世界の天秤


Un arco irisのゆうき様から相互記念に頂いたマダイタSS
※無断転載禁止




小さな切っ掛けで世界は変わる。
例えば、歩き慣れた道でさえも、そこを通る気分が違えば違って見えてしまう。
その切っ掛けは、まるで世界が己へと投げかける疑問のようだ。
まるで水面に広がる波紋のように、広がる疑問は、人の世界を変容させていく。
変容する世界の中で、何を選ぶのか。
それは、自分次第であった。何を受けとめようとも、何を投げかけられようとも、その選択は常に自分の手に委ねられているのだ。

幾日も降り続いた雨が終わった。
久方ぶりに見る空の青さに、人々はどこか嬉しそうだ。路地に点々と残る雨の名残でさえも、物ともしない活力に満ちた姿は、まるで透き通った青の中に浮かぶ太陽のようである。
しかし、活き活きとした世界とは対照的に、どこか物憂げな顔をした少年が居た。それは、まるで世界という輪の中から、一人だけ取り残されているようであった。
自分でも理解しているのか、少年はその賑わう雑踏に溶け込もうとはしない。寧ろ、意識してその輪を避けるように、ただ人気の薄い方へと歩いて行く。何かに誘われるように歩く足取りは、重い。
それは、処刑台に昇る罪人のようでもあった。

人を避けるようにして、歩いて行くと、次第に道が細く荒くなっていく。人の住みやすいように整えられた空間など一握りで、そこを出てしまえば広がるのは、生い茂る緑だ。
人々のざわめきが遠ざかると、世界は一転して、自然が織り成す生命の息吹に満ちた。駆ける風に、梢が揺れて、小鳥たちが空へと歌う。
それは、懸命に生きようとする生命が奏でる音楽だ。

しかし、無垢なまでの生命の音色ですら、彼の心を慰めることはない。
頬を撫でる風に、溶けて消えてしまうような小さな溜息を吐いて、少年は雨の名残でぬかるんだ地面を踏みしめる。微かに沈みこむ足の裏で感じる泥に、眉を顰めた。
生い茂る木に遮られて、日の光は、緩く差し込むだけだ。なかなか乾かない大地は、まるでじくじくと膿んだ傷にも似ている。
ぬかるみに足を取られないようにしながら歩く少年の顔は、次第に俯いていく。
単に状態のよくない足下に気を配ってるようにも思えたし、あるいは、何か思い悩む風でもあった。
それでも、歩みだけ止まることはない。
のろのろと大地を踏みしめる姿は、何かを確かめているようでもある。

ややして、生い茂る緑が作り出す陰影とは別の影が、彼の行く手を遮るように、現れた。
途端、これまで満ちていた命のさざめきが遠くなった気がした。
この気配を、少年は知っている。ぬかるんだ土を踏む足に、力が籠もった。それは、彼にとって、何よりも望みながらも、何よりも疎ましいもの。

「何をしている、イタチ……」

低く落ち着いた声が、やけに鮮明に響いた。
その声に、イタチと呼ばれた少年は、ゆるゆると顔を持ち上げる。そこには、まるで巫山戯ているとしか思えない仮面を付けた男がいた。
いつも唐突に現れる男は、敵であり、師であり、同胞である。
男の姿を視界に捉えると、先まで人を拒むように物憂げだった表情に、どこか縋るような心許なさが滲んだ。

「……マダラさん」

その名を口にすれば、男―マダラは、それに応えるように仮面の奥で不敵に目を眇める。

「……いよいよ、と言ったところか」

イタチの重々しい空気と裏腹に、マダラは愉快そうに口を開いた。
イタチの重々しい空気と裏腹に、マダラは愉快そうに口を開いた。仮面の下にある顔は、楽しげに歪んでいるのだろう。彼の存在を直にを垣間見ることのできるのは、その瞳だけであるから、それは飽くまで推測でしかない。
だが、イタチは知っていた。
マダラが、その時を待ち望んでいたことを。
男の気紛れな猫のような、獰猛な虎のよう深緋の瞳には、いつも世界への暗い感情が揺れている。
それは、ただの一度たりとも迷いを見せたことはない。
迷いのない射るような緋色に、迷いを内包するイタチの体が震えるように小さく揺れた。

「どうした?」

微かな隙も、マダラは見逃さない。問い掛ける声は、まるで無慈悲な刃の如く冴えている。それは、イタチの微かな躊躇いをも断罪するかのようだ。
何事もなく応えることなどできるはずがない。
手に掛けるのは、全くの他人などではないのだ。血を同じくする友であり、仲間であり、家族だ。
無論、それは、すでに幾度となく確認してきた事実であり、イタチ自身理解していた。
だが、その時が近づけば近づくほどに、心はじりじりと焼け付くような焦燥に駆られ、それ以外の道を示すことの出来ない自身の無力さに痛んだ。
何故、こうも迷いなくあれるのか。
言葉と同様、射るような冷たさを持つ視線。
そうあるべきなのに、あれない自身が歯がゆくて、イタチは唇を噛んだ。

「迷いは決意を曇らせ、躊躇いは刄を鈍らせる……一瞬の隙が、取り返しのつかない事態を招く。お前も理解しているはずだ」

淡々と告げられるそれは、心を深く抉る。
彼は識っていた。その無慈悲なまでの強さこそが、己の望みを成し得る手段であるということを。
彼は知っていた。下手な慰めではなく、鋭い刄のように真実を切り取る言葉こそが、イタチを導くことを。

「お前が迷い躊躇ったとて、お前以外の誰かが必ず“うちはの血統”を粛清する……それは変わらない。お前は、言ったな。望みがある、と。お前の本当に守りたいものはなんだ?一族か?自分自身か?それとも……」

そこで一旦言葉を切ると、マダラはイタチとの距離を詰める。ぬかるんだ地面が、ぐちゃりと音を立てる。それは、まるで何かを踏みにじるようだ。
光さえも満足に届かない場所で、じくじくと膿み続ける心が悲鳴を上げる。
耐えきれず、瞳を逸らそうとしたところで、首筋にひやりとした感触が伝わった。
研ぎ澄まされたクナイ。
宛がわれた鈍い光を放つ凶器に、脈が大きく波打つ。

「お前が綺麗な自分を守りたいというならば、オレが終わらせてやる。お前とお前が愛した全てを」

空気の振動が、肌に触れる冷たい刄が、マダラの本気を伝える。
押しつけられた刃が引かれれば、溢れ出る赤がやがて命を終焉へと導くだろう。
死。それは、甘い毒。
この身が負う柵も、責任も、投げ出せる唯一だ。
しかし、それを選ぶことができない己をイタチは知っている。
これは、譲れないものを守るための選択だ。

「もう一度、聞く。お前の望みは何だ?」

押しつけられたクナイが、薄く皮膚を裂いた。ぴりと走る痛みと、滲む血の臭いが、イタチの意志をより明瞭にしていく。
終焉をもたらしたい訳ではない。
マダラの望みは、世界の終焉であるが、イタチの望みは違う。
自身が背負うものを、他者の手に委ねることなど、できるはずもない。それは、イタチが背負うべき宿命であり、咎だ。
そして、その果てにあるのは、終焉ではない。未来への希望なのだ。
イタチは、一度祈るように目を閉じる。

(この手を血に染めることで守れるものがあるのならば……)

選ぶ道は、ただ一つだけ。

「オレが…オレの手で終わらせます……。貴方の望まない未来を作るために。オレの望みは―――」

漆黒の双眸には、揺るぎない決意が満ちていた。


*  *  *

木の上に立って、遠くに浮かぶかがり火を見る。ぼんやりと浮かぶ世界は、すでに遠い場所だ。
もしかすると、二度と戻ることの叶わない場所を目に焼き付けるように、ただイタチはじっと眼を凝らした。

「後悔しているのか」

寄り添うように立つ影が、静寂を破った。

「いえ……オレは、あの日、選びました。己の全てを捨てた死ではなく、己の全てを負い生きることを……」

イタチはそこで言葉を切ると、視線を傍らに立つマダラに据えた。

「貴方こそ、オレを殺さなかったことを後悔しているのではないですか?」

イタチの問いかけに、マダラは、さぁな、と吐息で笑うだけだ。明確な応えなど期待していなかったイタチは、その漆黒の双眸を再び里へと向けてしまう。
生まれてから十数年の時を過ごした場所だ。好きで捨てたわけではない。叶うことならば、そこに骨を埋めたかった。
名残は尽きそうにない。
イタチは、感傷を振り切るように瞳を閉じた。

「そろそろ行くぞ。お前の覚悟を見せてみろ…」

マダラの声は、淡々としていたが、どこか諭すように優しい。
すっと開かれたイタチの瞳は、ただ静謐な光が満ちている。選び取った道をただ見据える眼に、迷いはない。
それを満足したように眺めると、マダラは、くるりと踵を返し、木の間を駆けていく。その後に続くようにして闇を駆けるイタチは、愛した場所を振り返ることはなかった。


Fin





















私の「師弟なマダイタ」というリクで書いて下さったマダイタ小説です。
私が思う師弟の「ミステリアス」な雰囲気が出ていて何度読んでも興奮します!!
ゆうき様のこの儚くも幻想的な書き方がすごく好きで毎度惚れ惚れしております♪
ゆうき様、珠玉の小説をありがとうございました!これからもこんな奴ですが、よろしくお願いしますm(__)m






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