まほうつかいとまじょ

 「ねえ、そういえば魔法の扉の前の時にいた仲間はみんなどうしたの?」
 「あぁ、吹雪の中はぐれてしまったみたいで」
 「うそ、あたしもそうなの」

 ユエとイレブンは顔を見合わせるとお互いに厳しい表情になる。お互いに思うところがあったのだ。イレブンは分からないが、ユエにはどうも自分はたびたびこういうことが最近頻発しているのだ。ましてや、このクレイモラン行きもホメロスの口より告げられたもので、彼がすべての黒幕ーーとも思えないが、ユエには彼を疑う理由はいくらでもあった。今回のこのクレイモランの一件がホメロスの罠であるとは言わないが、何らかの形で彼の思惑が混じっているような気がしていた。

 「とりあえず、前に進んでみよう。女王の話だとこの森には魔女の手先の魔物がいるらしいし、気を付けて」
 「そう、だから彼もこの森に来たんだわ」
 「彼?」
 「あ、えーっと」

 首を傾げるイレブンにユエは言葉を詰まらせる。最後にみた彼ーーグレイグは何を隠そうこの目の前のイレブンを追いかけていったのだ。ユエには事の仔細が分からないがグレイグとイレブンがここまでの道のりの中で衝突していたとしてもなんらおかしくないーーだとしてもこの期に及んで隠すのも無意味だろう。

 「えっと、その・・グレイグの事。あたし、ここに来たのは魔法の研究じゃないの・・ってもう分かってるんだろうけど。本当はね、グレイグの手助けに国から遣わされたの」
 「・・そう」
 「追われていた人に聞くのもどうかと思うのだけれど・・グレイグを見てない?」
 「・・いいや。あなたから聞いて初めてあの人もここへ来ていたことを知ったよ」
 「そっか」

 イレブンはそれだけ言うと顔を前に向けた。ざくざくとお互いの雪を踏む音だけが二人の間にあった。
 グレイグが何をもってイレブンをああも憎んでいるのかはユエにもよくわかっていない。それでも、ユエは彼のどこまでも優しくて誇り高い本質を知っていた。それだけに、この隣のイレブンとはなんとかわだかまりが解けてほしいが、そのわだかまりを解くにあたって解決しなければならないことが一つあるーーならば、誰が本当の悪役なのか、だ。
 しばらくそうして二人無言で歩いていれば、不意に何かがぶつかり合う様な音が聞こえてきた。

 「きゃ、」
 「ユエさん、」

 ごう、と強い風にあおられたユエはイレブンに腕を掴んでもらって何とか体勢を立て直す。どうやら森の開けた一角に出てきたらしい。落ち着いた吹雪に一息つけば、再びその音は聞こえてきたーー視界に、懐かしい黒い鎧が映る。

 「グレイグ!」
 「その声は、ユエ!」

 ばっとグレイグがこちらを振り向こうとして、慌てて剣を構える。次の瞬間、その剣におおきな鉤爪がぶつかる。思い一撃に、グレイグは低く唸ってはじき飛ばされた。思わず駆け寄ろうとするユエは、イレブンの制止でなんとかとどまった。グレイグのその向こうに、おおきく口を開けた魔物がゆらりと雪風の間より現れた。グレイグはあれと戦っていたのだ。

 「ユエさん、さがって」
 「でも、」
 「魔法使いといっても戦いはまだ不慣れなんでしょう、ここは任せて」
 「・・分かった」

 この二人の一連のやり取りを見ていたグレイグは何か言いたげにこちらを見つめたが、魔物の唸り声に剣を構え直して体勢を整える。ずっと追いかけてきた悪魔の子が目の前にいるが、敵の敵もまた敵である。グレイグはそのまま後退するとユエを後ろ手に庇う様に立っているイレブンの隣に立った。一時休戦、今は目の前の魔女の手下に集中しなければ。

 じりじりとお互いに間合いを置く中で先に動いたのは魔物だった。まっすぐイレブン目がけて突進していくその巨躯に巻き込まれないようによけながら、その横腹に一撃を叩き込む。魔物は鈍い音と共に横に吹っ飛んだがすぐさま体制を立て直し、今度はグレイグ目がけて突進してくるーーが、その前に今度はイレブンの攻撃に邪魔をされて大きな傷を受けた。一人一人の力では到底かなわないが数ではこちらにいささか有利である。それを利用しない手はないだろう。グレイグはすぐさま魔物の脳天目がけて斬りかかる。鈍い感触と共に骨が折れるような音がした。ぐらぐらと魔物は体を揺らし、そのまま倒れて息絶えた。その大きな巨体が黒煙と共に消えていく中、大きな紫色のオーブが現れまっすぐどこかへ飛び去ってゆく。

 「グレイグ!」
 「おわっ」

 弾丸のようにグレイグ目がけて駆けてきたユエの体を受け止めきれずにそのまま二人一緒に雪の上になだれ込んだ。ユエはがばっと体を起こすとグレイグの両頬を手で包んで勢いそのまま問いかける。

 「怪我は?」
 「いや、たいしたことは、」
 「いいからじっとして」

 ユエはポーチから何やら塗り薬を取り出すといつの間にかできていた傷に塗り込んでいく。その横顔は必死だった。よくよく見ればユエの服はいばらの道にでも突っ込んだのか所々破れてほつれていたし、彼女自身にも痣や細かい切り傷がたくさんついてる。
 嫌だといえば、それで済んだろうに。
 ユエはこうして傷だらけになりながらもここまで来てくれた。ふと、心の底が熱くなって思わずユエの頬に手を伸ばすとこちらへ顔を向かせる。理由は分からない。でも、今、たまらずユエの顔が見たくなった。

 「なに、」
 「あ、いや、なんだ・・自分も怪我だらけだろう」

 突然の事にびっくりしたのかユエはされるがままにぽかんとしている。グレイグ自身も内心自分のこの行動にびっくりしながら、しどろもどろに言葉を返す。ユエは特に何も気にせず、「そう、でも大丈夫よ」とだけ返すと薬を片手に立ちあがると、今度はイレブンの元に寄ろうとするーーところで初めてグレイグはイレブンの存在を思い出した。
 グレイグはユエを遮るように腕を掴み引き寄せると、イレブンを睨んだ。

 「次は貴様だ」
 「グレイグ!」

 ユエは腕を振り払うとイレブンとグレイグの間に立ちはだかった。

 「ユエ、そこをどけ」
 「ど、どかない!だってイレブンは悪い人に見えなかったから」
 「そんな理由で出会ってすぐさまのそいつをかばうのか!」
 「わ、分からないけど、なんかおかしいわ!今回のことだって・・」

 そこまで言いかけて突如吹いた吹雪にユエは吹っ飛んだ。グレイグとイレブンは同時にユエを掴もうと踏み出したが、吹雪に紛れて飛んできた氷の魔法がそれぞれの足元に落ち、腰のあたりまで凍ってしまった。

 「な、なに・・」
 「ふふふ、捕まえたわ!英雄グレイグ」
 
 突如腰まで凍り付いた二人を交互に見、ユエが呆然としていれば軽やかな笑い声が聞こえてきた。三人は声がした方向を見やるーー空に音もなく浮かんでいる女がいた。
 女は楽しそうに足元が凍って動けないグレイグとイレブンを見るとゆっくり地上へ降りたった。銀色の髪を靡かせたその女は手に持った杖で地面を軽く叩き、にっこり笑った。

 「このままお前を氷漬けにすれば、私を解放してくれたあのお方との約束をはたせる・・」
 「氷の魔女め!」

 忌々しく呟いたグレイグの言葉にユエははっと息をのんだ。この氷魔法が、城下町を氷漬けにしたあの恐ろしい魔法と同じものだと分かったからだ。つまり、あれだけの魔法を軽々しく使いこなせる人物が、今目の前にいる。
 魔女はグレイグのつぶやきにさして気にならなかったのか、そのままグレイグの首元へと手を伸ばすーー前に、突風が魔女の体を襲った。
 魔女はそれを片手であしらうと魔法を放ったユエを一瞥した。ユエは一瞬怯んだが、睨み返した。

 「・・やめて」
 「あら、なに。まだ人がいたの・・・・ああ、もしかして。あなたが・・まあ、いいわ。英雄の前にあなたを先に氷漬けにしてあげる、前に、」

 魔女は視線をユエからグレイグへと戻すと、グレイグの首元からペンダントを引きちぎって奪った。

 「うふふ、これ、欲しかったの。あの方と同じペンダント。これでお揃いね!」

 魔女はグレイグから奪ったペンダントを空にすかすように持ち上げてうっとりと見上げる。瞬間、グレイグが目を見開いた。ユエとイレブンは何が何だかさっぱりわからず魔女とグレイグを見て呆然としていた。が、魔女がこちらに向いたのでユエは慌てて身構えた。宣言通り、次は自分だ。

 「ユエに手を出してみろ、必ずお前を倒してやる」
 「そういうの、今の格好じゃちっとも怖くないわ・・そうね、あなたはどうしてあげましょうかしら」

 楽しそうに笑いながらこちらへ寄る魔女にユエは後ずさる。先ほどの一撃がああもあしらわれてしまった今、ユエが魔法で彼女に勝てるとは思えない。魔女の掌に大きな氷の魔法が生成されていくーーその時だった。

 「させないわ!」

 どこかで聞いたことのある勝気な声と共に、大きな火の玉が魔女に飛んできた。その衝撃で、ペンダントがユエのところまで飛んできた。

 「ベロニカ!」

 イレブンが火の玉が飛んできた方向をみてそう呟く。先ほどの赤い頭巾をかぶった小さな少女を筆頭にイレブンの仲間たちがそこにいた。
 魔女と言えどもさすがに分が悪いと判断したのか、魔女は大きく舌打ちをするとふわりと軽く飛んで森の中へと消えていく。と同時に、イレブンとグレイグを覆っていた氷が崩れた。

 「ユエ!平気か」
 「う、うん。グレイグこそ平気?」
 「俺は大丈夫だ」
 「・・グレイグ、これ・・」

 ユエはおずおずとペンダントを渡した。このペンダントの存在は知っていた。常に肌身離さずもっているので、一度だけペンダントについて聞いたことがあった。そしてグレイグ曰く、とても大事なものであること。そして同じペンダントを無二の親友がもっているとも。言葉にしなかったが、二人が考え付いた人物は同じだった。

 「・・帰るぞユエ。帰らねば、ならん」

 グレイグはそれだけいってペンダントを受け取るとさっさと歩き出した。ユエもその背を追いかけようとして立ち止まるとイレブンの方を振り返った。イレブンたち一同は追跡者の動向を警戒するように見つめていたが、振り返った見慣れないユエにベロニカと呼ばれた少女は少し困惑したような表情を浮かべた。
 ユエは少しの間逡巡し、意を決したように彼らの元へ駆け寄るとイレブンをまっすぐ見た。

 「イレブン、これ、良かったら飲んで。体、冷えてると思うから一息ついたらこれをお湯に溶かしてのんで。あったまるから」
 「ありがとう」

 ユエはそれだけ渡して慌ててグレイグの背を追いかけようとして、また立ち止まると再び振り返った。

 「今度はもっと別の形で会いましょ!」

 返事を聞く前にユエはポーチをかけ直して、今度こそ少し先でユエを待っているグレイグの元へと駆けだした。
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