※犬化注意




かしゅ
ちゃか、ちゃか、
かつん

硬質なものがフローリングを引っ掻く音。ガラスに触れる音。パソコンに向けていた顔を後ろに向ける。音の原因はベランダに繋がる窓から空を見上げていた。尻尾をぴんと立てて左右に降りながら。

「なんだ、散歩か?」

問いかけると、わかっているのかいないのか音の原因は振り向いてきゃんと吠えた。飼い主とお揃いのバンダナに引っ掛かっている頭頂部の毛が揺れる。
真っ黒い瞳が真っ直ぐにこちらを見ていて、何となく違うことを察した。ではなんだろうか。かけていた眼鏡をはずして、窓に近づく。足元をくるくる回るのが鬱陶しいので腕の中に納めて、空を見上げた。

「………夕立か。騒いだら飯抜きだからな、円堂」

腕の中の犬は、きゃん、と応えた。



この犬は、正式には円堂守というなんとも立派な名前を持っている。
柴の子犬で、妙に額の毛が余っているので飼い主である円堂大介さんが自分とお揃いの小さいオレンジ色をしたバンダナをつけてやっている。たまにずり落ちて目隠し状態になってしまい慌てたりしているので面白い。
飼い主であり、俺の中学時代のサッカーの恩師である大介さんがFFI日本代表監督に選ばれ海外に遠征中なので、今は俺が預かっている。
性格は極めて明るく、とにかく元気でやんちゃで、そのわりに聞き分けはいい、物覚えの凄まじく良い頭のいい子犬……かと思いきや、言うことを聞いた先にあるごほうびが大好きな、ただの子犬である。
犬らしからぬ点を挙げるとすれば、


ゴロゴロ……
ピシャァァ……ン


雷が好きなくらいである。
重たく垂れる雷雲に覆われた空を見て、窓際で嬉しそうに丸まった尻尾を振り立てている。どんなしつけをしたらこうなるのかと一度聞いてみたら、目が開いて自分で歩くようになったときからこんな調子らしい。物好きな犬だ。


腕の中でしばらくおとなしく窓越しに雷を眺めていた円堂が、再びきゃん、と吠えた。一緒に空を眺めているとばかり思っていたのに。
どうした、と問いながら円堂の視線を追い掛ける。敷地の外から、傘を前に傾けて、何かを抱えながら走っている。

「……久遠さん?」

真下の部屋の、久遠という小学校の教員だった。どうしたというのだろうか、こんな土砂降りの中を。傘をさしてはいるが、あの傾け方では背中が濡れてしまうだろう。

「風邪をひかなければいいが」
「きゃんっ」

頷いて吠えた円堂は、腕の中でもがいて飛び降りた。ちゃかちゃかとフローリングを鳴らして、向かったのはカウンター型のキッチンだった。尻尾をぶんぶんと振り立てて、きゃわんと俺を呼んだ。ああ、差し入れを作れと。
妙に頭の良い、勘の鋭い子犬に感心しながら、空の炊飯ジャーから釜を取り出した。

「届けるまでに晴れたら、散歩に出ようか」

ぐりぐりと頭を撫でて、手を洗う。きゃん。嬉しそうに円堂が吠えた。




俺達と小さな黒猫がご対面するのは、もう数日、先の話だ。



20100916
鬼道さんは在宅のプログラマか何か




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