まほうつかいとあくまのこ

 「わあっ」

 凍り付いた城門を見たユエは、恐怖よりもいまだかつて見たことがない光景に目を輝かせた。身を刺すような寒さは耐えられたものじゃないがその気温から生まれた雪や、その雪が織りなす風景は美しい。皮肉にも、元来の城門の色合いと氷がマッチしていてこれはこれで美しい物だった。

 「うっへー・・ありえないっス、これほんとに凍ってるっス・・」
 「ねえみて、あたしの背より大きいわよこの氷、すごい・・」
 「ユエさんはなんでそんな楽しそうなんスか・・」
 「た、楽しんでないわよ!ちょっと珍しかっただけ!」

 ユエは兵士を睨むと腰のポーチに入れていたクレイモランの紋章入りの手紙を開く。本来の目的はこの氷をつくり出した魔法の仕組みを解明してこの氷漬け状態を何とかすること。それは分かっていはいるのだが実物を見てしまった今、如何に相手が巨大であるかということももちろん、純粋にこれほどの氷を生み出す魔法の存在にも気になっていた。
 とにもかくにも、ユエと兵士の二人でどうにかなる話ではないのは確実なのでひとまずグレイグと合流した方がいいのだろう。

 「えーっと、なに・・裏門から・・裏門ってこっち?」
 
 手紙に描かれた地図を見ながら歩き出したユエの背中を追いながら兵士はこっそり自分の背の何倍もあり、国ごと食らうかのように城門に纏わりつく氷の塊を見ながら寒さとは違った身震いをした。日頃より宮廷の魔導士が氷の魔法を使うのを見たことは何回もあったが、それは小規模なものだったのだと心底思い知らされた。魔法は人の道具ではなく、人の命を奪う道具にもなり得るのだと知ったのだ。

 「ユエさんは、怖くないんスか?」

 それこそ日が浅いと言えども魔法は兵士よりも目の前の小さな魔法使いの方が知っているはずだ。この魔法が悪意そのものであることも、人の命をもてあそぶものだという事も。
 ユエは振り返らなかった。聞こえてないのかと思い、もう一度その背に問いかけようとしたところで返事は唐突に帰ってきた。

 「大丈夫よ。だって、あたしだけじゃないもの」

 薄ら、耳が赤みを帯びたのは気のせいか。兵士がそれについて深く考える前に目の前の背中が止まった。兵士もそれにならって止まれば目の前に大きな赤い扉がある。ユエは気にせず手紙をまたポーチの中へ入れると扉に手をかけてぐっと押したーーが、びくともしない。ユエは顔をしかめてもう一度挑戦するが、やはり扉はびくともしなかった。

 「なあにこれ、魔法がかかってるじゃない」
 
 ユエはしばらく考え込んだ後にローブの胸元からステッキを取り出すと大きく振りかぶって魔法を出すーー前に兵士が慌てて止めた。

 「ままま待って!!そんな乱暴な!!」
 「だって、あたし鍵ないもの」
 「だからってそんな、もっと穏便に・・」
 「試してみないと分かんないでしょ」
 「ちょ、ちょーー!」
 「おい、何してんだ?」

 兵士を無視してもう一度振りかぶったユエ、そしてユエを止めていた兵士もその声に振り向く。淡い薄氷のような髪の色をした少年を筆頭に、男女年齢がバラバラの集団がそこにいた。訝しむようないくつもの視線に兵士は慌てて説明をする。どうやら混乱に乗じた物取りと思われてしまったのかもしれない。

 「いやほんと!!怪しい者とかじゃないんっス!!ちょっと街の中に行きたくて・・!あ、こらユエさん破壊しようとしない!」
 「ちょっと待ちなさいよ、そんなへんちくりんな魔法で扉が壊せるわけないでしょ」
 「はあ?」

 赤い頭巾をかぶった小さな少女が呆れたようにユエを見ると、茶髪の少年に何やら合図する。少年は「ああ」とちいさく呟いて懐から小さなカギを取り出した。鋭い言い方にユエは眉根を寄せたがすぐに少年の持つ鍵への好奇心が勝り、背後から魔法がかかった赤い扉を開ける様を見ていた。

 「これはね、魔法の扉。おんなじ魔法がかかった鍵じゃないと開かないの」
 「すご・・」

 魔法の鍵ですんなり開いた扉を見て兵士とユエはそろえて口を開けて感嘆する。そう言えば少し前に軍医に見せてもらった魔導書にそんなことが書いてあったような気がするが、巨大な氷といい、扉といい、まだまだ魔法は知らないことだらけだ。

 「ありがとう、助かったわ。あなた達はどうしてこんなところに?」
 「ちょーっと探し物をしてるのよ、アナタたちこそどうしてここに?」

 一番背の高い男(だと思う)が人当たりの良い笑みを浮かべてユエに疑問を投げ返してきた。それとなく質問をかわされた返答に裏を感じたユエは笑みを浮かべつつ言葉を探す。向こうがはぐらかしたのならばこちらも丁寧に答えなくてもいいだろう。

 「あたしはユエ。駆け出しの魔法使いで、各地を旅して魔法を研究しているのよ。こっちは用心棒なの」
 「どもっス」 

 猫を被ったユエに何かを感じたのか、兵士も特に何も言わずにユエに合わせたーーただ、先ほどの薄氷色の少年の目が一瞬細くなったのを見逃さなかった。それに気付かないふりをしてユエは続けた。どこかであの顔を見たことがある。その疑問はひとまず心の隅に寄せておこう。

 「ありがとう、危く無意味に魔法をつかってしまうところだったわ。さ、行きましょ」

 ユエは兵士の手を引くとさっさと城下町の中へと入っていった。
 
 「すごい・・本当にそのまま凍っているのね・・」
 「おっかねー・・」

 日常そのものが凍らされた街を歩きながらユエは腕をさすった。城下町に入ってからぐっと気温が下がったのだ。魔法の影響がまだ続いているらしい。白い息を吐きながら、ユエは焚火とその近くにいる人物に目を止めた。背のマントに大きく描かれたその紋章は手紙に印刷されていたそれとうり二つだった。

 「すみません、あなたが女王様?」
 「え、えぇ。そうです。あなたは・・?」
 「あたしはユエ。デルカダールより遣わされた一人です」
 「デルカダールの・・?」

 女王はメガネの奥の瞳を丸くさせると、数日前にも同じような質問をした人物がいると答えた。

 「ええっ!?もう着いてる?」
 「え、ええ・・数日ほど前に黒い騎士様が来てくださって、ミルレアンの森にいらっしゃるはずです」
 「なによー・・入れ違っちゃったのね」

 脱力するユエに女王のシャーロットは笑い始めた。

 「な、なんですか・・」
 「いえ、騎士様がきっとうるさいのが来るからといってらっしゃったから。想像より元気な方だなって」
 「ちょっと、グレイグそんなこと吹き込んだの!?」
 「まあ、間違っちゃいないっス・・いてっ」
 「もう、早く行きましょ。とっちめてやる!」

 いきり立つユエをシャーロットが「あの」と引き留める。

 「ミルレアンの森への近道がありますから、ぜひそちらから行ってください。早く着きますから」
 「ありがとうございます」

 ユエは差し出された地図を受け取ると兵士を引っ張って城下町を後にした。去っていくユエを見つめるシャーロットの目が鋭くなったことに、当然ユエと兵士は気付かなかった。



 「ねえ、本当にこの道が近道なの?」
 「うう・・わかんないっス・・分かることはとにかく寒いってことだけ・・うう・・」
 「もー、しゃんとしなさいよ」 

 ザクザク、と雪を踏みしめながらユエは道なき道を歩いていた。時折吹く風にあおられた雪が容赦なくこちらへ襲い掛かってくるのでユエたちは時折踏ん張りながら進んでいた。
 暑いくらいがちょうどいいだろうと軍医に持たされた上着やブーツ、その中までかなり厚着をしてきたのは正解だったようだ。ただ、露出された鼻や耳は吹雪に吹かれてそのままもっていかれるのではというくらいに鋭い痛みが走り、ユエは小さく唸って耳を擦った。焼け石に水だろうが少しでもマシにしたかったのだ。

 「そういえばなんでグレイグはミルレアンの森に行ったのかしらね。詳しく王女様に聞けばよかったわ・・・・ちょっと、聞いてる?」

 いつの間にか聞こえなくなった返事に振り返れば、そこにはただ雪と自分が通ってきた足跡だけがあっていつの間にか兵士が消えていた。そこにあるのはただ、うっそうとした森。

 「うそ・・冗談でしょ・・勘弁して・・」

 ユエは顔に付いた雪を払うと元来た道を戻ろうとして、風にあおられて体勢を崩す。

 「うわ、わ、わ・・!」

 思わず手をついたーーと思えば、そこには何もなかった。どうやらここは崖の淵だったらしいいう思考が追い付いたころにはユエは真っ逆さまに落っこちていた。

 「うわっ」
 「うぐっ」

 雪よりも温かい物の上に落ちたユエはくらくらする頭のまま体を起こせば見えた人の顔に、自分が誰かの上に落下したのだと気付いて慌てて上から退いた。

 「ご、ごごごめんなさい!」
 「・・大丈夫・・ちょっとまだ星がみえるけど・・」
 「うわー!!薬草、薬草いりますか!」
 「落ち着いて、平気ですからーーあ」

 そういって立ち上がった少年とユエは顔を合わせるなりお互いに固まった。そう、先ほど城下町の魔法の扉を開けてくれた一向にいた茶髪の少年だった。立ち上がった少年はユエをまじまじと見つめ、警戒するように半歩下がった。

 「・・デルカダールの国の方だったんですね」
 「え、ええ。聞いていたの・・・・あなた、もしかして、」

 ユエもまた警戒して半歩下がって息をのんだ。あの薄氷色の髪の青年、デルカダールの城下町で以前グレイグがとらえた盗人だ。そして、以前兵士が「地下牢に入れた少年と共に悪魔の子が逃げた」と言っていたーーパズルのピースがパチパチと重なって一つの答えを導き出した。恐らく、この人物が。
 ユエの表情の変化でおおよその事を察したのか、少年が茶髪を靡かせてユエに背を向けて走ろうとする。ユエは慌ててその腕を掴むと引き留めた。

 「ま、まって!ちょっとまって!あたしは別にあなたを捕まえようとか思ってないの!」

 こんなところで一人にされても困る、と咄嗟に思った掴んだ腕はユエを拒絶していた。顔を上げた先の端正な顔は少し歪んでいる。

 「・・離してください・・・・僕はあなた達を信じることはできない」

 短いこの言葉にすべての感情が詰まっていた。ユエはその瞳から目を逸らさず見つめ返した。彼が、もしも「悪魔の子」とされる人物であるならば、ユエには伝えなければならないことがあった。

 「無事、だから。あたしのこと信じなくていいけど、伝えたくて、村の人はみんな無事だから」

 視線の先の瞳が揺らいだ。ユエはそのままの勢いで言葉を続けた。

 「あたしは確かにデルカダールにいるけれど、だからってあなたを憎んでるとか悪魔だとか思っているわけじゃなくて、あぁもう何て言えばいいのか・・とにかく、知りたいの。あなたのことも、世界の事も自分の目で見て自分で考えた結果ですべてを判断したいの」
 「・・・・ありがとう」
 「え、」
 「ありがとう」

 一瞬だけ見えた泣きそうなその顔は随分幼いものだった。ユエは静かに頷いた。自分もそれなりに人よりはいささか不幸な人生を歩んできたと思う。城下町の下層はいくらでも理不尽だった。その日一日を生きる金を工面することで一日が終わるどうしようもない生活だった。それでもそれさえこなせば必ず明日はあったし、世界そのものは一定数でユエに平等だった。ただ、彼の場合はある日突然世界そのものが理不尽なものになったのだ。このまだ幼さが少しだけ残る少年に、いったいどれだけの理不尽が襲ったのだろう。
 それならば、自分もそうであってはならない。グレイグがユエにそうであったように、まず、あゆみ寄らなければならないとユエは思った。

 「・・いいの。あたしは人としてやらなきゃいけないことをした、それだけ・・あのね、あたしはユエ。ユエっていうの。あなたは?」
 「・・・・僕はイレブン」
 「よろしくね。村の人はこれからも、任せて。すべてが解決するまであたしが責任もって守るから」

 ユエは手を差し出したーーその手をイレブンは迷わずに握った。
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