別に寂しいわけじゃないネ。
いつもは通らないような迂回路を進みながら、神楽は物思いに耽る。
地肌にまとわりつくようなねっとりとした風が気持ち悪い。
「銀ちゃんが私たちに内緒で何かをしようとするのは、今に始まったことじゃないアル。だからどうして、っていうのは言わないヨ」
だって、そんなの愚問アル。
日差しよけの番傘をくるりと回す。
「銀ちゃんがどうするかは銀ちゃんの勝手。私に止める権限はない――」
「じゃあ、どうして毎晩、寝る間も惜しんでぶらぶらと外をほっつき回ってるんでィ」
視界いっぱいにある地面に誰かの影が映った。
わざわざ顔を上げなくても分かる。
この声は、憎き天敵・真選組一番隊隊長の沖田総悟だ。
嫌なヤツに出会っちまったアル。
神楽は相手の顔に唾を吐きたい衝動に駆られた。
「随分とでっけぇ独り言だ。どんなエセチャイナの変質者かと思ってワッパをかけに来てみれば、テメェだったなんてねィ」
「この歌舞伎町の女王・神楽様に向かってなんてこと言うネ。いっぺん死んでみるヨロシ。つーか死ね」
「笑わせんなやい。どこに女がいるんでィ」
「目の前にいるだろうがァ!とびきりの美少女が!」
「目の前?とびきりの雌ゴリラなら見えまさァ」
「テメェェェェ!!やっぱ死ね!!」
神楽は怒り心頭に発し、沖田に掴みかかる。
しかし沖田の飄々とした表情が崩れることはなかった。
「おーい、テメェら何やってんだ」
沖田の頬を引きちぎる勢いで摘んでいた神楽は、このまま原型を留めなくなってしまえばいいのに、という気持ちを必死に押し込め、「だって」と言葉を紡ぐ。
「だって銀ちゃん!このサド野郎が―――!」
あ、と。
その台詞にハッとしたのは、つい“あの人”の名前を口にしてしまった神楽だけではない。
公務中であるにも関わらず子供にちょっかいをかけに行った部下を止めるため、声を掛けた真選組副長の土方。
それに、先程まで得意げな表情で鼻で笑っていた沖田さえも、目を見開いていた。
「チャイナ娘、テメェまだあの野郎のこと……」
あいつが消えてから、どれだけの月日が流れたと思ってる。
そう暗に告げる土方を、神楽はキッと睨んだ。
「うっさいアル!紛らわしいことするんじゃねーヨ、マヨネーズ!カロリーは忘れた頃にやって来るんだからナ!」
「ンだと!?マヨネーズ馬鹿にすんなよ、マヨネーズ凄いんだからな!カレーにも合っちゃうんだからな!」
「死ねクソ土方」
「総悟ォォォ!?何でこのタイミングで俺の悪口ィィ!?」
土方の視線が沖田に移ったところで、神楽はさっさと踵を返した。
「……二度と私の前に現れるなヨ、税金泥棒」
横顔が、妙に大人びて見えた。
華奢な背中が人混みに紛れ、見えなくなったところで不意に沖田が口を開く。
「これだから土方は」
「あン?喧嘩売ってんのかテメェ」
「空気が読めねェ野郎だって言ってんでさァ。流石は土方さんでィ、死んでください土方さん」
「やっぱ喧嘩売ってんだろ」
自分より年下で、組織の中の地位も違うのに、容赦なく悪口を言ってくる部下とのこうしたやり取りは、もはや日常茶飯事である。
こんなことでいちいち目くじらを立てていては、キリがない。
額に浮かぶ青筋を、土方は気にしないようにした。
「空気が読めねぇたぁ、どういうことだ」
それよりも気になることがあったからだ。
「そのまんまの意味でィ」
「まさか二人きりの時間を邪魔したから――とか言うんじゃねぇだろーな。お前いつからロリコンになった?」
「そういうことじゃありやせんよ」
てっきり、また悪口を言われるかと思ったのに、至って真面目に否定の言葉を述べた部下に土方は少しだけ面食らう。
「……らしくねぇな、お前」
どうにも調子が狂う。
最近のこいつといい、―――チャイナ娘といい。
「……土方さん、知ってやすか」
「何を」
「チャイナのやつ、万事屋の旦那が消えたことを仕方ないと受け入れてる風な口振りですけど、毎日夜になると歌舞伎町一帯をふらついてるんでさァ」
「あ?何の、ために」
聞かなくても分かる。
それはおそらく、“あの野郎”を探すため。
なんて。
なんて。
「健気なんですかねェ」