「へぇ、だから不動は半透明なのか!」

あっけらかんと、いつも通りのボケっぷりを見せたのは円堂だった。ため息と共に肩を落としたのは豪炎寺で、頭を抱えたのは鬼道だった。
一人用の病室に四人も五人も集まっては、なかなか窮屈なものだ。不動は不動の横たわっているベッドに腰かけるふりをしながら鬱陶しいやつらめと数ヵ月前に別れ清々したと思っていた面々を眺めた。
栗松、壁山、佐久間、源田。そして円堂、鬼道、豪炎寺、夕香。音無までいる。源田と音無はコンビニで買ってきたらしいタオルや飲み物を、不動の指示通りに仕舞っている。正しく言えば、音無は源田の指示に従っている。気の利くやつだ。
それにしても、この狭い病室に大所帯で、加えて壁山のお陰でなかなか圧迫感が酷い。
しかも、無抵抗なのを良いことに悪戯を仕掛けようとする佐久間をラップ音で威嚇する度に悲鳴を上げて栗松の後ろで縮こまるので、鬱陶しいことこの上ない。

「何でこんなに連れてきやがった、マジ暑苦しい」

気温の変化を感じるわけではないが人口密度の高さに辟易した不動は文句を垂れた。パシッと壁が鳴る。円堂がおお、と感心したように声を上げた。壁山は悲鳴を上げた。

「別に俺に用なんてないだろ、さっさと連れて帰れよ鬼道ちゃん。特に佐久間のバカ」
「誰がバカだ、俺は見えなくても聞こえるんだからな」
「あーハイハイ。聞こえてるんなら帰れよ」

かわいくないやつ、とねめつけてくる佐久間の視線を流しながら夕香に通訳させる。鬼道はため息を吐きながら頷いた。

「確かに、この人数でずっと居ては看護師さんの邪魔になるだろうしな…命に別状もないようだし、円堂、先に帰っていてくれ」
「鬼道はどうするんだ?」
「俺は響木監督と久遠監督が不動の親御さんと連絡を取れないか色々とあたっているらしいから、ここで連絡を待つ」

天井がはぜるような音をたてた。何て余計なことを。不動はギリリと奥歯を噛んだ。窓がカタカタと鳴る。
流石にぴりぴりとしはじめた空気を読めたらしく、円堂が帰ろうと切り出した。壁山は好機とばかりにそそくさと退室し、呆れた顔で音無と栗松も後を追った。まだ病室に居たそうな顔をしていた夕香も、豪炎寺と円堂に手を引かれて帰っていった。

残った鬼道はふうと息を吐くと、ベッドの横に据えられた椅子に腰掛け、包帯とガーゼを当てられた不動の顔を見下ろした。

「……お前の幽霊がいると聞いたとき、正直、肝が冷えた」

鬼道が呟く。ゴーグルに隠された表情は読めない。

「お前が、死んでしまったのかと思った。誰も知らないところで、ひとりで」

鬼道たちは不動が響木のもとに身を寄せていたことを知らされていなかった。不動がそうするよう頼んだからだ。
点滴のために出されていた左手をそっと握る。不動には、その手のひらの温度はわからなかった。

「お前は…いつの間にかいなくなっていたから。礼も、何も、言えないうちに。」

鬼道は不動を見下ろしたままぽつりぽつりと言葉を溢していった。ベッドに腰かける不動を見ようとはしなかった。

「不動、まだそこにいるよな」

いつの間にか苛立ちは誤魔化されて、ラップ音も窓も鳴らなくなっていた。鬼道には不動の姿は見えない。握った手を見つめる鬼道に応えるように、壁を鳴らした。

「あのときは、ありがとう。お前がいてくれたお陰で、俺は助かった。一緒にプレイできて、楽しかった。それと、」

矢継ぎ早に捲し立てた鬼道が、すう、と一つ息を吸った。

「お前がすきだ、不動。友情でも、同情でもなく、…不動が、すきだ。」

言い切った鬼道は、やはり握った手を見つめていて、それでも、形の良い耳は真っ赤に染まっていた。
呆気にとられて何も言えないままでいると、鬼道の携帯が振動した。ディスプレイを見た鬼道は響木監督、と呟いて立ち上がった。また来るから、と今度はベッドに腰かける不動を見ながら言った。マントを翻し、扉を開こうと取っ手に手をかけたところで、鬼道は振り返らずに

「答えは、目をさましたら聞かせてもらう」

と言って、逃げた。完璧な言い逃げである。
不動は熱いようなそうでもないような頬をもて余しながら、卑怯者、と呟いてみた。





20101122




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