まほうつかいとしろのきし

 それからというもの、ユエは瞬く間に魔法の才を伸ばしていった。軍医の老人の教えがいいのかユエの才能か、数か月の間に癒し手として彼女を知らないものは城で一人もいなくなっていた。はつらつとした元来の性格が慣れてくるにつれて顔を出して、彼女を聖女のようにあがめる兵士はいなくなったものの、行列が減らないあたりを見ると元来のよく笑い愛嬌のある彼女もウケたらしい。軍医室はどこか和やかな雰囲気が流れるようになった。

 「おーい!グレイグー!」

 見回りのために城下町に出ていればふと、ユエの声が聞こえてきてグレイグはあたりを見回すーー城へと続く階段に、紙袋を抱えたユエがこちらに向かって手を振っていた。ユエはそのまま紙袋を抱え直すとそのまま駆け下りてきた。共に巡回していた部下がはらはらとその様子を見守る。ユエは軽々と階段を駆け下りると、そのままグレイグの元へ寄る。
 話に捕まると長いのは目に見えている。グレイグは兵士に先に行くよう目で促すと、ユエの抱えていた紙袋を持ってやる。薬草や包帯の入ったその紙袋はユエのいつもまとう匂いと同じだった。

 「おいユエ、皆の前では一応、」
 「わかった、ごめんってば」
 「・・足はもういいのか?」
 「かんっぺき!見て!」
 「わかったわかった、もう跳ねるな」
 
 ぴょいぴょいと跳ねる頭を押さえる。あれから時間は一月ほど経っていた。ユエの力と人柄をいたく気に入ったらしい軍医の元でユエはその助手として城で暮らしている。最近の魔物が活発化してきたことで怪我人が増えてきている中、ユエはその即戦力として期待されていた。当の本人にはそういった自覚はないだろうが。

 「ねえ、グレイグ、お昼は食べた?」
 「いや、まだだ」
 「城下町にね、美味しいパン屋ができたらしいの。いこ!」
 「わかったわかった」

 ぐいぐいと手を引くユエにグレイグは思わず頬を緩めた。その時だった。

 「おい待てっ!」

 鋭い怒号と共に深くフードを被った少年がばっと裏路地からユエの前に飛び出してきた。

 「うわっ」

 ぶつかりそうなところ寸前でグレイグはユエを自分の腕ごと引き寄せる。ユエが引き戻されるその刹那、すれ違った少年のフードが外れるーー視界に飛び込んだのは、淡い青。

 「件の賊か」
 「は? 賊?」
 「ユエ、ここにいろ」
 「ちょっと、グレイグ、」

 グレイグは入っていた包帯だけを取り出して紙袋を返すとユエをその場に残してその背中を追いかける。そしてその勢いのまま体当たりをした。自分より何回りも小さい体はちいさなうめき声と共に地面に倒れこむ。その背中に乗り上げると、腕を後ろ手に回してユエの買った包帯で縛り上げた。

 「グレイグ!」

 ユエは息を弾ませて少年を追いかけていただろう兵士と共にグレイグに駆け寄った。グレイグはユエを手で制す。

 「お前は離れて居ろ」
 「う、うん」
 「これが例の盗賊か」
 「そうだ」

 兵士が返事をする前に、別の声が飛んでくる。見知ったその声にグレイグは声の方へ向いたーー声の主、ホメロスは眉根を寄せてこちらへ歩いてくる。

 「・・お手柄じゃないか。何故ここにいるのかは分からないがお前は運もいいらしい」
 「いや、たいしたことではない」

 二人のやり取りを中間で聞いていたユエは「それたぶん褒めてない・・」と思わずつぶやく。その声に、ホメロスはユエの存在に気付いたのかユエを一瞥した。目があったユエは縮こまるとぱっとグレイグによって後ろへ隠れた。

 「それが例の女か」
 「あ、ああ。そうだ。こいつがユエだよ」
 「・・はじめまして」

 二人の間に流れる微妙な雰囲気に気付かないままグレイグはそれで、と話の矛先を地べたに転がる盗賊に移す。盗賊は観念したのか諦めたようにしぶしぶ兵士に起こされている。

 「これが例の」
 「そうだ。ただオーブはなかった。今より王に判断を仰いでくる」
 「そうか」
 「それと」

 ホメロスはグレイグを盾にするようにしているユエを見据えた。

 「王がお前に話があるそうだ。恐らく最近の活躍を見て、正式に城で雇うといった旨だろうから後でこい」
 「・・どうも」

 ぶっきらぼうなユエをたしなめようとするよりも先に、ホメロスは鼻で笑って城へと歩みを進めるのが早かった。

 「ユエ、お前はもう少し態度をだな・・」
 「・・グレイグはあの人と仲悪いの?」
 「まさか。ホメロスとは付き合いの長い親友だ」
 「そうは見えなかったけど」

 何故、と問うよりもはやくユエがさっさと歩き出してしまったのでグレイグは慌ててそれを追いかけた。
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