銀ちゃんが消えてからの、習慣だった。

「じゃあ、神楽ちゃん。僕はもう帰るけど……何かあったら、いつでも連絡してくれていいからね?」

新八が申し訳なさそうに我が家に帰った後、私は夜の歌舞伎町へと繰り出す。

昼とはまた違った賑わいを見せるその街は、朝と夜とで顔を使い分けていた。

「歌舞伎町の女王、神楽様の登場アル」

誰にともなくぼそりと呟いた言葉は、空中に紛れて消えた。

夜特有のひんやりした空気が鼻腔をくすぐり、神楽は思わず腕を摩る。

その刹那。

「そんな薄着で出歩くバカは、お前くらいなモンだろーなァ」
「……何でここにいるネ、サド」

橋の欄干にもたれるようにして佇んでいるのは、いつもの見慣れた制服ではない、私服姿の沖田であった。

昼間といい、今といい。
何アルか、このエンカウント率。

神楽は条件反射で眉間に皺を作っていた。

「昼間、私の前に現れるなって言ったダロ。その済ましたお雛様みたいな顔、蜂の巣にしてやろうカ」
「確かに言ってやしたねィ、“税金泥棒”って。制服を脱いだ俺は、ただの沖田総悟でさァ。だから今は、関係ねェや」
「フン。男がグダグダ抜かしてんじゃねーヨ。つまんない屁理屈アルな。これだからお子様は……」
「チャイナ」

徐に、沖田が神楽を呼んだ。

いつもであれば罵声の一つや二つ、平気で浴びせてくるクセに、何故だか今宵は違う。
二人の間に流れる妙な空気。
神楽は訝しむ。

「テメェはいつまで旦那の影を追ってんでィ。いい加減諦めて見切りをつけることを俺は勧めるね。二度と旦那がお前のもとに帰ってくることはない……本当は、テメェも分かってんだろィ?」
「お前に何が分かるアル」

神楽は常に肌身離さず持ち歩いている番傘の先端を、沖田に向けた。

この傘は神楽の武器でもある。
先端が銃口になっており、その気になれば目の前の生意気な男だって容易く撃ち殺せる。

けれど。
神楽は人を虐げることが好きではない。
人殺しは虚しいだけだ。

銀時に出会って、ようやく化け物みたいな自分が好きになれた。
バカみたいに有り余る力が、人を護る力になった。

だから、これは単なる脅しだ。
神楽が発砲することはない。

もう人を傷つけないと、銀時に誓ったのだから。

「ムキになってやがるのが、一番の証拠じゃねーか。図星だった、そうだろィ。帰らないやつをいつまで待っていたって、時間の無駄でしかねェ。頭ン中整理できたなら、これからは夜中に一人で出歩くんじゃねーやい」

今度はポリ公として、テメェを未成年の深夜徘徊で補導しやすぜ、と付け加えられた。

沖田が神楽に会ったのは、偶然ではない。
待ち伏せていたのだ。

一ヶ月ほど前、神楽が夜中に歌舞伎町をあてもなくふらつき回っていたことを知った。
それが毎晩であることを知った。
いるはずのない旦那を、街で探しているのだと知った。

そして。
何故だか放っておけない自分がいることに、気がついた。

「この一ヶ月間、オメェの自由にさせてきやしたが……そろそろ現実を理解してもらわなきゃな。旦那は、お前を捨てたんでィ、神楽」

沖田は冷めた目で神楽を見ていた。

―――こいつに断ち切らせないといけねェものは、二つある。

旦那への未練と。
もう一つ、旦那への恋慕だ。

直接聞いたわけではないから真偽は定かではないが、神楽が誰よりも旦那を慕っていたのは周知の事実であるし、父親のように思っていようとも、そこに少なからず異性としての情も存在するのだろう。

沖田はそれが許せなかった。

随分と狭量な己だとは思う。
最も信頼していた人物が行方を眩ませ、傷ついてる彼女を目の前にして「現実を受け止めろ」だなんて。

自分の性分は確かにSに付随するが、飴と鞭の使い分けくらいはお手の物であるはずだった。
弱った女に優しくし、自分に従順になるよう調教する。
まさしくSの極み。

なのにどうして、こいつ相手にはそれができないのか。

傷つけるだけ傷つけて。
俺の心は満たされないのに、口が勝手に動いてしまう。

「いっぺん黙るヨロシ」

故に、神楽が真っ向から反論してきたのは予想外だった。

「お子様は口数が多くて、言ってることもめちゃくちゃで困るネ。私が夜中に出歩いてるのは、別に銀ちゃんを探すためじゃないアル。勝手に決めつけんなヨ」
「……」
「それに言ったアル。お前に何が分かる?って。お前は未来が見えるわけじゃねーダロ」

揺るぎない、蒼い瞳。
こいつを見ていると、時々、自分が何をしたいのか分からなくなる。

今度は沖田が眉を顰める番だった。

「それは、つまり……」
「お子様はお家に帰ってママの腕の中で寝る時間アル。くだらないことを言うくらいなら、その口でママのお乳でもしゃぶってるといいネ」
「おい!チャイナ!」
「アバヨ、ガキンチョ」
「待ちやがれ!!」

沖田が伸ばした手を、するりと抜け。
神楽は持ち前の身体能力を生かし、暗闇に去っていった。

空を掴んだ沖田は地団駄を踏む。

「オメェの方がガキだろィ……」

何故、この手で彼女を捕まえられないのか。


旦那が消えたあの日。
俺は本人から言伝を預かった。

「うちの神楽ちゃんをよろしく」と。

旦那が戻ってくることは、おそらく、二度とない。



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