六畳一間にての続き



「黒田さんなら、ジョッシュと散歩に出ていますよ」

官兵衛に会いにアパートを訪ねてみると、顔を覚えられたらしく、落ち葉を掃いていた官兵衛の隣人の立花に呼び鈴を押す前に教えられた。
立花は南の並木通りだと思いますよ、と微笑んで、落ち葉を集める作業に戻った。ありがとうございますと一礼し、走ってきた金髪の少年にぶつかりかけながら並木道へと歩き出した。

秋も深まり、並木道の広葉樹は赤に金に色を変えている。道は広く長かったが、ゆっくりと歩いていた官兵衛とジョッシュはすぐに見つかった。

「か……黒田さん。」
「ん?」

立ち止まった官兵衛が見えもしないのに振り返った。ジョッシュも振り返り、尻尾を振りながら控え目にわんと吠えた。

「おうおう、なんだ三成か。」
「え、あ…はい。」

眉を下げながら笑った官兵衛は、お前さんの来る日だったか、悪いなあと頬を掻いた。

「今日はジョッシュの散歩の日なんだ。一緒に来るか?」

首をかしげて微笑む官兵衛に頷くと、ジョッシュがまた小さく吠えた。






官兵衛に連れられて着いた場所は、紅葉に囲まれた広い丘の公園だった。丘の頂上には一本、大きな紅葉が公園を見渡している。
官兵衛はその根本に腰掛けると、ジョッシュのハーネスとリードを外した。

「ほれ、良いぞジョッシュ。お疲れさん」

ぽんと背中を叩かれたジョッシュは、元気に駆け出した。
ハーネスを横に置いて鞄からボトルの緑茶を二本、取り出した官兵衛は、今日は茶菓子はあるのかと三成に問い掛けた。今日の小さな茶会はここで開くらしい。
饅頭の入ったパックを官兵衛の膝に置くと、いつも悪いな、と言いながら代わりに緑茶を渡した。

「毎月、第二・第四日曜はジョッシュの定休日なんだ。毎日が仕事だからな、たまにゃあ休んでもらおうと思って。ずっとこんなもん着けてても息が詰まるだろう」

だから、思いきり伸びをさせてやりたくてここに来るんだ。官兵衛は見えない目でジョッシュを追うように首を巡らせた。
三成は丘を駆け回るジョッシュを見遣る。ジョッシュは時おり立ち止まって、こちらを見る。官兵衛を気にしているようだった。

「本当なら、普通にリードだけで……いや、何も着けずに一緒に歩いてやりたいもんなんだが、如何せん、なあ。こいつだけじゃあ、もう心許なくてね」

ハーネスと一緒に置いてある、白い杖を指して官兵衛は苦笑した。その杖だけでは、官兵衛の目にはなれないらしい。
ジョッシュがわんと一鳴きして帰ってきた。もういいのかと問う官兵衛の横に伏せ、膝に顎を乗せた。大きな手のひらに撫でられ、幸せそうに目を細めている。
三成は、ジョッシュには官兵衛が思うような不満はないのではと思った。不満を抱えた犬が、こんな、犬のことはよくわからない三成でさえ幸せそうだと感じさせるような表情をするわけがない。
手ずからビーフジャーキーを与えられ、ジョッシュの尻尾は千切れんばかりに振られている。ジョッシュは、今、もう既に幸せなのだと、全身で言っているようだった。官兵衛の目には、残念ながらその光は届いていないらしい。どこまで鈍感なのか。

「それと、」

三成が呆れていると、官兵衛が小さく呟いた。

「小生が、普通にジョッシュと散歩したいんだ。」

ちょっとした夢だ。微笑む官兵衛に、三成は自分の中の何かを突き動かされたような気がした。

「……やりたいなら、やればいい」
「え?」
「方法がないわけでも、ないでしょう。」

三成はショルダーバッグの中を漁った。中には雨が降ったときのために、折り畳み傘と長めのスポーツタオルが二本入っていた。その白いタオルの片方を取り出し、その端と端を結んで、輪っかにした。

「今は、私が目になります。帰り道はジョッシュのハーネスは着けずに歩きましょう」

タオルを官兵衛に握らせて、三成も同じように握る。官兵衛は困惑した様子で、でも、と不安そうにハーネスを手探りで探した。恐らく無意識の行動だろう。
しかし、それを咎めるように、ジョッシュがわんと吠え、ハーネスをくわえて官兵衛から引き離してしまった。

「あ、おい……」
「ジョッシュも、黒田さんと歩きたいんだと思います」

だから。ぐっとタオルを握り締めると、それが伝わったらしい官兵衛は、しばらく考え込んだ後、ため息を吐いた。

「お前さんにゃあ、敵わんな」




それから毎月、第二・第四日曜日、二人と一匹は並んで丘の公園へと出掛けるようになった。
茶の入った水筒と茶菓子、一匹と一人を繋ぐ革紐が一本。二人を繋ぐ白いタオルが一本。
紅葉の丘では、小さな茶会が開かれる。




20101223
百華繚乱英雄戯曲のひうら愁さまへ相互お礼へ捧げます!






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