Story | ナノ
03-02
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「……っ、」

 あの日の恐怖が脳裏を過ぎった。
…どうしようもなく怖い。

振り返ろうか悩んでいると後ろから獣の唸り声が聞こえた。

「…!」
相手の足音の質が変わる。
咄嗟に振り向くと、なんともえげつない獣の姿。

 …こんな所で死ぬ訳にはいかないッ…!

走ってこちらに向かって来るのを確認し、楓花も踵を返して走り出した。
画材鞄から何か自分を守れるもの…刃物を探そうと試みた。

「…これでもない…、これでも……ぁ、」

 ドサッ、と激しく地面に転がった楓花を見た被検動物はぴたりと止まり、遂に捕らえた獲物を値踏みするように見ている。

「…い、たぁ…」

泣きそうになりながらも手に取った物を相手に向け、相手を思いっきり睨んでみせた。
「……っ、」

「…〜〜…」
「…私は死ぬ訳にはいかない…。
 まだ…」

 そう、まだ…

「死ぬ訳には…」

 震えた唇で、己に言い聞かせるように言い聞かす。

死ぬ訳には、死ぬ訳にはいかないのだ。

……まだやくそくが…――

「…?」

 約束…?
何の事だろう。

ふと、意識を覚醒させた楓花。
しかし刹那、相手は目の前に飛び掛かって来ていた。

「いやッ!!」
驚いて咄嗟に刃物を振り払う。
目の端に大振りのパレットナイフがちらついた…。
「…!?」

 パレットナイフの殺傷能力なんて高が知れている。
無意識に不安が過ぎったが、無駄に払ったナイフが運良く被検動物の左目の眼窩に入り、眼球を抉ったのだ。

「ギィルルルルゥ…〜…」

「…ぅ、………ああぁああああぁぁぁぁッ!!!!」

 被検動物の悲鳴と楓花の悲鳴が重なる。

光景への恐怖ではない。
下半身からの激しい痛みのせいだ。

「ぃ…ぃ、やぁ…」

ぱくぱくと口が何も声を出せず唯動いている。
声を出したくても出ない。
声の振動すら痛みを助長させていたのだ。

 怯えた視線で下を見る。
恐る恐る捕らえた視線の先に留めもない紅を見た。

太腿…右腿の付け根付近からから膝付近まで切り裂かれた皮と肉。
信じられない程血が流れていて傷口は見えない。
獣の鍵爪がぐいぐいと手前に、皮を引きちぎる感覚…。

気絶するんじゃないか、て思うほどの痛みが視覚からも触覚からも感じられた。
まるで拷問の様だ。

「あああぁぁあ!!嫌だ!それ以上は…死んじゃう…!!」

 殺される位なら…!
パレットナイフをぐりぐりと、眼窩を割り開く様に左に動かす。
鼻の骨が割れる音…えげつない物が更に見るに堪えられない姿になっていった。

「…っひ…ッ!」

 余りにも非道く恐怖を抱く姿。
けれど相手の力は衰えなくて…
そのままの体制で暫く押し問答していると段々脚に感覚が無くなっていった。
…唯冷たい。それだけしか感じなくなってきて不意に涙が溢れた。

こんな呆気なく終わらせてしまうのか、自分…。

脚の冷たさが徐々に広がってきて、これが全身に回って来てしまったら、なんて呆気なく絶望視する自分の無力さに悔しさが込み上げるのだ。
自分すら守れない…。

「………やだ…死にたくない…。」

でも力がないのでは…。
「でも生きたい…」

 無力なのに?て自分が問い掛けてきたと思ったら不意に視線が真っ暗になった。
…でも意識ははっきりしている。
感覚もある。気絶…夢ではないだろう。

ぐるぐると思考を巡らせていると耳元に擽るような短い笑い声が聞こえた。
何だか分からない…。

「…!」
笑い声の直後、パレットナイフを握る血液塗れの楓花の手に血液以外の温かさが乗った。
それは確かに楓花の手を優しく、宥めるように包んでいた。

「…辛いだろう、もう良いよ。
 後は俺がやってあげる。」

 真っ暗な世界で誰かが言った。
聞いたことのない、柔らかな男の子の声。
そっと身を委ねて、柔らかい雰囲気に包まれて恐怖が和らいでいく。

「…だから怖がらないで。ほら、それから手を離して。」
「……でも」

 何で自分は涙声なんだとか気にしてられなかった。
気が付けば嗚咽で彼の細かい声が聞こえない。

そんな中、血肉が潰された音が響いた…。



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