時は幕末。
宇宙から地球を侵略しにやって来た天人によって幕府は傀儡政権化し、それまで時代を彩っていた侍は退化の一途を辿ることになった。
まさに、動乱の世―――
「白夜叉」として世間に畏れられ、名を知らしめた一人の男がいた。
廃刀令によって刀を失いすっかり覇気を無くした侍たちが多くいる中で、己が意志を貫き、最後まで侍魂を忘れなかった数少ない男だ。
坂田銀時。
彼は、平和になった世で、ある日忽然と姿を消した。
「神楽ちゃん」
“万事屋”と書かれた看板が掲げられている民家の二階。
志村新八は静かに玄関の戸を開け、窓辺に佇む少女の背中に声をかける。
「神楽ちゃん」
二度目の呼び掛けにも返事はなかった。
普段であればいくら影が薄かろうが無視されたことに多少なり憤りを感じてしまう自分だが、今回ばかりはそうもいかない。
今日は……否、今日も。
“彼”のいない日々は、何度朝と晩が過ぎようとも、僕らにとって“日常”ではないのだ。
“あの人”が消えてから、彼女はずっとこの調子だった。
窓から外の景色を俯瞰しながら、何時間も微動だにしないのだ。
―――多分、待ってるんだろうな。
僕らの恩人を。
“銀さん”を。
彼女はずっと、この町を見渡しながら、銀さんが帰ってくるのを待っている。
お天道様が辺りを照らす合間、少なくとも新八が知っている限りではあの場から動くことはない。
あれだけ食欲旺盛だった彼女が食事にも一切手をつけず、だ。
「神楽ちゃん、聞こえてたら返事くらいはしてほしいな」
新八はもう一度呼びかけた。
すると、
「うっさいネ、この駄メガネ」
神楽が口を開いた。
「空気読むアル。尾根から顔を覗かせる朝陽と窓辺の美少女、芸術的に美しい組み合わせだってメガネでも分かるダロ。黙って見てるが正解ヨ。だからお前はいつまで経っても童貞アル。ザ・ウンチもがっかりな駄メガネぶりネ」
「いや、ザ・ウンチって何だよ。ダ・ヴィンチって言いたいの?てゆーか童貞関係ないから。童貞バカにすんなよコノヤロー!」
「うるさいアル」
多少辛辣な物言いではあったが、なんとか返事が返ってきたことに新八は満足した。
神楽の顔はいかにも迷惑そうで、寂しげな表情も消えていたためだ。
「神楽ちゃん、気持ちは分かるけどいつまでも窓辺にいたら体に毒だよ。ただでさえ朝は冷えるんだから」
「……フン。それ何アピールアルか。俺はお前のこと分かってるぜ☆アピールアルか。童貞が少女漫画のヒーロー気取りもいいとこネ」
「だから童貞関係ないよね!?」
いつも通り、いや、いつも以上に毒舌っぷりを発揮する神楽に対し、先程までの自分の心配は何だったのかと新八は口元が引き攣りそうになる。
ただ、やっぱり。
目は合わせてくれないけど。
「新八」
「……何?神楽ちゃん」
「ちょっと外出てくるアル」
「!大丈夫なの?」
「気分転換ヨ。ダサいメガネと二人きりだと、肺に届く空気がクッソ不味いネ」
「……あれ。僕何かした?」
涙が出てきそうなんだけど。
あまりに酷い物言いに涙目になる新八を捨て置き、神楽は一人さっさと玄関を出ていった。
その手にお気に入りの番傘を持って―――。