刑部は滅多に寝顔を人に見せない。
見せないのだが・・・・・・
「珍しいこともあるもんだ」
半分いびりも入った刑部の呼び出しに答えてここ大坂城にやってきたのが昼過ぎ。
そこから三成に見つかって追いまわされて、繰り出される剣先を何とかかわして、へとへとになった頃にやっと諦めてくれた三成から解放されて、見かねた女中たちが夕餉を用意してくれて・・・・気がついたらとっくに日は暮れてしまっていた。
そこからやっと当初の目的である刑部の元へとやって来たのだが。
てっきり嫌味な言葉の一つ二つ浴びせられるだろうと思っていたのに、障子を開けて一番に目に飛び込んできたのは襖に持たれて寝息を立てる刑部の姿だった。
床にはなにやら色々と書き込まれた書類がいくつも散らばっていた。
「・・・・また無茶してんだろうな」
そっと刑部に近づいてみる。
僅かに聞こえる寝息のおかげで生きているのは分かるが、ぴくりとも動かない体に不安になってくる。
そもそも小生にここまで隙を見せるなんて、結構疲れてんじゃないのか?
これだけ近づいても気配に敏感な筈の刑部が目を覚まさない。
拭いきれない不安に堪らなくなってそっと包帯で覆われた胸元に耳を押しあててみた。
「あ」
温かい・・・鼓動が聞こえる。
人の胸に耳を押し付けるなんてそうそうすることもないせいか、初めて感じる感覚に戸惑った。
何というか、凄く落ち着く。
これがあの刑部の鼓動かと思うと余計変な気がした。
「お前さんもちゃんとした人間だったんだな・・・」
「当たり前であろ、主は我が人外生物にでも見えるのか」
「っ!?ぎょ・・・!!」
ぽつりと零した独り言に思ってもみなかった返事が聞こえて思わず上を見上げれば刑部がきっちりと目を開け見下ろしてきた。
それに焦って体を離そうとするとすかさず背に腕を回されおさえられる。
「は、離せ!」
「のう暗、主には我が何に見える?」
再度の問いに抵抗も忘れ刑部の顔を見つめる。
「え・・っと、少なくともまともな人間には見えないぞ」
「酷いことを言ってくれる・・・我ほど善良な人間もいないであろうに」
小生の言葉にスッと目を細めて笑う刑部に背筋が凍る思いがした。
取りあえず一端距離をおかなくては。
思い出したかのように再び刑部の胸を押し返す腕に力を入れ直す。
しかしその細い体のどこにそれほどの力があるというのか、ビクとも動かない。
「なんっで・・・小生の方が力がある筈なのに・・・」
少しばかりショックを受けて呆然としていると、そんな小生をみやった刑部から少しばかり溜息をつかれた。
「主は・・・ほんに成長のない男よな・・・」
「なっ!!これでも誰かさんのせいで坑道で毎日鍛えているんだがな!!」
「力の話ではないわ」
阿呆めが・・・そう空耳が聞こえてきそうなほどに見下された目をされた。
それが悔しくて押し黙る。
大体なんで小生がいっつもこんな目に会わなきゃならんのだ。
日頃から溜まりに溜まっていた不満だとかなんやかんやが相まって泣きそうになってくる。
ちょっと前まで目の前の男の鼓動に包まれて温かい気分になっていたというのに。
と言うかそもそも何で小生はよりによって刑部の胸に耳を押しあてたりしたんだろうか。
少し前の自分の行動力に感嘆するような後悔するような、複雑な感情が湧きあがってくる。
一人で悶々と悩んでいると刑部が再び、今度ははっきり聞こえる程大きな溜息をついた。
と、同時にあっさりと腕から解放される。
「つまらぬな・・・主がのろまなせいでもうこんな時刻ではないか・・・我は今日はもう疲れた。床につく故主もさがれ」
シッシッと犬でも追い払うかの様に手を振られる。
目も合わさない刑部に何だか違和感を感じた。
「刑部?」
「何だ」
「お前さん、人間だよな?」
「・・・・主の目がそこまで節穴だったとは驚きよな」
呆れたように言うその声ですら何だか儚さを感じる。
なんとなく、本当になんとなくなんだが、刑部が傷付いているような、悲しんでいるような、そんなありもしない気がして目の前の体に手を伸ばした。
枷をしたままの腕では抱きしめてやるなんてできないけど、少なくとも覆ってやることはできる。
さっき小生が不覚ながらも感じてしまったあの温かい鼓動で。
小生が枷をされた腕で刑部の頭を抱き込むようにして引き寄せると、流石の刑部も驚いた様子だったが抵抗はされなかった。
「・・・・暗、主の頭はどうなっておる?」
「え?頭の問題!?」
普通こういう状況って照れるとか怒るとか、も、もしくはお、落ち着くとか・・・・
最後の方は自分の感想だった為か何だか無性に恥ずかしい気になったが、兎に角いくら人外っぽい刑部でも自身で人間だというのなら、今の状況に何らかの反応があったって良い筈だ。
そうだよな!
「なぁ刑部、それよりもどうだ?」
「・・・・主語が抜けておるぞ」
「いや、だからさ、その、今の感想というか、状況というか・・・鼓動聞こえてるか?」
最後の方はごにょごにょと小さい声になってしまったが、間近にいある刑部にはちゃんと聞こえたらしい。
はっきりとした声で返事を返された。
「主の鎧で聞こえぬ」
「あ・・・・」
暫く落ちる沈黙。
えっと・・・この場合小生はどうすればいいんだ?
鎧を脱ぐか?
でも何か今更それって恥ずかしくないか?
というかこんな大の男が目の前で鎧脱いで半裸の体に耳を押し当てる刑部とか想像しただけで・・・うわ〜・・・居た堪れないな・・・
じゃあいっそ早く離れた方がいいんじゃ・・・これってただの拘束になってないか?あれ?
う〜だとかあ〜だとか唸っている小生を暫く黙って見つめていた刑部だったが、小生が未だに答えを出せないでいるのを見て取ると、スッと小生の腕から抜け出し、そのまま真下にあった小生の膝へ頭を落とした。
「痛いっ・・・!?え、あれ、ぎょーぶ?;;」
「我は疲れた、寝る故膝を貸せ。いくら花瓶よりも役に立たぬ主でもそれくらいできよう?」
「え、それはできるけど・・・ってお前さんなぁ!その花瓶よりって言うのをいい加減に・・・!!」
文句を言い終わるよりも先にすぅすぅと安らかな寝息が聞こえてきた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
やっぱりちゃんと人間だったんだな。
変なことに感心しながら瞼を閉じてしまった刑部を観察する。
こいつは人の気配が近くにあるのが嫌な性質だと思っていたんだがなぁ・・・・
三成なら兎も角、よくもまぁ小生の膝枕なんぞで眠れる。
寝首をかかれるとか思わないんだろうか。
そこまで信頼されている気はしないが、仮に今小生が刑部の首を取らないまでも、鍵を探すとか部屋を荒らすとかしたとしてもこいつは起きない気がする。
それは・・・・・何だかあまりよくない想像だな・・・やめよう。
膝から伝わる体温に不思議な気持ちになる。
温かい、生きている人の体温だ。
まるで心に愛情が注ぎ込まれるような・・・・
そこまで考えてハッとした。
小生は今何を!?
よりにもよって刑部に愛情!?小生が!?
母性愛?父性愛?にしてもぞっとしないな。
だけど、時折酷く不器用で、押せば簡単に折れてしまいそうなこいつが堪らなく心配になることがある。
仮にそれがどんな感情だったとしても、とうてい愛に恵まれているようには思えない刑部に温かいモノを知って貰いたいと思う・・・こともある。
例えば空を悠々と進んでいく雲を見る時だとか、野に咲く花を見る時だとか、そういった時にふと心に宿るもの。
温かい、およそ愛情と呼ぶには小さすぎる感情。
だがそんな簡単な感情でも良いんだ。
それは酷く人間らしいから。
眼下に横たわる刑部の頬にそっと手を添える。
ザラリとした包帯の感触。
全身に及ぶそれに同情はしない。
だが、
「一体お前さんは今までどれだけの・・・・・・・温かみを感じたこと、あるか?」
口をついて出た言葉は最後まで告げられることなく、結局途中から違う質問になってしまった。
それでも構わないだろう。
どうせ目の前の人物には聞こえていないのだろうから。
これは小生の自己満だ。
決して涙を流すことない、もしかしたら悲しいという感情すら知らないかもしれないこの男への一方的な感情。
ただ、せめて知ってほしいんだ。
身を凍らせるような冷たさばかりではないんだと。
穴蔵にいてなお星を見つめる小生のように、どんな場所にいたってきっと見ようとすれば、感じようとすれば感じられるものがあることを。
その内の一つを、小生がお前さんに与えられれば良いなんて馬鹿みたいなことを思っている。
今の小生にできることなんてお前さんの可愛くない悪戯に付き合わされて軽口たたいて、膝を貸してやるくらいだが。
「いっそ歌でも歌ってやろうか・・・愛の謳とかどうだ?暖かそうだろ?」
ククッと笑いながら独り言を続けていると、いきなり下から溜息が聞こえてきた。
「主はほんに恥ずかしい奴よな・・・我のほうが耐えれそうもないわ」
「ゲッ!!刑部!!!いつから起きてた!?」
「主の固い膝なんぞですぐに寝つける者の方がおらぬわ」
それはつまり・・・最初からってことですか?
そう認識した途端ぶわっっとこう、諸々の恥ずかしさが込み上げてきた。
あっという間に真っ赤になった小生を見て刑部は愉快そうに笑った。
「ほぉ暗が赤面しておるわ」
「う、わ、・・お前さん性格悪いにも程があるぞ・・・」
何でよりによってこんな時にめちゃめちゃ良い顔して笑うかね。
その笑顔に若干安心してしまう小生も大概やばいんじゃないだろうか。
「主が勝手にべらべらと我の頭上で喋っておったのであろ?よくもまぁ一人であれ程言葉がでてくるものよな」
「わ―――っ!!!もう言うな!言わないでくれ!!!」
刑部の言葉に耐えきれなくなって隠すように腕で顔を覆った。
それでもまだ言葉を紡ごうとした刑部にいっそ膝上から叩き落としてやろうかと思った。
しかし続いた言葉に固まってしまう。
「子供体温か?暗はそれだけのデカイ図体をしておりながら子供みたいに暖かい」
「え・・・と」
「我にも感じることができる、主の言うぬくもりがな」
「そ、それは・・・」
良かったな、その一言は言えなかった。
刑部がにっこりとほほ笑んだからだ。
背筋を冷たい汗が落ちて行く。
「我に感じさせてくれるのであろ?これから毎日」
「え・・・ま、毎日!?は?え?えぇえええっ!?」
「煩い」
「グハッ」
刑部の言葉に思考が追い付かず、あたふたと騒いでいると若干苛立たしげになった刑部が小生の腹に一撃入れてきた。
そのあまりの痛さに身をよじって呻いていると、気持ち悪い程優しい声で刑部がささいてくる。
「我にはどうも主の言う温もりとやらが欠けておるらしいからなぁ〜それが気になってなぁ・・・このままではこれから先の生活全てに支障をきたしそうだ。おおそうだここは言いだしっぺの主が責任をとるべきだとは思わぬか?ん、思う?そうであろ?」
「いや、あの刑部・・さん・・?」
「おお、これから宜しくな黒田ぁ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
何故じゃああああああああああ!!!!!
夜が更けた大坂城で叫ぶことも叶わず(三成に聞かれると半殺しでもすまないからだ)、小生は何故こうなったとひたすら悩みながら心の内で叫び続けた。
くそっ、何が一番理解できないかって?
刑部に請われるまま温もりを分け与えることが別に不快じゃないことだ!!
絶対からかわれるか嫌味を言われるから刑部には言ってやらんがな!!
・・・・・・でも何か刑部のことだからそこまで分かってて言ってそうだな・・・
いや、気のせいだ気のせい!あれ?涙が・・・
小生がひたすら自分自身を励ましている間に、実は刑部もまんざらでもなく照れていたなんてどうして小生が分かろうか。
ただでさえ刑部は素の表情を見せない上に包帯で顔を覆っているのだ。
ああ、無理だ。分かる訳がない。
だからこの先の展開が読めなかった小生に非はない筈だ。
まさかそれから半年も経たぬ内に本当に小生が刑部に愛の謳を歌ってやる未来があるなんて・・・・・
2011/01/03
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これは相互リンクお礼によしむら様に捧げます。
リクは『谷黒で甘々』ということだったのですが、あ、甘々・・・・・?
え、散々待たせたくせしてこの完成度?
っていう感じになってしまていて本当に申し訳ありませ・・・orz
何だかこう、谷黒って大好きなんですが、どうしてもナチュラルにくっついてしまうので、書いてるこっちは常に恥ずかしさに悶えながらキーを打つことになります←
なんだこれ・・・・orz
あああああ!!!すみませんすみません;;
本当に色々と申し訳ない限りなのですが・・・と言いますかここまで遅くなってしまって、本当に申し訳ありませんでした!!
よしむら様、もしも宜しければこれ貰ってやって下さい;;
相互リンク&リクエストありがとうございました!!これからもこんな駄目管理人ですが仲良くしてやって下さると嬉しいです^^;;
………
ちくしょう…かわいい……!!なつめさま、本当にありがとうございます!
あの、ピク○ンとか言って本当に申し訳ありませんorz
でも引っこ抜かれて着いて来る官兵衛とかかんがえるとちょっと…ハッよだれが…
ありがとうございました!これからも宜しくお願いいたします!^^