城下町の下層に隠されていたのをたまたま拾ったのだと主張したその男の手により帰ってきたオーブは元通り倉庫へ戻り、それと入れ変わるように倉庫にあった金が男へ報酬として渡ったのだった。その間、数か月。オーブの盗難事件は半年を経る目前にしてかたがついたのだった。
その間にユエはだいぶ魔法にも慣れたのかあれ以来倒れることはおそらく一度もなかった。というのも、グレイグ自身がオーブの件に走り回っている間に、ユエも兵士達の治療に追われていたのでお互いに忙しくきちんと会って話したのはあの日以来なかったからだ。
ただ、時折医務室からは楽しそうな声が響いていたし、たまに買い出しに行く彼女と正門ですれ違っていてはいたので元気にしていたのは知っていた。
そんな彼女と数か月振りに顔を合わせて話したのは、皮肉にもまたオーブ絡みの事であった。
「神殿に棲み付いた魔物払い?」
「そうだ」
久々に昼でも食いにいこうと誘って連れ出したのはグレイグからだった。結局盗賊の捕り物騒乱があったために流れてしまったあのパン屋へ連れていくこと、こちらのおごりであることを餌にして連れてきたのにはワケがある。思い思いのパンを選んで口に運ぶ上機嫌なユエにグレイグはさっそく話をきり出したのだった。
「そうだ。あの赤いオーブを、デルカダール地方の神殿に奉納するとの話が王との話で決まってな。しかし、その神殿にはもうしばらく人間の手が入ってなかったせいで魔物が棲み付いているのだ。俺の部隊はその一掃とオーブを奉納する任務を任されたのだ」
ユエはおおきなサンドイッチにかじりつき、咀嚼しながら「ふーん」といかにも興味がなさそうに相槌を打つ。事実、彼女の目線は先ほどから皿のパンとグレイグを行ったり来たりしている。グレイグは空咳をするとめげずに続ける。なんせ、この作戦に彼女が必要なのだ。
「それで、だ。その掃討の間に怪我をしてはこちらに戻って治療してまた向かう、の繰り返しをしていては埒があかん。こういったのは勢いで片さなければならんのだ」
と、ホメロスが言っていた。という一言は飲み込む。なんとなく、ユエとの間ではホメロスの名前を出すのは憚られた。あの一件以来、グレイグが彼女が見た光景について話題に出すこともなければ逆にユエから言い出すことも一切なかった。ユエのホメロスに対する態度も軟化し、たまに廊下でホメロスと何やら話しているユエを何度か見かけたことはあったが、彼女が見たというグレイグの全く知らないホメロスはグレイグの心の奥底で巣くっていたーーおそらく、彼女にも。
「で、あたしに何でそれを話すわけ?」
ユエの一言に気付いたグレイグは慌てて我に返る。
「そう、で、だ。ユエには俺の部隊と一緒に神殿まで赴いてほしいのだ。怪我を負った兵士の治療をその場でしてほしい」
それを聞いたユエはサンドイッチに齧りつこうとしてーー止まった。何故ここに連れてきてもらえたのか、目の前のパンたちは何故グレイグのおごりなのか。目の前の男の思惑を理解したユエはサンドイッチを皿に置くと恨めし気にグレイグをじとり、と睨む。この作戦ーー食い物か好きなもので釣ってやれ大作戦の立案者がホメロスであることも隠しておこうとグレイグはユエの視線を受け止めながら決意する。
ユエは「そういうことか」と諦めたようにつぶやくと、肘をついて手に顎を乗せて気だるげに呟く。
「あたし魔物と戦ったことなんてないんだけど・・」
「戦うのはこちらに任せてほしい。お前はあくまで後方にて回復の魔法なんかを俺たちにかけてほしい」
「・・でもあたしの後ろから魔物がきたら?」
「そうはさせない。ユエには指一本触れさせないと誓おう」
じ、と真正面から向けられる真剣なまなざしにユエは折れた。拾われてからかれこれこの英雄さまとは半年くらいの付き合いになるわけだが、お人好しなこと、真面目なこと、そして約束を決してたがえないということをユエは知ったからだ。そして、そのグレイグに直接こうして信頼されて頼まれているのだ。それは、悪い気はしなかった。
回復魔法を使えると知った時、軍医にここでその道に進んでみないかと言われた時、いつか自分に新しい道をくれた男の役に立てたらと思ったことは、この目の前の男はきっと露ほども知らないのだろうーーユエはふふん、と鼻を鳴らすと胸を張る。
「しょうがないわね、そこまで言うならついていってあげる。あたしがいる以上死ぬことはないから、ほんとうの捨て身であたしを守って魔物をさっさとやっつけなさい」
「まかせてくれ」
真摯に頷いたグレイグに、ユエは胸の底が少し、温かくなった。