグレイグにただでさえ驚いたのに、持っていた袋から女が出てきて驚きで疲れた軍医は呆れたような、めんどくさがるような目でグレイグと女を交互に見つめた。女の格好からして下層の人間といったところだろうか。そして隣に立って心配そうに女の怪我の具合をああだこうだ説明するグレイグは、そういうことを全く気にしないで目の前で困っている人がいるから助けなければというただ一つその気持ちだけでそんな行動を起こしたのだろうとなんとなく察しがついた。

 「もうよいよい、どけい。呪文をかけようにもそんなにベタベタしておったらかけられんわい」
 「す、すまない」

 このすまない、は必要以上に彼女に触れてしまったことの女への謝罪だろう。何か言いたげな女に「どうせ通じないぞ、やめておけ」の意味を込めて首を振れば察したのか小さく溜息をついて肩の力を抜く。まずは顔の痣から直してやろうと頬に付いた痣に触れて回復魔法をかける。日頃、魔物相手に大怪我をして帰ってくる兵士の治療に比べれば簡単なのだが、隣の大男の心配そうにそわそわする態度が気になってしょうがない。

 「・・後は任せておけ。お前さんは明日の軍議も遅刻するつもりかの」
 「い、いやそれは、」
 「行きなさいよ。あたしだってジロジロみられると不快」
 「う・・それはすまない」

 女にもあしらわれたグレイグは申し訳なさそうに縮こまるといそいそと医務室を後にする。女は思うところがあったのかしばらく迷う様に瞳を泳がせた後に、その背中に

 「・・ありがとう」

 とだけ投げかけた。
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