わたしのきし

 イレブンが立ち去り、取り残されたユエとその先に居た人物ーーグレイグはお互いにお互いを見つめたままその場に立ち尽くしていた。しばらくそうしていたが、耐えかねて言葉をきりだす。

 「ユエ、」
 「グレイグ、」

 重なった言葉に二人はまた顔を見合わせーー先に笑い出したのはユエだった。

 「もうなにこれ、なんでそんな緊張してんのよ」
 「お前こそ、なんでそんなにかしこまっているんだ」

 グレイグも笑いながら近づいてきた。いつもの黒い鎧ではなく、正装を着込んだ姿にユエは少し緊張した。無意識にドレスの裾を握る。彼と並んでも今の自分はみすぼらしくないか、なんて考えがよぎったのだ。そんなユエをよそにグレイグは隣に並ぶと先ほどのイレブンと同じように城下町を見下ろす。すっかり日も落ち、夜の風がグレイグの髪を靡かせた。

 「忙しかったんだって?」
 「ああ、王の体調はすっかり良くなったのは良いのだが、マルティナ様とウルノーガの事でな。まだばたばたしているが、大丈夫だ。皆・・ではないが一人ではないからな」

 お互いに今、思い浮かべている人物は同じなのだろう。ユエは隣の大きな肩に自分のものを寄せる。それを合図にグレイグは一拍置いて、ぽつぽつ話始める。

 「ホメロスは、裏切っていたらしい。あいつがどうしてそうなってしまったのか、本当に心から我々を裏切っていたのかはもう分からない・・・・ただ、最後に見たホメロスは昔からずっと変わらないホメロスだった。捻くれていて、でもいいやつで・・俺の知っているホメロスに変わりはなかった。俺は、それを信じたい」

 ユエは特に何も言わず頷いていた。
 ホメロスに関してはユエより遥にグレイグの方が知っている、そして彼らの間にはユエが知りえない長い時間がある。
 グレイグは首元に下げたあのペンダントを強く握っている。世界で二つだけのペンダント。片方は今、ユエが持っているグレイグから渡されたもの、そして今、グレイグが持っているもう片方は、恐らく。
 ここまで考え、ユエははっとした。そうだ、ペンダント。帰ったらこれを返すという約束だった。ドレスをきるにあたって胸元があいてペンダントが見えてしまうので手持ちの小さなカバンにいれたままであった。シルビアには「つけてていいんじゃないの?」と笑顔で言われたが、さすがに国中の人々が集まる場で英雄グレイグのペンダントをぽっと出の軍医の女が身に着けて居たら色々問題があるだろうーー恋人じゃあるまいし。そう考えたら急に恥ずかしくなってユエは慌ててドレスに合わせて借りた小さなカバンからペンダントを取り出した。

 「ねえ、グレイグ、これ、」

 カバンから出てきたそれに、グレイグはそれを見、少しがっかりしたような顔をする。

 「付けていてくれてて構わなかった」
 「そういうわけにはいかないでしょ!あたしなんかがグレイグ将軍のペンダント下げててごらんなさいよ・・・・色々問題になるに決まってるでしょ」

 自分で言った言葉にユエは少し凹んだ。せっかく着飾ったドレスも急に色あせて見えた。魔法が、解けていく。
 不意に、手からペンダントの重さが消えて代わりに首にその重さがやってきた。慌てて顔を上げると優しい目をしたグレイグと視線がぶつかる。グレイグはそのままユエにペンダントを付けるとそっと首元にもどした。

 「・・ユエ、これはこれからもずっとユエに持っていてほしい」

 その一言にユエは思わず身を固くした。グレイグはそのままユエの両手を包み込むようにして握ると、そのまま跪いた。不意に視線が合ったその瞳はどこまでも優しい物で。
 グレイグはしばらくそうしてユエを見つめた後に、少し下を向いて逡巡し、決意したようにまた顔を上げた。

 「ユエ、俺は弱かった。大きな盾を持ってどんなに力をつけて誤魔化しても、俺は親友の事も、王の事も、何一つ守れやしなかった。皆が言う様に俺は英雄じゃないのだ」
 「そんなこと、」
 「だから俺は変わりたい。今度はもう何も失わない為に強くなりたいのだ。ユエ、そんな俺でもいいのならばずっと傍にいてほしい」

 グレイグはそう言い終わるとじっとユエの返事を待つ。耳の先まで真っ赤になったユエは、口を開いたかと思えば言葉を発する前にへなへなとその場にへたり込んだ。グレイグは慌ててその体を支える。触れた自分より細く、軽い体は震えていた。

 「でも、あたし、みんなみたいに特別じゃない。生まれだって自慢できるものじゃない。このドレスだって、身の丈に合わない女なの」
 「生まれは気にしない。俺は、ユエがいい。頭に薬草くっつけて、ドレスじゃなくて給仕服で、いつも俺の背中を押してくれるユエがいいのだ。というか着飾らないユエも好きだ!あ、いや着飾っててもそれはそれで好きなのだが・・とにかく、そこに生まれも身分もあるか、というかそんなことお前気にする性格だったか?」

 てっきり言い返してくるものだと思っていたユエはそのまま勢いよくグレイグに抱き着いてきた。体勢を崩したグレイグは驚きの声をあげてそのまま後ろになだれ込む。首元に抱き着いたユエの腕が熱い。

 「・・・・一気に言わないで、死んじゃう」
 「いや、思った事を言っただけで、」
 「うるさいもうしゃべるなグレイグのバカ」
 「理不尽な」

 しばらく、ユエの鼻をすする音だけがそこに響いていた。己が不器用な方であることを自覚していたグレイグはこれ以上しゃべると藪蛇になるような気がしてそのまま背中をあやすように叩いていたが、ふと耳元で小さく、

 「・・・・あたしも好き」

 と聞こえたのでたまらず首元のユエを引きはがす。
 引きはがされたユエはびっくりしたような顔をしていたが、そのまま再度引き寄せられ
顔が近づく。そのままてっきりキスをされるものだとおもったユエはギュッと目をつむったが、その気配はない。ゆっくり目を開けると目の前の赤いグレイグの顔にはどうしたものか、と書いてある。じれったくなったユエはその頬を両手でつかむと自分から唇を重ねた。
 その直後にいつもしない化粧をしていたことに気付き、口を離して「まって、リップが付くわ」と言いかけたがその言葉は、今度こそグレイグからのキスで消えた。何度かついばむようにキスをされ、ようやく解放したグレイグの唇には薄ら赤いリップが移っていた。
 お互いに何かを言おうと言葉を探していれば、静寂を破ったのはユエの言葉でもグレイグの言葉でもなく、呼びに来た兵士の声だった。

 「あ!隊長ここにいた!パーティがはじまるんスけどユエさんが見当たらなく・・て・・・・・・」

 慌ててこちらを振り返ったユエとグレイグ、そして兵士。三人の視線が混じって空気が凍る。兵士の顔にははっきり「やっべぇタイミングで来てしまった」と書いてある。
 しまった、という空気を破ったのはグレイグだった。グレイグはユエを自分の上から退けて立ち上がり、ユエに手を貸して立たせてやるとそのまま手を引いて歩き出す。

 「よ、よ、よし、王に報告してこよう。別に隠すことじゃないだろう、やましいことじゃあるまいし」
 「え、え、えぇそうね、こういうのは勢いね」

 だから何か?という雰囲気を必死に作り出して二人そろって立ち去ろうとすれば、兵士がこれまた言いにくそうにその二人の背中に声をかける。

 「た、隊長、その前に口の赤いやつは拭った方が・・・・・」

 二人はその言葉にそろって飛び上がった。



 少し肌寒さを感じてユエは目を覚ました。視界に入った壁はいつもの自分が寝泊りしている城内の一室よりも豪華な装飾が施されている。その手前にある椅子には昨日身にまとっていたドレスが掛けられていた。腰のあたりが、重い。目だけをそのまま下に動かして確認すれば、自分のものより筋肉質で太い腕が腰に巻き付いている。その腕に追いやられて毛布は下に落ちていた。
 何とか腕を伸ばして毛布を取ろうとするが、しっかり抱き込まれていて動けやしない。何度か奮闘しているうちに、巻き付いていた大きな腕がひょいとその毛布を持ち上げてユエの腰の上に置く。ユエはその毛布をかぶると、体をくるりと回して後ろを向く。

 「被る?」
 「・・俺はいい」

 まだ寝ぼけ眼のグレイグは何度か目を瞬かせてふんわり笑った。そのままユエの腰を抱いて引き寄せるとそのまま首元に顔を埋める。
 あのあと、(勢いで)王に報告してみれば「まあ、そうなるよな」とのカミュの一言を筆頭に皆一堂にしてそのような反応だったのでふたりして拍子抜けした。(乗っ取られていた王だけは驚いていた)
 パーティは夜遅くまで続いたようだが、そうそうにユエはグレイグに半ば連れ込まれるようにしてグレイグの自室に帰り、今に至る。酒が入っていたこともあって鮮明には覚えていないが、触れ合う肌の温度をきっかけに断片的に思いだした記憶に羞恥心が湧いてきてユエは身じろいだ。

 「・・体は平気か」
 「うっわ、それ聞かないでよいまちょっと思い出してたんだから」
 「?なぜ?」

 首元のグレイグが不思議そうに聞き返しながら甘く首元にキスをする。先ほどまでは寒かったのに今度は全身が熱くなってきた。ユエはやめろと言わんばかりにグレイグの胸板を押したが、それが恥ずかしさの裏返しなのだと気付いたグレイグはそのまま顔をあげ、ユエに覆いかぶさるように体を起こすとその口にキスをした。

 「ん、やだって、もう朝、」
 「まだ少しはやいだろう」
 「昨日散々、んんっ」

 腰のあたりをまさぐる手が怪しい動きをしたので軽くつねるが、ぎゃくにその手はからめとられてベッドに縫い付けられてしまった。ついに抵抗する気も失せたユエはそのままキスを受け入れながら、好きにしろの意味を込めてその太い首元に腕を回したーー不意に、視界に入っていた窓の外が真っ赤になる。

 「ん、グレイグ、まって、ほんとに、変だから、」
 「なにが、」

 目の前のユエが赤く染まっていく――違う、窓から差し込んだ光がユエを赤く染めている。
 グレイグは慌てて体を起こし、窓の外を見やる。昨日まではなかった太陽とはまた違う、大きな赤い球体が地上へと迫っていた。体を起こしたユエが不安げにこちらに身を寄せてきた。それを抱きしめながら、グレイグはその球体を見つめていた。
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