わたしのまほうつかい

 「グレイグ」

 名前を呼ばれたグレイグは我に返った、と言うより目を覚ましたに近い。視界が一瞬にして開かれあまりの眩しさに目を細めるーーここはどこだ?そもそも今まで何をしてた?
 視界の先には空に浮かぶ大樹、世界樹があった。何故か懐かしいような光景、まだはっきりしない頭に混乱しつつ呼ばれた方を向く。デルカダール王が訝しげにこちらを見ていた。

 「何をしている。世界樹に行けば全て分かるのではないのか?」

 その言葉に、ようやくはっきりとした一つの目的が頭に浮かぶ。そうだ、今自分は真実を知りに世界樹へと向かっているのだ。そこにいるであろう悪魔の子と友人、どちらが正しいのかを確かめに。
 なんとかグレイグは平静を装って頷く。まだ頭は霞んでいる。

 「はい、そうです。失礼しました。先を急ぎましょう」

 気を取り直すように盾を持ち直すと、前をむきなおり一歩踏み出す。デルカダールを出立してだいぶ経ち、いつもあったペンダントの感触がなくなって首元が寂しいような感じがするのはとっくに慣れたはずなのに無性に今は気になるーー渡したあの人の事を考えると、何故か手が少し震えた。いつから自分はこんなに弱くなったのだろう。
 そんなことをぼんやり考えながら踏み出した世界樹へのその道のりは、何故か懐かしい気がした。





 奇妙な道のりのその果ては、友人の死でその幕を閉じた。
 悪魔の子だと思っていたイレブンは非業の勇者であった、裏で全てを仕組んでいたのはホメロスであったーーその事実よりも今、グレイグは目の前の王に衝撃を受けていた。血を流し横たわるホメロスを冷ややかに見下ろすその人は、誰だ?

 「今もなお、ホメロスを操っていたウルノーガとやらはこの世界のどこかにいるのであろう。グレイグ、城に戻り至急対策を寝るぞ。イレブン達もすまなかった、改めて詫びをしたいから城に来るがよい。グレイグ、行くぞ」

 淡々と言いきった王の言葉にグレイグは我に返り、まだはっきりしない思考をそのままにもう歩き出した王の背を追いかけ、やはり後ろを振り返る。自分と共に歩んできた友人がずっと自分を裏切り続けていたなど、到底信じられないーーふと、倒れているホメロスの指先がピクリと動いた。

 「グレイグ、何をしている」
 「すぐさま追いかけます、王はどうか先に」

 直感的に王へそれを報告してはいけないような気がした。王はしばらくグレイグを見つめ返していたが「そうか」とだけ返すと足早に去って行く。イレブン一行はどうしたものかとこちらを見ていたが、イレブンが立ち止まったのを機にその場にとどまった。

 「ホメロス、」

 その体を仰向けにして上半身を助け起こす。血の気の引いたその顔は、少し瞼が震えうっすら開くと死に沈みかけた瞳がこちらを向く。

 「・・相変わらず、おひとよしめ、」
 「おい。まだ死ぬなよ、どういうことだ説明してくれホメロス、」

 ホメロスはしばらくグレイグを見つめ王に斬りつけられた時にとれた揃いのペンダントをひっ掴み、グレイグに押し付けると絞り出すように唸る。

 「急げ、珍しくお前のその勘は正しい、あれは、王では、ない」

 喋るたびに口から溢れ出す血にきにすることなくホメロスは話し続ける。ぐいぐいと胸元に押し付けられるペンダントを握るホメロスの手を思わず上から握ったーーいや、握れなかった。そこにはペンダントしかない。あったはずのホメロスの手が、否、そこから体も薄く消えていく。

 「私はお前をずっと騙してきた。ただこれに誓って、本当だ・・・・早くいけ、お前の魔法使いが、死ぬ前に」

 その一言に体を強張らせたグレイグにふっと笑うと、ホメロスは文字通りペンダントだけを残してふっと消えた。
 グレイグはしばらくその体勢のまま固まっていたが、託されたペンダントを握りしめて立ち上がる。顔をあげれば真っ直ぐこちらを向いていたイレブンと目があった。なにやら彼は、全てを知っているらしい。

 グレイグは何も言わなかった。今の自分に彼に言葉をかけることさえ許されないような気がしたからだーーその前に為すべきことがある。彼には謝っても許されないようなことをしてきた。ならば、せめて、かたをつける役割は担わなければ。そしてなにより、あの人を失わないために今は急がなければならない。
 そのまま小さく頭を下げ、その前を横切ると駆け出した。その後ろにイレブン一行も続いたのか足音が増えた。
 目指すは一つ、デルカダールだ。



 グレイグはイレブン達と共にいつもと変わらぬデルカダール城をただひたすら無言で突き進んでいた。歩き慣れた医務室への道に向きかけた足先を抑える。彼女はそこにいない。恐らくあの時の王、もとい王に取り付いている黒幕はグレイグの異変ーーいや、その後ろにいたホメロスがまだかすかに生きていたことに気付いているだろう。
 そうすると次はどうするか。軍議で昔ホメロスが言っていた事を思い出す。倒したい相手の弱みに付け込む。今、正体を知ったグレイグへの有利を取るならば弱み、つまり彼女を狙うはず。今度は彼女の体を奪えばグレイグが指一つ出せないのを知っているはずだ。

 「あ、隊長!」

 まっすぐ王の玉座の間へと向かっていればその扉の前にいた兵士がグレイグを見るなり顔を明るくさせた。彼は確かユエの護衛に付けていた兵士だ。彼が口を開く前にグレイグがきりだす。

 「彼女はこの中か?」
 「あ、ハイ!なんか王様に呼ばれて、あ、なんか中に入らないようにってちょちょちょ!」

 兵士の制止も振り切って扉に手をかける、が。びくともしない。力で押さえつけられたような扉をグレイグは思い切り蹴破る。大きな音を立ててこじ開けられた瞬間を兵士は大きく口を開けてみているしかなかった。誰よりも王を慕う普段のグレイグがする所業とは思えなかったが、その瞳は真っ直ぐ前を見つめている。
 扉の先には、玉座の間にそぐわぬ禍々しい後ろ姿が見えた。その足元には糸の切れた操り人形のように倒れているデルカダール王の姿。後ろにいたイレブン一行が息をのむ音が聞こえる。恐らく、目の前のそれが。

 「やはり最後の最後にホメロスは全て吐いたか。早かったではないか、あと少しだったという物を」

 くるり、とこちらを振り向いた魔物のその後ろに灰色のスカートの裾が見えた。グレイグは全身が粟立つのを感じた。ユエだ。力なくぐったりしたユエが椅子に座らされている。
もしもあと少し遅れていれば魔物は彼女をどうしていたのかと一瞬でも考えてしまった。

 「我は魔導士ウルノーガ。16年前にユグノア王国を滅ぼし、デルカダール王になりかわった者。今度はこの女になりすまし勇者の剣を奪い、その力を得る予定に急遽変えたがそれも間に合わなかったか・・・・まあよい。この場で皆、殺してしまえばいいのだからな。安心しろ、グレイグ、お前の後にこの女も送ってやろう」

 グレイグは何も言わなかった。ただ、真っ直ぐにウルノーガを見据える。イレブン達もその隣に並ぶと各々武器を構える。彼らにとってもあの魔導士に思うところがあるのだろう。

 「何人こようと同じ事。まとめて供物にしてやろう」

 



 唸り声を挙げながらウルノーガが紫色の光と共に消えていく。その最中、ウルノーガはイレブンを見、

 「時を遡ってきたのはお前だけだと思うなよ・・」

 と、不可解な言葉を残し消えた。
 一同はほっと肩の力を抜くと同時に、マルティナが真っ先に倒れたデルカダール王へと駆け寄る。グレイグもそれに続いた。

 「お父様! お父様、しっかりして!」

 助け起こされた王は唸りながらも薄らと目を開く。どうやら気絶していただけのようだ。それを見て心底安堵したようなマルティナはグレイグをすっと見上げる。

 「お父様は大丈夫だからあなたはあの人の元に、」

 グレイグはうなずくとユエの元へと駆けた。

 「ユエ!」

 力のない体にグレイグは思わずその頬を両手で包み込むとその頬を親指で撫でる。まだこの頬は温かい。彼女は、生きている。何度か名を呼ぶと、ぴくりと瞼が動くーーうっすらとその瞼が上がると掠れた声が聞こえた。

 「グ、グレイグ・・あなたなの・・?」
 「っ、ユエ、」

 思わず頬から手を離して肩を掴むとそのまま抱き寄せた。抱き寄せられたユエは一瞬だけたじろいだ後、グレイグに任せるように力を抜くと抱きしめ返す。

 「・・ずっとね、ずっとあなたを待っていた気がする」
 「・・ああ、やっとお前を迎えに行けた気がする」

 グレイグは少し体を離すとユエの顔を覗き込む。ユエは泣きそうな顔をしていた。

 「おかえり」

 その言葉はすっと耳に入ってきた。ずっとこの言葉を聞きたかった気がする。
 ずっと昔に失いずっと求めていたもののようにそれはグレイグの心にすっと入ってくるものだった。その言葉をゆっくり噛みしめ、消化する。とグレイグも答えた。

 「・・ああ、ただいま、ユエ」

 握った手は、温かかった。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -