13 イタチがここへ来るのはサスケが記憶喪失になってから三度目だ。今までの記憶を合わせたら何度目なのか数え切れない。 思い返す記憶の全てがどれもいい思い出というわけではない。記憶を雲とするなら暗雲のように光を覆い隠すこともあった。 既に闇に落ちた空は黒に染まっている。木々の間から見える丸い月は里を離れたあの日を彷彿とさせる。 途端に木々がざわめき、髪がなびく。一瞬の風は嵐の予兆のように嫌な雲を引き寄せる。 「綺麗な月だな」 イタチの隣に男がいる。どうやら先の風は雲よりも男を引き寄せたようだ。男の発する声はイタチの脳裏でどうしても陰の記憶を思い出してしまう。それでもイタチは見ることも答えることもしない。 「会いたかったのはお前の方だろう?嬉しいなら素直に喜べ」 イタチはゆっくりと振り返り、男と向き合う。僅かに動いただけでも酷く吐き気がする。それを表に出すことなく、悪意のこもった笑みを見つめながら、息を吐いた。 「やはり───お前だったか」 それを聞いたマダラが口元を歪ませる。何か仕掛けてくる。いち早く察知したイタチはクナイを取り出した。瞬間、マダラのクナイがぶつかり高い音を奏でる。そればかりではない。クナイに気を引いている間にマダラは蹴りつけたが、すでにイタチも守備に入っている。それ程効果なくして後ろに飛ばされたイタチは、マダラから少し距離をとる。 「フッ…流石オレの弟子といったところか」 激しく動いたせいか、悪化する一方の体調に荒い息を吐きながら膝をついた。だが屈することのない鋭い眼光はマダラを睨みつけたままである。 マダラにはその眼すらも愛おしい。不思議とイタチは同族であり同じ兄という立場でありながらも、自分とはかけ離れた場所にいるかのような崇高さを思わせる。 「何故…こんなことを…お前には何の利益もないだろう」 「お前が絶望する顔が見たかったからだ」 イタチの目が大きく見開いた。そうだ、その表情だ。マダラは笑みを浮かべながら咳き込むイタチにゆっくりと歩み寄る。 首を掴まれギリギリと宙に持ち上げられる。衰弱しきったイタチを殺すなど造作もないことだ。息をつく余裕も抗う力もない中、薄れる意識を必死に保とうと足掻く姿に顔を歪めた。 「どうした?呆れて声も出ないのか?」 何か言いたげに口を開こうとするも、上手く声にならないらしく、何度も口を動かすだけ。苦悶のの表情でこちらを睨む眼が一瞬で同族の証の色に変わる。イタチにはこの色がよく似合う。今のイタチには目の前の男が笑みを浮かべる意味を考える余裕もない。 「記憶など泡のようなものだ。すぐに消えていき、消えたことも忘れる。実に儚いものだ。人の命と同様にな」 マダラが首から手を離すと、重力のまま地に倒れ込む。酸素を急いて取り込もうとして呼吸が乱れ、すぐに咳き込む。酷い咳を何度かした後には口元から鮮血が流れた。これまで幾度となく鮮血は見てきたが、イタチの持つ赤はどれよりも美しく思える。自分と同じ一族の証をもっと見たいと倒れるイタチを力任せに踏みつける。 イタチは声にならない呻き声を上げて血を吐いた。最早体力は限界に近い。それは互いに知っていることだ。 「そんな記憶のためでもお前は己の命を削るのか」 声こそ卑下した冷たいものであったが、ぼんやりと薄れていく視界に映るマダラの表情は慨嘆を含んでいる。マダラの頬へと手を伸ばす。予想外にも冷たくないその温かさに驚きつつも、どこか確信していたことだった。 「お前が、そんな顏する…なんてな…不吉なことが起きそうだな…」 詰まりながら紡がれる言葉は先刻の言葉とは比べものにならないくらい弱々しい。傷つけた本人さえ、無常を悟れずにはいられない。 「お前自身はいいのか」 「それは…お前が、よく、知っている…ことだろう…?」 イタチがふっと笑みを洩らす。その笑みに少なからず動揺したのは、弟が最期に洩らした笑みと重なったからだ。それだけで答えは出たも同然だ。 「…そうかよ」 『兄さんの記憶の中で生き続けられたらそれだけで幸せだ』 どこかから響く声を聞きながら、空を見上げて病院の方角を目指した。 次→ お待たせイタチましたー!! 今回が燃え盛るもの何もなしのクライマックスだったので、次でラストです。 長かった…!(まだ終わってない) ようやくサスケ出てきます。 2012/9/11←top |