よみがえり

 「それで、式の日程はいかが致しましょう?わたくしは別にいつでも構わないのですけれど、父が早くしろ早くしろとわたくしだけでなく貴方様もせっつくでしょうし・・・・グレイグ様?」

 名前を呼ばれたグレイグは慌てて意識を引き戻して真紅のカーペットから目の前に座る人物に視線を移した。
 特に何を考えていたわけではないが、会話を聞いてはいなかったので椅子に座り直しながら「ええと、」と口ごもれば目の前の女は困ったように眉を下げて笑った。その拍子に、女の明るい茶髪が動作に合わせてふわりと揺れたので、思わず目で追いかける。

 「式のお話です」
 「あ、ああ。そうでした。貴女を待たせるわけにもゆきませんでしょう、ドレスが仕上がり次第でいかがですか」
 「そうね、そうしてしまいましょう」

 なんだか投げやりな返事にグレイグは冷や汗をかきながら目の前に置かれた綺麗なティーカップに手を伸ばし、中身を飲み干した。この女と顔を合わせるのは別に初めてではない。それでも何故か、いつも気まずい雰囲気が部屋に満ちるのだ。
 彼女の出自がなんでもクレイモランの方では名の通った貴族であったがそれも時の流れの中で落ちてゆき、男児にも恵まれず、親があの手この手で娘達を良い相手に嫁がせているーーグレイグもその一人だった。随分前から提案されては断り、食い下がられては断りの繰り返しだったが最近になって気が変わってひょいと受け入れたのだ。ずっと魔王を打ち倒すことだけを目標としてきて、それを果たして何もなくなった今、少し疲れてしまったのかもしれない。どこかに、落ち着きたいとぼんやり思ったのだ。

 目の前の女は不思議な雰囲気を持っていた。ぼんやりとしているかと思えばその実、物事を冷静に捉えるような言動をする。グレイグはどちらかといえばそういった考え方がどうも苦手な部類なので、今のように彼女が考えていることが分からずにどうすればよいのかも分からなくなるのだーー昔、彼女のような賢い友人がいたことを不意に思い出してグレイグは手にしたカップを無意識のうちに強く置いてしまった。それをみた女もカップを手に取ると、「で、」と話を続ける。しかし、その後に続いたのは婚約の話ではなかった。

 「・・貴方の大切な方はどんな方なの?」
 「・・・・は?」

 女は紅茶を飲み、カップをソーサーへ戻すとくるくる髪を弄りながら明日の天気でも話すような口調で続ける。

 「いまならまだ間に合いますよ、愛の逃避行とか。世界を救った英雄が・・ええ、物語みたいで素敵ですわ」
 「あのですね・・先程から何を、」
 「では、はっきり言いましょうか」

 女は髪をいじる手を止め、グレイグを見た。その瞳にはただグレイグが写っていた。

 「わたくしを通してどなたを見ているの?」




 すっと伸びた後ろ姿をグレイグは見送り自室へ戻った後に、深くため息をついてグレイグはソファへ座り込んだ。机に置いてあるペンダントを手に取ると握り込み、すっと息を吸う。もうあの薬草の香りは消えてしまった。
 そのまま立ち上がるといつも行くあの場所へ向かった。

 イレブンと共に魔王を打ち倒してから二月ほど経とうとしていた。デルカダール城の復興はマルティナを筆頭に着実に進んでいた。荒れた城内にはまだ仮設の施設がまだあるが、デルカダールはまだ生きている。ここで骸となった仲間の死は無駄ではなかった。

 元あった医務室は取り壊され、代わりにその向こうにあった彼女がよく洗濯物を干していたあの庭がそのまま広がって大きな慰霊碑が立っている。その一番上には、最期まで城で戦った小さな魔法使いの名前が刻まれていた。
 グレイグはその前まで来ると静かに彫られた文字に手を添える。

 「・・・・ユエ」

 もうすでに周りの皆は次に向けて歩き出したというのにグレイグの時間だけはすっかり止まってしまっていた。そんな中、婚約の話をまた持ち出されたあの彼女の髪を見た時、ユエが重なって見えた。先に進もうとしたその実、グレイグはまだ彼女から離れられないでいた。
 全てを終えたグレイグに残ったのは消えない後悔と身の丈に合わない賞賛だった。これからもきっと城に帰れば薬草を髪にくっつけて小走りする小さな魔法使いと、軍議をすればなにやら考え込むとなりの親友の影をずっと探すのだろう。

 「・・・・グレイグ、」

 不意に聞き慣れた声に呼ばれて振り返れば、最近よくみるドレス姿からから旅の時に着ていた短いパンツにロングブーツ姿のマルティナがいた。マルティナは振り返ったグレイグに笑いかけると近付いてくる。

 「婚約の話はどう?」
 「・・えぇ、私にはもったいないくらいに賢い女(ひと)ですよ」
 「・・・・そう」

 それ以上は何も言わずにマルティナはところで、と腕を組んだ。

 「あなた、準備はしたの?その格好で行くつもり?」
 「なんの話ですか?」
 「なんのって・・昨日、ラムダでみんなと話したでしょ。たまには息抜きに集まって旅をしましょって。みんなもう来てるわよ」

 今思い出した、という顔をしたグレイグに呆れたようにマルティナはため息をつく。グレイグはそのため息に追われるように慌てて自室へと引き返すのだった。



 人生は思わぬところで選択を迫られることがある。
 久々に集まった仲間でふらっと出た旅の終着地点は不思議な塔であった。カチ、カチ、と規則的に時を刻む秒針が動く音のようなそれを聞きつつグレイグはただ、イレブンの背中を見つめていた。
 この旅の転機は、ある遺跡からだった。

 「もしかしたら、お姉さまを」

 短い髪が少しだけ伸びたセーニャがこぼした言葉に突き動かされるように皆、ここまで来たのだった。そこに待ち受けていた不思議な姿をした時の番人曰く、過去に戻ることができると。あの凄惨な事件を防げるかもしれないと、自分たちの為にたった一人死んでしまったベロニカを救うことができるかもしれないと。

 直感的に、これは人として超えてはならない一線のような気がした。
 壊れ果てた世を立て直そうとする人々が生きるこの世界を、守るために死んだ彼女らを否定し、時を戻して作り直すなど少しおこがましいとさえ思う。
 自分を否定し人知を超えた力を求めて破滅してしまった友人がいたようにーーただ、時を戻せると。全てをなかったことに出来ると聞いた時に、彼女を思い出せずにはいられなかった。

 もしも、世界樹が落ちなければ。
 あの広がった庭はまだ医務室で、そこの中庭に白い医務室のベッドシーツを庭に干す彼女がいるのかもしれない。小さな足音と笑い声が医務室前の廊下に響き渡るのかもしれない。彼女をようやく迎えに行くことができるのかもしれない。

 そう考えてしまったその時、時のオーブへと歩み寄るイレブンの前に皆が立ちはだかる中、グレイグは一歩遅れてしまった。
 成功するかもわからない過去への旅路に歩みだすのは紛れもなくイレブンだ。帰るところがあり、これからいくらでも道がある若い少年がそのすべてを捨てて旅出さなければいけない。その犠牲の上に成り立つ生を、果たしてあの生意気な魔法使い達は納得するのだろうか。

 当のイレブン本人は何も言わなかった。
 少し眉を下げて優しく笑った後に仲間をかき分けてオーブの前に立つ。イレブン、と口々に呼び止める彼らに「大丈夫」と頷くと剣を構えると大きく振り上げ、その勢いのままオーブへと振り下ろす。砕けたオーブは眩い光を放ち、グレイグは思わず手をかざす。
 こうも弱くなってしまった自分を見たらきっと彼女は怒るのだろう。彼女には分からないだろうがその瞬間さえもかけがえのない瞬間だった。そして、それが戻ってくるーーそう考えながら思わず期待してしまう自分を後悔する間も無く、世界は光に包まれた。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -