ガキンチョには分からないだろう。
夜の歌舞伎町で神楽がしていることは、単なるパトロールだ。
銀時を探しているわけではない。

――だって、銀ちゃんが帰ってきた時に、銀ちゃんが好きだった歌舞伎町のままで迎えたいアル。

主が消えた“万事屋”の看板を未だ掲げているのも、銀時が帰ってきた時に居場所が無くなっていては困るからだ。

だから。
私は、銀ちゃんを探したりしないヨ。

必ず帰ってくると信じてるから。

ただ、待つだけだ。

「美しいねェ」

ハッ、と。
神楽はその気配に気づくのに、僅かに遅れた。

この、声……。
この気配!

まさか―――!

「その無二無三な直心。まるで坂道を転がり落ちるかのようにひたすらで、倦むこともなければ、憐れで、実に耽美な話じゃねェか」

夜道に浮かぶ蝶の群れ。
神楽はそれが誰であるかを認識した。

「なァ、そうだろう?夜の兎」

「―――高杉!!」

男の口が三日月を描いた。





「こんな時間にどこほっつき歩いてやがった、総悟」

ゆっくりと顔を上げた先にいたのは、自分の大嫌いな上司である土方十四郎だった。

「……土方さん」

屯所の門柱にもたれ掛かかり、静かに紫煙を燻らせている。
煙を吐くその行為が溜息のようにも思えた。

「てめぇももう立派な大人だ。どこで何をしてたかなんぞいちいち聞いてやる義理はないが……敢えて言うぞ。どこで、――何をしていた?」
「………」

これだからこの人は嫌いなんだ。
妙なところで勘が良い。
普段はとんでもなく鈍いクセに――。

沖田は無言のまま、視線を横へと滑らせた。

「別に、」

何でもありやせん。
そう否定しようとした時、被せるように土方が言葉を発した。

「近頃、歌舞伎町できな臭い動きがある。過激派攘夷浪士……高杉晋助に関わる案件だ」
「!」

高杉晋助。
動乱の世を経て、束の間の平和が訪れたこの世界に再び混沌を齎そうとしている男の名だ。
真選組に身を置く以上、嫌でも聞く名前。

「随分と長い間、鳴りを潜めていやがったが、ついに動きを見せた。万事屋のあの野郎が消えてからだ。些かタイミングが良すぎる」
「……」
「分かるな、総悟。万事屋は攘夷浪士と少なからず繋がりがある。今回の事にも関わってるかもしれねェ。お前が気にかけているあの娘も嫌疑対象だ。あまり、深入りするなよ」

沖田の肩に乗せられた土方の手が、やけに重たく感じられた。

「分かってやすよ、そんなこと」

そうだ。
そんなこと、とっくに分かっている。

万事屋の面々は悪にでも正義にでもなり得る。
政府の犬である自分たちとは、根底から相容れない存在―――。

神楽、と沖田は心の中で呟いた。
普段は憎まれ口しか叩けない天邪鬼な己では、滅多に口に出せない愛しい名。

ちくしょう。
そうだよ、好きになってたんだよ。

いつからなんて分からない。
旦那が行方を晦ましたことで自覚した恋心は、同時に酷く険しい道を示していた。

胸が苦しい。
この手をいとも簡単にすり抜けてゆく神楽が憎い。
どうして俺を見てくれない。
こんなにもお前を欲しているというのに。

なんでお前の瞳は、いつだって旦那の姿しか映さねェんだ。

万事屋の旦那が、今は恨めしい。

「……否定しねェんだな」

ぽつりと呟かれた土方の言葉に、沖田は敢えて返事をしなかった。


「ったく、めんどくせーことになった」

自室へと戻る沖田の背中を見守っていた土方は、沖田の姿が見えなくなると同時に大きな溜息をつく。

予想外だ、とは言わない。
前々からチャイナ娘に対し、総悟は過剰なほど構いたがっていた。
喧嘩腰で始められる二人の会話に、初めは犬猿の仲とはこういうものかと頭を抱えていたが、本当に嫌っているのならわざわざ話し掛けたりしないだろう。
総悟はそういうやつだ。

旧知の間柄にあるからこそ、土方は沖田が何を思っているのか、手に取るように分かってしまう。

「色気もへったくれもねェあんなガキに、熱を上げる理由も分かんねェが……」

―――確かにあれだけ元気の有り余っていた子供が、急に大人の顔をしていたら、気にもなるか。

土方は思い返す。
あの、凍てつくような蒼い瞳を。
自分たちをその瞳に映しながら、一切自分たちを見ていないあの娘の姿を。

「ったく、最近のガキはませてていけねェ」

いっそのこと泣いて叫んで、縋ってくりゃ、可愛げもあるのにな……。

『だって銀ちゃん――』

俺を、あの野郎と間違えるくらいに、お前の心は限界なんだろう?



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