まほうつかいとくらやみ

 「ああ、ユエ。よかった、見つかった」

 自分を呼び止める聞き慣れた声にユエは買い物袋を抱えたまま振り返った。振り返った先にいたグレイグはユエに駆け寄る。彼のトレードマークでもある黒い鎧ももはや見慣れたものだが、何故か今日は「彼がこの鎧を身にまとっている」という事に不安の影がよぎったーー悪魔の子。ユエはその単語を口に出しかけて慌てて飲み込む。結局、昨日はいきなり訪ねてきた悪魔の子を王の都合が合わないので翌日に出直してほしいという建前で追い返し、その時から今にかけてその対策で城内はてんやわんやしていた。
 いつもこの時間にグレイグはちょうど休憩時間のはずだ。グレイグのみならず、どこか緊迫感のある城内にユエも落ち着かない。

 「なあによ。あたしに何か用なの?」
 「ああ。なんだ、その、少し頼みたいことがあってな」
 「頼みたいこと?グレイグが、あたしに?」

 グレイグは一貫としてユエに悪魔の子の一件に近付けることを許さなかった。そのグレイグが直々にユエに頼み事ときた。ユエは買い物袋を持ち直すと背筋を伸ばす。しかし、次にグレイグの言った言葉はユエの予想をはるかに超えていた。



 「ってさあ、あなたはどう思う?ねえ?リタ」

 グレイグの頼み事ーーリタがすぐにでも出れるように準備をしてくれと頼まれたユエは馬具を片手に目の前のリタリフォンに話しかける。返事を期待しているわけではない、いわゆる独り言だ。リタリフォンを今日すぐに使うことがある、という事はなんとなくわかると同時にこれが「ユエをこの一件に近づけさせないため」という事もなんとなくわかっていた。
 グレイグだけでなく昨日からはホメロスでさえもどこか何かをユエに隠しているようだった。恐らくユエを巻き込まないようにという彼ら(正直、ホメロスの方は違う気がする)なりの配慮なのだと気付いてはいたが、どこか子供扱いされたような気がしてしまってユエとしては全く面白くない。
 
 「だってあたしだってそりゃあ、あたしはグレイグよりは年下だけどガキじゃないしさぁ・・ん?年下?そう言えばあの縁談の子っていくつだったのかしら。同い年ではなさそうよね」

 ぶつぶつ独り言をこぼしながらリタリフォンに馬具を取り付けていくユエをリタリフォンは不思議そうに見ている。ユエが取り付けやすいように少しかがんだリタリフォンにユエは笑ってその鼻面を抱きしめる。

 「ま、いっか!リタに会えてうれしいし。また今度乗せて頂戴ね」

 優しく嘶いたリタリフォンをユエは撫でると、使い終わった道具を持ち上げ馬屋の奥にある倉庫へと入る。動物の匂いに加えてかび臭さと埃っぽさが混じった空気にユエが思わずむせていると、今しがた入ってきた倉庫の入り口の向こうから声が聞こえてきた。大方、デルカダールの兵が自分の馬の手入れか馬を取りに来たのだろう。

 「・・なあ、聞いたか」
 「・・ああ。あんまり気がのらねぇよなぁ」
 「いくら何でもさ、村を焼くって・・」

 愚痴めいた声音をなんとなく聞きつつ、ユエは道具を元の場所へと戻していたーーが。ふと聞こえてきた物騒な一言でユエは思わずその手を止めて兵士たちの会話に耳を澄ました。なんとなく、この会話をきいてはいけない、そんな思いに駆られてその場にしゃがむと息を殺す。好奇心ももちろんだが、構造的にユエが兵士たちに気付かれずにこの場を脱する方法がない。それならば見つからないようにするしかないのだ。
 まだ、内容を詳しく知らないが、散々下層で過ごしてきたユエの勘が静かにやり過ごせと警鐘を鳴らしていた。

 「悪魔の子がそこで暮らしてたってだけだろ」
 「もしかしたら村ごとグルってことかもしれないって将軍はいってたけどさ」
 「下っ端には拒否権がないしなぁ」

 段々と遠ざかる兵士たちの会話と鎧がガチャガチャ鳴る音を口元を手で塞ぎながらユエはしばらく聞いていた。
 村、悪魔の子、焼き討ちーー断片的な情報をパズルのように当てはめて整理する。つまり、どこかの将軍は悪魔の子を育てたという理由で村一つを焼き討ちにするらしい。

 (いくら、いけない人がいたからって、)

 下層で暮らしてきたユエは「理不尽なこと」をいくらでも知っていた。生まれてくる環境を選べないこと、どんな劣悪な環境でもそこに暮らす人は良い人もいたということ、悪いやつがいたその場所にいるすべての人は皆が皆、悪ではないこと。
 ぐるぐる目まぐるしく回る思考が止めなきゃ、と結論を叩き出した。そして、そのために力になってくれそうな人物はーーユエは、はじかれたように立ち上がり、ゆっくり空いた扉の隙間から馬屋を見る。兵士たちがもういないことを確認すると飛び出して走り出すーー真っ直ぐ、グレイグの元へ。




 馬屋からまっすぐ城まで駆けてきたのはいいものの、ユエはだんだん速度を落としていく。上がり切った息を整えながら、思考がふと「先ほどの会話で将軍という単語を聞いた」という事に辿り付いたのだ。
 兵士たち曰く、「将軍」の命で村を焼き討ちにするらしい。今からこの話をする相手ーーグレイグも、所謂一般的には将軍の立場だ。

 (・・でも、デルカダールには将軍はグレイグだけじゃないし・・ほかにも何人もいるし・・)

 ユエはぐるぐる思考を巡らせながら廊下を行ったり来たりしていれば、「あれ」と後ろから声をかけられる。

 「ユエちゃんじゃないっすか」
 「!あんたいつも見回りの時にグレイグ・・しょ、将軍と一緒にいる・・」
 「そーそー。グレイグ将軍の隊に所属してるんで。将軍に何か御用っすか?」
 「ええっと、いや・・その・・」

 もしも命令をくだした将軍がグレイグだったら?グレイグでなくとも、将軍という立場の人は皆、村の一件に関して一枚噛んでいたら?
 城下町でユエはいくらでもそういう後ろ暗い光景を見てきた。こういうのは内々に伏せられていて、ひょんな拍子で知ってしまった不幸な人はロクな目に合わないことを知っていた。

 「おいユエ、こんなところでどうした?」
 「あ、将軍。なんかユエちゃん用があるって」

 思考がまとまらないうちに当の本人が来てしまった。ユエは顔を上げるーーふと、グレイグと目が合って思わずそらした。この前の、「悪魔の子」と聞いたグレイグの怖い顔が脳裏をよぎった。もしかしたら、彼も承知なのかもしれない。でも彼がそんな非道を許すだろうか?否、ユエには知らないグレイグが抱えている何かがあるのかもしれないーー不意に、頬に温かい手が触れた。それに促されるようにユエは恐る恐る手の持ち主、グレイグの方を見る。

 「・・どうした、何があった」

 心配するようにこちらを見つめる眼差しは初めて出会ったときと変わらない、どこまでもまっすぐなものだった。この前、軍医に言われた言葉が脳裏をよぎるーー自分の目で見たもので、自分の頭で考える。
 グレイグと出会って一年ほど。短い時間の中でのユエが見てきたグレイグはどこまでもまっすぐで、誠実な人物だった。

 (この人が、そんなこと許すはずない)

 神殿の時だって、グレイグはユエを信じてくれた。彼を騙した後に再開した時も、グレイグは迷わずユエに手を差し伸べてくれた。ユエは、自分の見てきたそんな誠実なグレイグをどこまでも信じていたーーユエは大きく息を吸うと、そのまま言葉と一緒に吐き出した。

 「グレイグ、村を焼き討ちにするって本当なの?」
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