夕方。
土手で、一人でぼんやりと座っている子どもを見つけた。
あめ玉にも似た瞳はどこか遠い場所を見つめていて、夕陽にきらめくそれはきれいだった。

「帰らなくてもいいのか?」

声をかけると、子どもはきょろりと瞳をこちらへ向けて、またまっすぐに戻した。野良猫に似ている。

「暗くなるし、暗くなったら寒くなるぞ。帰らなくていいのか?」

隣に腰かけて、青鹿毛のふわふわした髪を撫でてみる。嫌そうな顔をして、でも子どもは黙って前を向いていた。
風に乱れていた手触りの良いそれを直してやってから、ポケットに入っていた飴玉をひとつ、子どもの目の前にぶら下げてみる。子どもは一瞬きょとんと目を見張って、こちらを見上げてきた。

「食べて良いぞ」

言うが早いか、子どもは飴玉を引ったくるように奪って、バリバリと包装を破って赤い球体を口に突っ込んだ。
もごもごと口を動かす様子を眺めていると、背後でまだ変声期を迎えていない声で、じゃあね、またあした、と言い合う声が聞こえた。

「みんな、もう帰る時間だ。」
「……おれは、帰らなくってもいーんだよ」

かりりと飴玉を噛みながら、子どもがはじめて言葉を発した。

「何故だ?」
「とーさんもかーさんも、おれのこといらないから」

何でもないことのように言いながら、子どもは飴玉を噛み砕いた。ごりごりと咀嚼している。あめ玉のような瞳には感傷の色など微塵も見えない。

「どうしてそう思うんだ?」
「だって、ふたりともおれのこと、見てねぇんだもん。とーさんは紙ばっか見てて、かーさんは強くなったおれしか見てない」

小さな赤い舌が唇をぺろりと舐める。まだ入っていた飴玉をまた目の前にぶら下げる。間髪入れず奪い去られる。腹がへっているのか。

「要らないと思ったから、帰らないのか」
「うん。うちはとーさんがリスとトラにあったからたいへんなんだ」
「それは……いろんな意味で大変だな。」
「それに、学校でも…じゃまだよとか、いっしょの班はやだって言われてるから。ビンボーってうつるんだって。だから、このままいなくなったほうがいいから、帰んない。」

緑色の飴玉をまたがりがりと噛みながら、子どもは真っ赤に染まった川を見つめている。膝を抱えている子どもの手は、子どもにしては肉の薄すぎる、小さな手だった。袖に隠れている腕も、きっと細い。
その腕に、どれだけのものを抱え込んできたのだろうか。

「…誰かが、……」
「ん?」
「もし誰か、一人でも。お前のことを必要だと言ったら……お前は、家に帰るか?」

子どもは再びきょとんと目を見張ってこちらを見上げてきた。じいっと見つめてくる瞳は、何だか心を見透かされそうな気がするほど純粋な色をしていた。

「……おまえ、へんなやつだな。」
「……………」
「………おまえが、」

ふいと顔を俯けた子どもは、言いにくそうにうーうーと唸った。小さな耳が桃色に染まっている。

「おまえが、おれのこと、いるってゆうなら」

子どものあめ玉のような瞳が、水の膜で潤んでいる。
きっと、彼にとってはとても……勇気のいることだったろう。

「ああ、…俺には、お前が、必要だ。」

くしゃりと青鹿毛の髪を撫でると、子どもは顔を膝の間に埋めてしまった。
そのまま撫でていると、身動いだ子どもが、ズボンのポケットをまさぐり何かを取り出した。

「これ、やる」

渡されたのは、緑青のガラス玉だった。おそらく河原で見つけたのだろう、水と石で削れて、滑らかな形をしている。

「おれは、これもってるから」

反対のポケットから取り出されたのは、紅色のガラス玉だった。

「おれ、帰る、から。……また会うまで、それ、なくすなよ!」

すっくと立ち上がった子どもは、顔を見る間もなく駆け出してしまった。
手の中に残されたガラス玉を握って、草を払いながら立ち上がった。







「おかえり鬼道ちゃん。遅かったじゃん」
「ああ……ちょっと、人にあっていた」
「ふうん……何持ってんの?」
「……大事なものだ。」
「…あっそ。」
「それより」
「あ?」
「無事、帰ったようだな。」
「はあ?なにが。」
「…何でもない。飯にするぞ」
「あー、…オムライスね鬼道ちゃん」
「お前も手伝え、不動」





R . I . P .




20110112
いちまんお礼・るる子さまへ





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