※成長注意



久し振りじゃねぇの


一瞬、自分が声をかけられたのだと言うことに気づかなかったのは恐らく、彼の容姿が最後に見たときから大分変わってしまっていたのと、顔を隠すようにパーカーのフードを目深に被っていたせいだろう。
気づけたのは、あの頃と変わらない宝石のような、緑青の瞳がきゅうと細められたから。

「男前ンなってんじゃん、鬼道ちゃん」

唇のはしをほんの少しだけ持ち上げて微笑む不動。隣にいた友人が知り合いかと問うてくるまで、俺は不覚にも硬直してしまっていた。
昔の、チームメイトだと不動は言った。ちょっと借りるぜ。俺の手を掴んだ不動は人混みに向かって歩き出した。細くて、骨と皮ばかりの、寂しい手で、俺の手首を掴んだ。
友人たちは、笑って俺の背中を見送った。



不動が俺を連れていった先は、どこにでもあるスーパーだった。
スーパーに入ると不動は手を離し、のもうぜ、と言った。レジの前にあるアルコールのコーナーへ脇目も振らず向かう不動の顔は見えなかった。

「鬼道ちゃんは宅飲みしたことあんの?」

チューハイやらビールやらをかごに放り込みながら不動が言った。

「あるが、基本は居酒屋だ」
「居酒屋ねえ…洋風居酒屋とか、洒落たトコだろ?」

図星だった。何となく何も言えないでいると、んな窮屈なとこで呑んでちゃ酔えねえだろ、と笑われた。
つまみも適当にかごに突っ込んで、ウチで宅飲みすんぞ、と宣った不動は、財布から一万円札を一枚取り出して、レジへ向かった。



不動の部屋は狭く、何もない部屋だった。寝て起きる、その為だけだと主張しているようにも見える。一間と小さなキッチン、風呂、トイレ。それだけ。テーブルはなく、床にテレビ。小さなもので、リモコンは見当たらない。そして恐らく、万年床。
上着を脱いで放り投げた不動はどかりと布団に胡座をかいて、乾杯もなくチューハイを開けて飲み出した。

「座れば?飲めよ。」

あっという間に一缶を空けそうな勢いで飲む不動に、渋々倣って布団に胡座をかいた。
缶をあおる不動は、最後に見た―――FFIが終わったあの時に比べ大人びた印象だった。
剃り上げていた後頭部や側頭部は短く刈られた猫っ毛で覆われていて、襟足は肩までかかるほどだ。細いがしなやかに筋肉のついた体は均整がとれていて、今でもサッカーをやっているようだ。

「鬼道ちゃんさ、」

空になった缶を脇に置いて、新たに発泡酒を開ける不動。ざるなのだろうか。

「今カノジョとかいんの?」

缶に触れている唇がきゅうと笑んだ。意地の悪い笑顔だった。今はいない、と告げると、じゃあ前はいたんだ?と楽しそうに問われた。
確かに、前はいた。短いスパンで数人の女と付き合ったが、全員に同じように振られた。進んで語りたい話でもなかったので、黙ってビールをあおった。
不動はにやあと笑って、ビーフジャーキーを開けた。俺は不動と目を合わせないように、缶を空け続けた。







くしゅん


小さなくしゃみの音で目が覚めた。どうやら酔い潰れて眠ってしまったらしい。不覚だ。
体を起こすと、何かが落ちた。毛布と掛け布団だ。不動が掛けてくれたのだろうか、布団を見やった。
不動は敷布団の上で、タオルケットを体に巻き付けて、猫のように丸くなって眠っていた。先程のくしゃみは不動だったらしい。二人しかいないのだから当たり前だが。
落ちた布団を不動に掛けてやる。温もりを求めて布団のはしを抱き込む不動に、中学の頃の幼い不動が重なった。あの頃から、こうやって丸くなって眠る癖は変わらないらしい。

そういえば、不動は何のために、俺に会いに来たのだろうか。最後に会ってから八年。今まで影すら見せなかったと言うのに。
…なぜ、今ごろになって会いに来たのか?
俺はそれを知っている気がする。それと同時になにか、大切なことを忘れているような、

「…ンん……」

不動が唸ってもぞもぞと身動いだ。頭を抱いている布団に擦り寄せて、収まりの良い場所を見つけたのかまた大人しく寝息をたて始めた。唇が薄く開いて、微笑んだ。幸せそうな寝顔で、音もなく寝言を呟いた。き ど う。俺の名前だった。

―――俺が、…

眠っている不動に、また中学生の不動が重なる。
柔らかい髪を撫でてみた。少しだけ痛んでいる。懐かしいような、初めて触れたような、奇妙な感覚。

―――全部清算して、まともな人間になれたら、

八年間。八年で、俺は不動のことを忘れてしまっていた。あんなに色々あったと言うのに、どうして、

―――また、会いに来る。

「……あ…」

―――それまで、俺のことは

そうか。俺は自分と目の前で眠りこけている不動を殴り飛ばしたくなった。
器用なやつだ。しかしひどく不器用で、きっと今までもそうやって、損ばかりしてきたのではなかろうか。

―――忘れてろ。

なあ不動。声にしなければ伝わらないことだってたくさんあるんだ。
これでもし俺が忘れてしまったままでいたら、お前はきっと指をくわえて見ているだけだったんだろう。
それじゃ駄目なんだ。お前は、もっと。
もっと、俺と幸せにならなければならないんだ。




―――なあ鬼道ちゃん、催眠術って知ってるか。
あれってさ、絶対に効かねぇと思ってるやつほど効くんだと。ちょっと試してみようぜ。
大丈夫だって、危ねえことはしねぇよ。
ただ、ちょっとだけ、
忘れるだけだって。




oblivion
━━n.忘却; 忘れられること; 【法】大赦.




201020
『いとでんわ』ラクノビ様へ捧げます!





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テーマ「人外ファンタジー」
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