夜半 「ただいま」 サスケが門の戸を開いて家に入る。いつもの所作であるが、何か違和感を覚える。それがどこからくるものかは分からない。 ただの見当違いか。サスケは気にせず中に入った。 「お帰り、サスケ」 ふわりと立って笑って迎えたのは兄のイタチであった。今日は朝から姿を見ていなかったので、サスケは嬉しくてすぐに飛びついた。 「ただいま!兄さん」 「今日は楽しかったか?」 「うん!」 二人は縁側に座る。庭の柳が風でゆらゆらと揺れる。まるで兄の髪のようだとサスケは思ったが、イタチの髪色は緑ではない。少し残念そうに口を尖らせる。 「兄さん、オレいつか兄さんのようになれるかなぁ?」 サスケがいつも言う台詞である。兄は用心棒をしている。用心棒は武士の本懐とよく父が言っていた。いつも違う人を護衛しているイタチだが、どれも位が高かった。 そっと頭を撫でる優しい手つき。サスケはすぐにそれが隣に居る兄の手であるものと分かった。 「限られたものだけじゃない。お前には可能性がある」 帰宅時に感じた違和感を感じ、イタチの表情を窺う。少し悲哀の情に見えるのはきっと目を伏せているからだろう。そう考えていればすぐにイタチの表情はいつもと同じものになる。 「お前ならオレを越えることなんて容易いだろうな」 サスケは笑うしかできなかった。 その冗談か定かでない言葉よりもその前の言葉とイタチの表情が頭にひっかかった。 その晩、奇妙なことがたて続けに起こった。奇妙といってもサスケが違和感を覚えることばかりで、奇怪なことは何一つ起こっていない。例えばいつも言う言葉が違ったり、口数が少なかったり、早く寝ることを強要されたり。 一体どうしたことかと布団の中で考える。眠くもないのに床についたって、どうせ寝ることなどできっこない。しかしまだ幼いサスケは少しの睡魔で夢心地の状態で、両親や兄が覗いた時には既に夢の中であった。 フガクやミコトらが見守る中、ゆっくりと輿が下ろされる。 その輿と向かい合うように、整った鬣(たてがみ)やすらっとした足はとても上等な馬が立つ。高価な鞍からひらりと降り立ったイタチは輿の前で頭を垂れた。 「待っていたぞ」 輿からゆっくりと立ち上がったのは杖をついた老人の男。老いているとはいえ、時折見せる瞳は何を考えているのか分からない怪しい光を湛えている。 僅かに開いた目を頭を垂れるイタチに向ける。何を思ったかは当然分からず、ただイタチや周囲の皆は次の言葉を待つだけである。 「事がこうもすんなりと動いたのはお前のお陰だ、感謝している」 「勿体なきお言葉です…ダンゾウ様」 イタチの言葉にフガクは歯を噛んだ。こんな奴にイタチが頭を下げることに対しては勿論、こいつにイタチをやることがかなり不愉快だ。だが今更無力さを嘆いても仕方がない。 だからこうするしかなかった。例え悪魔に身を委ねてもいい。そう思ってしまったからこそなる結果だ。無論イタチは一切知らない。 「来い。ワシに侍るのだ」 言い終わるか終わらないかの時に一瞬鋭い風が吹いた。研がれたての刃のように鋭い風は、ダンゾウの従者たちの首を次々に掻き切っていった。 「これは一体…?」 バタバタと倒れていくダンゾウの従者たちに困惑しながら目を向ける。そんなイタチの近くをあの鋭い風が通ったかと思うと、目の前のダンゾウが横たわっていた。 「…イタチ」 後ろにはフガクやミコトたちが立っている。優しく投げ掛けられた自分の名を呼ぶ声とは裏腹に、そこに黒い情を表に出した一族がいた。 「父上…母上…」 イタチがゆっくりと振り返ると同時に行われた動作。それは紛れもなく先程の鋭い風だった。振り返った時には既に冷たく横たわる体だけであった。 次→ ダンゾウは仕様です(何だ仕様って) そういえば時代劇にも忍って出てくるから人並み外れた技くらいあってもいいよね!っていう 寛大なる心でご一読なされよ。 2011/10/10 ←top |