そのおんな、まほうつかいにつき

 勇者の星が落ちてきている。
 突如空が赤く染まったその日、玉座の間に集まったイレブン一行に王とグレイグ、それにユエを加えた面々はその事実にそれぞれ緊張の色を顔に滲ませていた。すべての元凶を絶ち、世界は平穏になったはず。だが、少なくともあの勇者の星からは聖なる物は感じられない。しかしあの星は確実に地上へと迫っている。
 イレブン一行がサマディーへと出立するその直前に、ユエは隣のグレイグを見つめた。何ともいえない表情で彼らを見ているグレイグの背中をユエは叩く。

 「行ってくれば?」
 「・・いや、だが」

 躊躇するグレイグをユエは睨んだ。

 「またグレイグと離れるのは嫌と言えばそうなるけれど、あなたが迷う原因があたしであるのはもっと嫌。なにより、今グレイグの力が必要なのはこの場所ではないのは分かっているでしょ?」
 「ユエ、」
 「はい、もうああだこうだ言わない!ほらイレブンに行くって言ってきなさい。ちなみにもう約束はしないからね、それがなくてもちゃんと帰ってくること」

 ユエは冷たくそう言い放ったその実、一切こちらに目を合わせない。虚勢を張るときの彼女の癖だ。その瞳にはきっと不安の色がにじみ出ているから、見せたくはないのだ。
 グレイグは短くうなずくとイレブンたちの元へ向かう。約束はしない。これからは何があろうと彼女の隣が自分の帰るべき場所だからだ。
 グレイグを含めたイレブン一行がデルカダールを後にするのをユエは見えなくなるまでずっとテラスで見つめていた。


  それが起きたのはグレイグを見送ってから数か月後だった。
 いつも通りに洗濯物を干していたその時、長らく赤く染まっていた空が一気に変色した。浄化されていくように赤黒い空のどんどん光が広がっているーーそして次に長らく空を支配ていた大きな闇が消えた。大きな動物の咆哮、そして轟音とともに大きく風が吹く。見上げた空に浮かぶ闇がはじけて、命の色が広がってゆくのをユエは兵士と共に見つめていた。

 「ユエさん、」

 しばらくそれをぼんやり見ていた兵士がはっと我に返ってユエを見る。ユエは真っ直ぐ空を見上げていた。その瞳はただ一点を見つめ、首元に下がったペンダントをギュッと握り締める。
 帰ってくる、あの人が。



 空は青い。ユエは手を翳して空を見、いつもの灰色の給仕服よりも数段質の良いスカートを整える。いつまでも軍医に古い給仕服で仕事をさせるわけにはいかないとデルカダール王より賜ったものだが、結局仕事の間に汚すのが怖かったこと、あの給仕服の方が落ち着くこともあってタンスにしまったままであったのでやっと今日、日の目をみた。真新しい黒いシックなスカートをいじりつつユエはデルカダール城の門の前で同行者を待っていた。

 「ユエ、ぜひ貴女にはユグノア復興のお手伝いに行ってほしいの」

 空の色が戻り、それぞれが元の生活へと戻ってから数週間後、玉座の間に呼び出されたユエはマルティナにそう告げられた。まだ正式に王位はデルカダール王にあるが、ゆくゆくはマルティナがその王位を継ぐ。それにあたって、彼女も少しづつ王政に関わり始めていた。その一つが、ユグノア復興支援だ。
 イレブンとロウのたっての希望でユグノア王国をどうにか再建する、という話を受けてデルカダールを含めた諸各国は彼らに惜しみなく援助していた。中でも、乗っ取られていたとは言えどもユグノア王を手にかけてしまったデルカダール王は責任を強く感じているらしく、街の瓦礫の撤去、ユグノア城に巣食うモンスター討伐の為の戦力などを貸し出していた。

 「兵士の数は足りてるのだけれど、軍医が足りていないの。セーニャとベロニカが手伝ってくれてはいるみたいだけれど、彼女たちも常にいるわけではないし、もし、貴女が良ければしばらくユグノアにいってそのお手伝いをしてきて欲しいの」
 「あ・・違う、わたしなんかでいいのですか・・?」
 「軍医さまは認めたくはないでしょうけれど、お年だから長期の任務は任せづらくて・・もちろん、貴女のことはグレイグから聞いています。だからお願いしたいの」

 それでも、何か引っかかるような顔をしたユエに、マルティナは悪戯っぽく笑う。

 「大丈夫よ、貴女一人では行かせないもの」

 それからとんとん拍子に話は決まり、とうとうその日がやってきた。大きな荷物を抱えたユエは緊張したようにそわそわしていた。シワひとつないスカートに今日は少し頑張って化粧もしてみた。シルビアのようにはうまくいかないが、会うその都度に褒められてはいるからひどくはないはずだ。

 「ユエ、」

 待ち人の声にユエは少し緊張しながら振り返る。その先にいたグレイグはリタリフォンを引きながらそんなユエを見、笑っていた。

 「そんな驚かなくてもいいだろう」
 「驚いてなんかないわよ、ああ、リタ久しぶりね」

 ユエは大きな荷物をグレイグに押し付けてリタリフォンの顔に抱き着いた。
 マルティナが配備した同行者はグレイグの事であった。

 「だって止めなくてもついていきそうだもの」
 
 と笑うマルティナにユエは頭を下げた。彼を置いていくことだけが気がかりだった。それ以外はユエには未知の領域でドキドキしていた。デルカダールからクレイモランへの道すがらはそれどころではなかったので、こうして新たに旅ができる機会が巡ってきたというのは嬉しい事だ。それに、グレイグがいる。ユエはそっとグレイグを伺い見る。荷物を固定しているグレイグはいたっていつも通り。

 「でも、グレイグがいなくて平気なの?」
 「ああ、最近ここらの魔物の動きは鈍くなってきたし、部下たちも強くなったからな。ほら、覚えているかユエの護衛に付けていた彼」
 「ああ、おしゃべり」
 「そのおしゃべりに今、俺の部隊を任せているし、それ以外にも優秀な奴はいるからな」
 「へー、彼そんなに偉くなったの。通りで最近見ないなって」

 グレイグがほら、と手を差し出す。ユエは迷わずそれを握る。グレイグはユエを引き寄せ、リタリフォンに跨るのを手伝ってやる。その後に自分も彼女の後ろに乗れば、ユエはびっくりしたようにこちらを振り返る。

 「なんだ、引いて歩けと」
 「ち、違う!ただ、その、一緒に乗られるの見られたらまずいんじゃ・・わわわっ」

 グレイグがそのまま何食わぬ顔でリタリフォンを歩かせ始めたので、ユエは慌ててグレイグの体にしがみついた。抗議しようと顔を上げれば優しく見下ろすグレイグと視線がかち合って言葉が解けてしまった。

 「じゃあ慣れてくれ、これからの道はずっと二人なのだから」
 「・・むかつく、なんかむかつく!なんでグレイグだけそんな余裕なの」
 「ほら、あんまり暴れると落ちるぞ」
 「ちょっと、急にリタを動かさ、わわわわ」

 ユエは落っこちそうになった帽子を押さえつつ、グレイグにしがみつく。そうこうしているうちに城下町を過ぎ、二人は門の外にいた。
 目の前には草原が広がり、そのまた向こうには海が広がっている。今ユエとグレイグの目指すユグノアはこれの遥むこうだ。クレイモランへ向かう時は余裕がなくて気付かなかったが、世界はこうも広いのだ。ユエは地平線の先を見つめた。もしも、もしもあの晩酒場で見つけたグレイグを引っかけてやろうと近付かなかったなら、あの時グレイグが助けてくれなかったなら、こんな光景をユエは一度も見ずにその生涯を終えていたかもしれない。

 「ねえ、グレイグ、あの時助けてくれて、ありがとう」

 思わず口をついて出た言葉に、グレイグはしばらく何も言わなかったが不意に腰を引き寄せられてユエは体勢を崩しかけたが、その太い腕に支えられてなんとか体勢を戻す。慌てて見上げたその顔は笑っていた。

 「こちらこそ。ユエには色んなものをもらった」

 しばらくそうして見つめあっていたが、いつまでたっても止まったままであることにしびれを切らしたらしいリタリフォンの嘶きに二人は慌てて前を向く。

 「そ、そろそろ行きましょうか」
 「そ、そうだな」

 グレイグが手綱を引くとリタリフォンが駆け出す。びっくりしたユエは短い悲鳴を上げたが、それが笑い声になるのにさして時間はかからなかった。

 デルカダールには魔法使いがいた。
 使える魔法は癒しの呪文と小さな攻撃呪文、そこらの魔術師となんら変わらない彼女にはたった一つ、誰よりも優れた魔法を使うことができた。どの歴史書にもそれがどんなものなのかという記述は一切なく、突然現れた彼女はユグノア復興の手伝いを終えた後に歴史からこれまた忽然と消える。ただ、後に偉大な将軍はこう言ったらしい。

 「彼女は金曜日の魔法使いである」

 と。 
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