ぬしはほんに阿呆よ

苦虫を噛み潰したような顔の官兵衛をせせら笑いながら、持ってきた梨をどさりと置く。吉継は大変愉快であった。

「馬鹿は風邪を引かぬと言う。黒田よ、ぬしは馬鹿ではなかったな。阿呆よ、アホウ」
「……遊びに来たなら帰れ、刑部」

普段より大分嗄れた声で、官兵衛は苦しそうに言い放った。枕に顔を埋めているせいで、こもって余計聞き取りづらくなっている。吉継は聞こえないふりをした。
官兵衛は季節の変わり目の寒暖の差にやられ風邪をひいていた。手枷のせいでなかなか厚着もできず、穴蔵での労働による疲れもあってか、少々拗らせている。
元々が風邪をひきやすい体質であったが、穴蔵に放り込まれてから人並み以上に体力がついたので油断していたらしい。
それを監視していた毛利から聞いたとき、吉継は三成に看病を申し出た。無論、そんな美味しい状況を逃さないために、である。吉継の官兵衛いじりは半ば趣味である。

「ほれ黒田よ、梨を剥いてやろ。何れが良い」
「…刑部、お前さん、何のつもりだ……」
「なに、気紛れよ。それとも、われの看病では不満か?」

にやにやと笑いながら、身の締まった梨をひとつ手に取り、懐刀を抜く。するすると皮を剥いていると、モゾリと動いた官兵衛が顔を横に向け、吉継を見た。

「お前さん、小生を馬鹿にしに来ただけだろう……」
「何を言う、われの優しさがわからぬか。ああ悲しい、カナシイ」

わざとらしく額に手の甲を当て、天井をあおぐ。ついでに八つに分けた梨を官兵衛の口に突っ込んだ。髪に隠れた目が吉継に不満を訴えるが、きれいに無視をして吉継もひとつ、蜜がたっぷりのそれを口に放り込んだ。

「……刑部、やっぱり帰れ。」

梨を飲み込んだ官兵衛が、嗄れた声で、しかししっかりと言った。ふたつめの梨をかじりながら、吉継はきゅうと目を細める。

「なんぞ、不満でもあるか、黒田」
「不満なら腐らせるほどあるさ。……病人のお前さんに看護させるわけにもいかんだろう」

うつっては困る、拗らせればもっと困る。三成も悲しむだろうし、怒りの矛先は迷いなく自分に向くだろう。そんなの事態はごめんだから、帰れ。
時おり咳き込みながら、官兵衛は静かに言った。吉継は瞠目した。この官兵衛だ、風邪のひとつやうつってしまえとでも思っているとばかり。
ああ。吉継は顔をてのひらで覆った。

「暗よ、ぬしはやはり馬鹿よ。死んでも治らぬ」
「あー、何とでも言えば良いさ。好きに言ってくれて構わんから、今日は帰ってくれ……頭が痛くて割れそうだ」

梨、ありがとさん。言うなり官兵衛は吉継に背を向けた。
いくらもたたないうちに聞こえてきた寝息に、吉継はそっとため息を吐いた。

梨は、黙って転がっていた。





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20101128
Thanks:クロエ






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