※現パラ
戦国の世は遠く、時は平成。平和な日本で、平和に生きる。
戦に生きる己と同一で異質な記憶を持て余しながらも、それも悪くないと思えるのは、自分が平和ボケしたためか。三成は病院に向かうために電車に揺られながらボンヤリと考えた。
手元には大福と黒板の写しが入った鞄。今日は土曜日、大谷の見舞いと決めた曜日だ。一週間分の紙束は、重い。
「刑部、入るぞ」
薄いクリーム色の引き戸を開いて、広くも狭くもない白い部屋に入る。友人はベッドの中ではなく、御輿の上でもなく、車椅子に座っていた。
「来やったか、三成。」
「調子はどうだ」
「なに、かわらぬわ。良くも悪くも」
あまり良い報告ではないが、何故だか大谷はヒヒッとさも愉快と言わんばかりに笑った。
何かあるのかと首をかしげると、見やれ、と窓の向こうを示された。
「…っ、あれは、」
「左様」
「半兵衛様、この様なところに…」
窓の向こう、中庭の大きな桜の下で、見慣れていた痩身の男がいた。
柔らかく風に揺れる銀糸はそのままに、変わったところと言えば服装と、紫の仮面が眼鏡に変わっているところだろうか。
木陰で本を読みながら、時折誰かを探すように顔を上げる。誰かを待っているのだろうか。
「一昨日、われのもとへ来てな。三成、ぬしはおるのかと」
「そうか……刑部、私は挨拶に、」
「まあ待て、マテ。もうひとり、…ほれ、来やったぞ」
窓に背を向け歩き出そうとした三成を止め、再び窓の向こうを指した。渋々向けた視線の先にいた男に、三成は瞠目した。
「官兵衛…?」
がっしりとした体躯を焦げ茶色の上着に身を包んで、相変わらず伸ばした前髪で顔を隠している男は、見違うことなくあの官兵衛だった。半兵衛と親しげに話す官兵衛の横には、黒いラブラドールが、白いハーネスを着けて、大人しく座っていた。
「ほんに、あやつは暗よな。まぬけよ。ゆくぞ、三成」
キィ、と音を立てて大谷の車椅子が動く。三成は、よく先程の光景を上手く理解できないまま、大谷を追った。
三成たちが中庭に着く頃には、二人は桜の下に腰を据えていた。大谷の車椅子を押しながら近付くと、半兵衛が顔を上げて手を振った。
「こんにちは、大谷くん。…石田くん。久し振りだね。」
ふわりと微笑を浮かべる半兵衛に、三成はお久しぶりです、と一礼した。
「黒田くん、紹介するよ。この間言っていた親戚の大谷くんと、その友人の石田くんだ。」
大谷くんには会ったことあるよね、と問いかける半兵衛に、官兵衛は小さくうなずいた。
半兵衛は座ったままの官兵衛の右手を取り、立ち上がらせた。すまんな、と微笑む官兵衛の視線を追うことはできなかった。
「黒田孝高だ。皆官兵衛と呼ぶが、お前さんの好きに呼べば良いさ。」
よろしくな、少年。半兵衛に誘導されて、右手を差し出してくる。お前さんとは左手で握手しておくかね。頭のどこかで声が聞こえた気がした。
「石田、三成です」
三成は、何も知らないふりをして、その手を握り返した。
20101124
修正