分断

 ゆらゆらとまた視界は揺れていた。しかし、クレイモランからの帰路とは違い頭ははっきりしているーー止めなければ、王を。王に取り付いていたあの魔王を。そして魔に落ちたかつての友人を。しかし闇の攻撃を後ろからまともに受けた体が追い付かない。体を動かそうとしても出るのはうめき声だけだった。
 全てが罠だった。元凶はホメロスではなかった。倒れた勇者一行と立ちはだかるホメロスーーそれさえも罠だった。元凶はグレイグが連れてきた王に取り付いていた魔王だった。またもや自分が道を見誤ったのだーー見てきなさい。ユエの優しい声が頭に響く。そうだ、ユエ。そう、何よりもユエが。

 世界樹の葉が枯れ腐って落ちてゆく、おぞましい闇の力が広がってゆく。

 「このままだと世界樹が・・!」

 薄れゆく意識のなか聞こえてきたそれは、誰が呟いた言葉なのかはわからなかった。ただ、その言葉の続きは分かってしまったーー世界樹が、落ちる。世界が終焉に向かっている。
 
 「ユエ、」

 ああどうか、お前はせめて。




 それが起きたのはグレイグと王を見送ってから数日後だった。
 いつも通りに洗濯物を干していたその時、雲一つない快晴だった空が一気に変色した。まるで空に血を垂らしたかのように、赤黒く変色していく空、そして次に太陽が消えた。ぼうっと爆発音のような轟音とともに大きく風が吹く。見上げた空に浮かぶ世界樹が、どんどん命の色を失い闇の色へと変色してゆくのをユエは兵士と共に呆然と見つめるしかなかった。

 「ユエさん!大変!大変っスよ!!!」
 「・・分かってるわよ・・!」

 なによりも、世界樹にはグレイグがいる。ユエは洗濯物を放りだすと慌てて城内へ駆け込んだ。城内も突然の事に慌てふためいている。

 「ユエ!ユエはいるか!」
 「先生!」

 人ごみをかき分けて駆けてきた軍医がユエと兵士の元へ寄り、二人の無事を確認し、空を見上げて息をのんだ。

 「なんたる・・世界樹が・・落ちてきている・・!」
 「えぇぇぇ!?!?あんなでっかいのが落ちるんっスか!!!どーするんすか!!!やばいって!!!」
 「うるさいだまらんかい!」
 「ハイッッ」
 「・・先生、どうしよう。ここも無事で済むかどうか・・!」
 「・・ここだけの話じゃない、この世界が無事ではすまんよ」

 軍医が呟いた時だった。グレイグの隊の一人が駆け込んできた。

 「軍医殿!ここにおられましたか!あなたがたも避難を!膨大な数の魔物たちが一斉に押しかけてきております!」
 「次から次へとなんじゃい、やかましい!よいか、まずは市民の避難優先じゃ、わしらだけが逃げられるか!」
 「・・大変、イシの村の方たちにも知らせなきゃ」

 守ってみせる、そうイレブンと約束したのだ。

 「ユエ、お前は先に避難・・といっても無駄だからやめておくわい。よいか、ユエはイシの村の住人と城下町を、そこのうるさいのも一緒にいってユエを手伝え。わしは戦いに向けて医務室の準備をしてくる。よいな、各自落ち着いたら医務室で落ち合うぞ」
 「分かったっス」
 「うん。あと、たぶん城門からいったら魔物と鉢合わせるから、城下町の下層の抜け道から避難させましょう」
 「了解っス」

 三人は顔を見合わせ、頷くーー再び、轟音と共に衝撃波が飛んでくる。ユエは小さくしゃがみ、はるか後方ーー落ちていく世界樹を見つめた。あそこにはグレイグがいるはず。首から下げたペンダントを無意識のうちにふれた。彼がユエに託したものだ。必ず帰ってくるという、誓いの証。

 「グレイグ、」

 ああどうか、あなたも無事でいて。
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