ざぶん、
真っ黒な海水に足を突っ込んだ。冷たい。引いていく波で足元の砂がさらわれる。追いかけてさらに海に入っていった。

「あんまり遠くまで行かないでくださいね、」

綱海さん。やわらかくてやさしい声が後ろからかかる。見失っちゃいますから。立向居はクスクス笑ってウソをついた。ウソなので無視してハーフパンツのすそが濡れるまで足を進めた。ざぶざぶ、
夜の海が怖いと言う立向居は、俺の後ろ、つまり浜で俺のボードを持って座り込んでいる。俺はさらに沖に向かって進む。
腹の辺りまで海につかったところで、また綱海さん、と呼ばれた。近いところで。
ビックリして振り返ると、すぐ後ろに立向居がいた。俺のボードは立向居の靴と砂の上に置かれていて、立向居はジャージのズボンを脱がずに入ってきたらしい。

「夏が終わっちゃいますね。」

青い、晴れた日の青空みたいな目が俺を見上げた。ね、と目を細めて、立向居は海を指差した。海のなかには月が浮いていた。
知ってますか、クラゲって海の月って書くんだそうですよ。波間にゆらゆらしてる月は確かにクラゲみたいだった。綺麗ですね、立向居は微笑んだけど、俺は空気に邪魔をされて離ればなれの二つの月がかわいそうだなあと思った。

「夏が終わったら、」

立向居の濡れた手のひらが、俺のほっぺたをそっとなでた。

「綱海さんて、死んじゃいそうですよね」

立向居の目はまっすぐ俺を見ていた。かなしいとか、さびしいとか、こわいとか、そんなふうには見えなかったからたぶん、立向居はただそう思っただけなんだろう。かなり失礼なことを言われているような気もしたけど、別にムカついたりはしなかった。
夏が終わったら。秋が来て、空気は冷たくなって海は荒れて、冬になったら沖縄だって海になんか入れやしない。雪は降らなくても、海は冷たく俺を拒否する。
夏が終わったら俺は海の温もりと一緒にしんでしまうのか。
それは困るなと言うと、立向居も困りましたね、と言った。もっと綱海さんと一緒にいたいのに。立向居は眉毛をへんにゃりと八の字にした。
しんでしまうなら、夏が終わる前に色々とやっとかないともったいない。そう言うと、綱海さんらしいですねと立向居が笑った。これもやっとかないといけないなあ。立向居をいっぱい笑顔にしなきゃ。

波に乗って、サッカーやって、美味いもんいっぱい食べて、立向居といちゃいちゃして、それから。

やりたいことはいっぱいある。だけど夏が終わる前に、最期にいっこだけ、これだけはやっとかないとな。立向居。

「どうかしましたか?綱海さん、」

好きだぜ、



ぱしゃん。








20100829





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