再会 「こんなところに長居はよくない。さっさと出た方がいい」 その言葉にサスケは押し黙る。ここがただの料亭ではないことはとうに知っている。白波が拠点にしているのだから、表沙汰にできぬことをする連中ばかりなのだろう。そして無論、目の前の人物も。 「アンタに兄弟はいないのか」 仄かに明るい行灯の火が一瞬部屋を暗くする。サスケは相手をじっと見つめる。憂いをおびた表情がやけに艶めかしい。 「昔の話だ。今は…いない」 答えにも淀みはないように思えた。明るい調子ではないが、少なくとも悲しみは感じられなかった。 流れたままの髪を取り出した櫛で梳き始める。時折袖から見える白い腕は細く、しなやかなものだ。漆黒の髪は細糸のようで、懐かしい人を思わせる。 「ここを出る前にアンタの髪、触っていいか?」 返事はないが、梳いていた櫛をそっと置く。それを肯定と受け取り、そっと髪先に触れた。昔から兄の髪に触れることは少なかったからか、長い髪に触れる感覚が過去を蘇らせ心地よい感覚に陥る。 「綺麗だ」 いつの間にかそんな言葉が口から出ていた。初対面の者にいきなり言われても戸惑う筈だ。だが、驚いてはいたものの、穏やかな笑みを浮かべていた。 髪の香りを嗅ぐように抱きしめると身体は容易に懐におさまる。抵抗がないことを良いことに服を少しはだけさせて、細い首筋に口付けようとしてある部位に気付いて目を見開く。 忘れることのない、深く抉るように傷つけられた一本の痕。まるであの男の所有印のように深く抉られて消えずに痕が残っている。 イタチも見られていることに遅れて気づき、サスケを突き飛ばして傷を隠すように服を正した。 「アンタ……」 しかしそれ以上言葉は継げなかった。先ほど兄弟はいないと言ったのだ。それはあの男の命令か、自分を遠ざけるための兄の決死の覚悟だろう。どちらにせよサスケは胸が痛んだ。気づいてしまった関係をここで話すことはできない。 「そろそろ、戻らないと」 待たせている者が誰であるかは明白だ。今、サスケの力では止めることはできない。 何年ぶりという再会にも関わらず、自分はあの頃と変わらず無力だった。それに比べて兄は幾分かやつれたように見える。歯がゆさが心を侵す。 「昔、兄弟がいたってさっき言ったな」 イタチの襖を開ける手が止まる。だが、振り向く気配はない。それでもサスケは兄の背を見つめながら続ける。 「オレは……兄弟の繋がりを生涯切るつもりはない。これからもオレは兄を探すし、いつか必ず兄を自由にする」 おそらくイタチは喜んではいないだろう。兄を自由にするには自分が本当の自由の身にならなければいけない。手に入る確率は少なく捨てるものが大きすぎる。それでも決意を変えるつもりはない。 「兄を自由にできる可能性が……オレにはある」 道の選択肢はいくらでもある。だが自分が選ぶべき道は兄がいなくなったあの時から一本の道だけだ。 希望と置き換えてもおかしくない言葉の後、すっと襖が開かれた。 「好きにしろ」 襖を開ける一瞬振り向いた時の表情は、どこか嬉しそうに見えた。言葉は悲痛の助けを、表情は感謝を伝えているよういるようだった。 きっとイタチはあの時から自分がこうすることを望んでいたのかもしれない。サスケはぐっと拳を手の中で握りしめた。 「どこ行ってたんだ、あちこち探してたんだってばよ!」 汗だくのナルトと会ったのは料亭を離れてからしばらくのことだった。散々人に聞きまくったというのだが、まさかそんなにも時間が経っているとは思わなかった。 「それより、見つけたんだろ?」 「やっぱり……お前は鋭いな」 「お前の顔見たら事情知ってる奴は誰でもわかるって」 ニシシと笑うナルトにどこから話したものかと思案したがさっぱり思いつかない。とりあえず、と付け加えてナルトに向き直る。 「お前とはここでお別れだ」 「っておい! それは話がぶっとびすぎだろ」 「……だが、話せば長くなるぞ」 「なら、道中じっくり聞かせてもらうってばよ」 カラカラと笑うナルトに苦笑する。こいつは意地でもついてくる気でいる。おそらくそんなとこだろうとは思っていたが。 「国を巻き込むわけにはいかないからな、とりあえず――」 「あそこ行こうぜ!」 元気にナルトが指をさす方向にはそば屋の看板。料亭の料理を見た後ではどうしても安っぽいと思ってしまうが、空腹な状態では美味そうに見える。 サスケはふっと笑みをこぼした。 「悪くない」 兄と交わした約束を果たすために始まる新たな旅の出発点としてはまずまずだ。 久々の更新でやっと完結できました。昨年に終わらせる予定が……。 これまで読んでくださってありがとうございました! 今後のサスケについてはまたいずれ書くかもしれないです。(今のところ予定なし) それと前回のあとがきにも書き足しましたが白波って女性の盗人のことです。書くの忘れててごめんなさい。あと辞書引いてご存知の方お手数かけました。 2013/2/13 ←top |