まほうつかいときんようび

 「どれ、振ってみろい」
 「わ、分かったわ」

 ユエはすう、と息を吸って手に持った小さな棒状のステッキを振った。するとそよ風よりはいささか強い風が医務室を駆け抜けていく。扉と窓がカタカタと揺れた。思ったものと違ったユエは眉をしかめてステッキを見る。大きな木の枝をそのままやすりにかけたようなそれは杖と言った方が差し支えないもので、軍医曰く「魔法の威力をあげる」といった効果をもたらすものとしてはいささか控えめというか、シンプルというかーーとどのつまり、ユエの想像していた憧れの魔法使いのステッキ像より幾分も違っていた。

 「ねえ、先生。こういうのってほら・・もっとこう、先っぽに魔法石みたいなのがついている両手で持つやつとか、もっときらきらしたかっこいいやつとかじゃないの?こんなの、ちょっと加工した木の枝じゃない。出てくる魔法も大したことないし」
 「阿呆、魔法が大したことなかったのはおぬしの力不足よ。それに、そういう類のものを持つ魔法使いは回復よりも攻撃型の魔法に優れた魔法使いが持つものじゃて」
 「むう・・」

 一蹴されたユエは自分のステッキをくるくる回しながらソファにぶすくれたようにソファに座り込んだ。
 先の神殿の一件以来、ユエはさらに魔法を扱うことについて学ぼうと躍起になっていた。実際に戦場に出て見て、自分が井の中の蛙であったことを思い知らされたのだ。魔法使いはステッキで魔力を高めてやっていくのだという事で、自分にあったものを選んでもらってこうして使ってみているがどうにも想像していたものより違ったのだ。
 ステッキをじとりと睨むユエに軍医は笑った。

 「まあ、鍛錬じゃな。強ければよいという物でもなかろう。あまり力に固執するんじゃないぞ」
 「はいはい、がんばりまーすって」

 ユエはぶつぶつそう言うと何気なくステッキを振って風魔法を起こすーーと、たまたま医務室を開けて入ってきたホメロスに直撃し、整えられた金髪が舞った。

 「・・ヒッ・・ごめんなさい・・」
 「・・・・宣戦布告とはいい度胸だな、こい、やってやる」
 「ひえー!ごめんなさいって今いったじゃんー!」

 ホメロスはまあいい、と髪を直すとユエを睨んだ。ユエは縮こまってホメロスを伺い見る。暇つぶしにここへ来たわけではないのだろう。

 「・・ご用件は」
 「グレイグはここにきてないのか」
 「グレイグ?そう言えば今日はまだ見てないや」
 「まったく、今日の縁談を忘れたのかあいつは」
 「縁談?ーー意味は知ってるわよ!」

 「それも知らんのか」といった表情になったホメロスにユエは抗議する。生まれが生まれでそういったものとは縁がないだけで、そのものの意味は知っている。政治や家柄が絡んだ結婚に関する話だ。

 「ちょうどいい。お前ならグレイグがどこにいるか知っているだろ。呼んでこい」
 「ちょっと、人をこき使わないでよ!」
 「なら気分転換でもするついでにグレイグを探してこい。いい道具を使ったところでお前がそんなではいつまでもそよ風魔法しかつかえんぞ」
 「余計なお世話です!」

 ユエはそう吠えると立ち上がり、軍医室を出ていく。グレイグのいる場所は大方見当はついていた。鍛錬所か見回りで城下町に出ているはずだ。

 (・・ってか、縁談て)

 怒りに任せてずんずん城内を歩いていたユエは今更言葉の意味をきちんと理解して、ふと立ち止まる。グレイグの出身が貴族ではないのは知っていたが、デルカダールの一将軍としてそういった話はよく舞い込んでくるんだろう。おまけに性格は細かいところを色々置いておけば、誠実で真面目なのだ。さぞそういう話は引く手あまたなのだろう。
 ふと、来賓室から出てきた身なりをきちんと整えた令嬢とすれ違う。美しく整えられた髪に綺麗なドレスに化粧。すれ違った後に、城の窓ガラスに映った自分は、着崩れた安い給仕服と色違いの灰色のスカートエプロンを身にまとい、髪は無造作に乱れていて、あちこちに薬草をくっつけていてみすぼらしく見えた。

 見慣れた背中を見つけたのはやはり訓練場だった。熱気と汗のにおいに半ばむせかえりながら、ユエはそのおおきな背中に声を投げかけるーー前に、少しだけ髪を整えた。

 「グレイグ!」
 「おお、ユエか。ここにくるのは珍しいな」
 「そりゃそうよ、あんたを探しに来たの」
 「俺を?」

 椅子に座り、置いてあったタオルで汗を拭きとるグレイグの隣の机の上に座るとユエは足と腕を組んでグレイグを睨んでやる。

 「縁談。今日そんな予定が入ってたらしいじゃないの」
 「ああ?ああ、あー・・」

 疑問形、納得、落胆と変化するグレイグの「あ」にユエは大げさに溜息をついて見せる。少なくともグレイグは縁談に前向きな姿勢じゃないらしい、というのがユエを良くさせた。

 「向こうの令嬢をまたせてんじゃないの?こんな汗臭いまま行くわけ?」
 「いや・・一度断ったのだが、また来たのか・・」
 「何?断ったの?」
 「俺はそんな大した人間じゃないし、そういう柄じゃない」
 「へえ?でもあんた36ならもう色々考えた方がいいんじゃないの?」
 
 グレイグはユエを「余計なお世話だ」と言わんばかりに睨んだ。当のユエはどこ吹く風、組んでいた足を直すと楽しそうにばたばたさせた。グレイグは汗を拭きとりながらそんなユエを見て少し笑った。何がそうさせたのかは分からないが今の彼女はとてもご機嫌らしい。

 「じゃあそうならそうでもはっきり言ってらっしゃいな。期待をもたせるのはとっても悪い事よ」
 「そうすることにしよう・・ユエこそ、行儀を悪くしていると嫁の貰い手がないぞ」
 「あたしはいいの〜。あんたより10年下だから選択肢が広いの」
 「そう言ってられるのもあと1、2年だからな」

 やれやれ、とグレイグが椅子から立ち上がるのに続いてユエも机から降りた。その時だった。勢いよく訓練場の扉が開いてグレイグの配下の兵士がこちらにかけてきた。

 「グレイグ様!」
 「どうした」
 「悪魔の子が・・悪魔の子が、王を尋ねに国にやって来ました!」



 デルカダール城はばたばたしていた。緊張感がまるで糸のように張りつめた雰囲気に、ユエは医務室の椅子に座りぼんやり準備に走り回る兵士たちを杖を手で転がしながらぼんやり見ていた。グレイグに、騒動が収まるまでは医務室で待機していろと半ば押し込められたのだった。悪魔の子の噂は、この城の中で一度だけ聞いたことがあった。おしゃべりな兵士を治療してやった時に、耳にしたものだ。

 「ユグノア王国とバンデルフォン王国が崩壊したのを知っているだろ?あれは悪魔の子の仕業なんだよ。ユグノアが襲われた時うちの王女さまもお亡くなりになったから、王はあの子を許せないだろうな」

 「ねえ、先生。悪魔の子ってどんな子なの?」
 「さあな。わしも噂しか聞いたことがないな」
 「でもさ、その子ってその滅んだユグノアって国の王子様なんでしょ?どうして自分の国を壊すのよ」
 「ユエよ」

 軍医は薬を調合していた手を止めるとユエに向き直る。珍しい真面目な声音にユエも姿勢を正す。

 「言葉には気をつけなさい。これに関しては特にの」
 「・・分かった」
 「・・ただ一つ。自分の目で見て、自分の頭で考えて世の中を見なさい。人の言葉だけですべてを知った気になる愚者にはなってはならんぞ」
 「・・・・分かった」

 ユエが珍しく素直に聞き入れたのをみた軍医は「分かればよい」と微笑むと作業を再開させた。そんな軍医の背中を見つつ、ユエは先ほどのーー分れる間際のグレイグの顔をぼんやり思い出していた。その横顔は、いまだかつて見たことがないくらいに怒りに歪んでいた。 
 悪魔の子。ユエは心の中で呟くと窓の外を見る。城の不穏な空気がそのまま反映されたような空模様に、なんとなく不吉な予感がした。
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