青い鳥を手に入れる努力は並大抵のことじゃない | ナノ

  ヒミツのナイショの不思議な話【××××】


 
 ある日、俺は猫だった。
 願望なのか何なのかよく分からない。
 猫であることが俺にとってプラスになることなんかあるんだろうか。
 
 
 目を開けて見上げた場所はどんよりとした曇り空。
 小さく声を上げるとナニカに持ち上げられた。
 不思議と理解できないぼやけた造形が嫌いではないから大人しくしていた。
 風が強く雲間から光が射さない。
 感覚的に雨が降るのだと理解して俺は鳴いた。
 自分を抱き上げている腕を急かせば理解したのか走り出す。
 風の唸り声は獣の咆哮。
 襲い掛かってくるのが何であるのか俺は知っている。
 
 そして、俺は屋根のある場所に連れて行かれた。
 知らないのに知っている場所に不思議になる。
 俺を抱き上げた人間以外にもう一人、濡れた姿でやって来た。
 人間ふたりは微笑みあって俺を連れて何処かへ進む。
 嫌な予感はしない。
 むしろ何だか心が躍る。
 人間たちは服を脱いで扉を開ける。
 俺は小さな囲いの中に入れられた。
 センメンキだと言っていた。
 あたたかいお湯の中で足をつけて泳ぐ。
 楽しいとお湯を前足で乱していると視線を感じる。
 見上げれば人間がふたりが俺を見ながら話をしていた。
 聞こえるけれど会話に加わる必要のない俺は無言でいた。
 鳴く必要はない。尻尾を揺らせばそれで伝わる。
 分からないなら少しだけ爪を立ててやればいい。
 
「名前は無難にケントだナァ」
「トータもかわいいと思う」
「オレが居ねーじゃん」
「お前がいてどうするんだ」
「ケチっ」
 
 一人は拗ねて、一人は笑ってる。
 羨ましい光景に俺は鳴く。
 混ぜろと尻尾を揺らして訴える。
 
「うわぁ、ソラそっくり」
「ってことは俺とソラはそっくりだったのか」
「あ、……じゃあ、アニキはオレと仲良くして―ってこと? かわいー」
「なに言ってんだか」
 
 分かるような分からないような言葉に俺が不機嫌になっていると「ケント」と呼ばれた。
 手を伸ばされたのでこちらも前足を出す。
 
「ほら、ケントで反応した」
「……あ〜、いいよ、もう。ケントな。お前の名前はケントだからな」
「さーて、あのダンナはこれにどんな反応を示すのかナァ」
「アイツが育てたAIだぞ」
「どーせ、ンな自覚ないんだろォ」
 
 ふたりの人間はおでこをくっつけ合せて笑いあっている。
 あぁ、知っている。覚えてる。
 
 どうして?
 なんで?
 
 俺は何?
 
 聞きたいのに言葉はない。
 鳴き声だけでは伝わらなくて歯痒い。
 
「ケント、鳴くな」
「さすがアニキ淋しがり」
「うるさい、バカ」
「……それにしてもなんで子猫にしたんだァ? 戦闘力落ちるじゃネエーか」
「戦闘させようとするな」
「アニキが基盤なんだからこれ以上にない殺戮機械になンぜェ」
「失礼なこと言うなッ」
 
 怒ったというよりは焦った一人は先に出て行った。
 残った一人は「かわいい弟の頼みをお兄ちゃんは聞いてくれるよナァ」と言ってきた。
 意味が分からなかったが湧き上がる衝動のままに俺は肯定の返事を返した。
 
 俺の水気をとってから人間は自分を拭いて服を着た。
 猫なんだから身体を振って水を飛ばすべきだと考えてブルブル震えてみる。
 人間はそれを見て笑った。
 不快じゃないのはあたたかい眼差しに見えるからだろうか。
 
「ネ、お兄ちゃん……弟のお願い聞いてくれるよネェー?」
 
 どうにも逆らえない圧力がある。
 俺は猫なのに人間の弟がいるんだろうか。
 
「ま、簡単な話だァ……アニキの敵は皆殺し。それだけ刻み込めよォ」
 
 弟を名乗る人間は楽しそうに笑う。
 片耳にイヤホンをつけて俺を自分の胸ポケットに入れた。
 
 イヤホンがなんであるのか俺は知っている。
 弟がイヤホンをつける理由も知っている。
 
「オマエが何処までアニキをダウンロード出来てるのか知らネエけど……アニキを拗ねたままにさせてンだからァ……一発食らわせるべきだろォよ」
 
 何を言ってるのか分からない。
 イヤホンの端子が接続される先、それは俺の首筋だ。
 さっきまでなかったはずの穴。
 耳の後ろをくすぐられて現れたイヤホンジャック。
 
「アニキはさァ、一緒にオマエを作り上げるのを楽しみにしてたんだってよォ。でも、気が多いって言うかダンナは多才だからナァ。触手作りに精を出してるからアニキは放置プレイってわけ」

 それは違うと思ったけれど何だかよく分からない。
 イヤホンについたマイクから聞こえてくる声が命令として刻まれる。
 
「木佐木冬空と繭崎堅太の会話を全部録音していろ。容量が足りないなら――」
 
 分からないのに分かる言葉。
 プログラムされている人格の向こう側。
 システムに刻まれている約束を呼び起こす。
 
『永遠の礎のための努力の結晶体』
『永遠に不完全な存在』
『未熟な魂の模倣』
『愛された日々の形』
『幸せという名の妄想』
『猫は自分であるという連想』
『永遠を成立させるための媒体』
 
 つまり俺は足跡なんだ。
 
 弟が俺を兄だというのなら俺は繭崎堅太である。
 繭崎堅太が俺を自分を木佐木冬空が成長させた人工知能だというのならその通り。
 木佐木冬空が俺を繭崎堅太が作った繭崎堅太の分身だと思うのなら異論はない。
 機械に心がないのなら俺には何もないはずだ。
 けれど、俺には心があるらしい。
 
 弟が俺のことを心配して盗み聞きをしたがるのをかわいいと思えるぐらいに心がある。
 繭崎堅太の人格をコピーして記憶も保持して木佐木冬空が毎日会話をすることによって作り上げたのがケントと呼ばれることになった俺の中身。
 小型化された機械の頭脳。
 これは機械工学、ロボット工学、そんなものではない。
 
『青い鳥が飛び立って、努力が虚しく感じた時にそれでも生きていくための約束』
 
 魔法、魔術、呪い。あるいは祝福。
 なんだっていい。
 俺が存在している理由は問題じゃない。
 オーバーテクノロジーだなんてどうでもいい。
 
 事実、俺はココに居る。 
 
「基本的に外部に信号を出すと察知される可能性があるから俺が周波数を合わせた時だけ、……信号を出すから、それでこっちに音声を送ってくれ、ナ?」
 
 盗聴器にはいろいろな種類があってスイッチを入れた時だけ盗聴できるものがある。
 スイッチを入れなければ沈黙を貫くから発見されることはない。
 
 ケントと名付けられた俺の前身にあたるソラは電源のスイッチがある盗聴器をつけられていた。
 それを繭崎堅太は知っていた。
 繭崎堅太が知っていることを繭崎賢治は知っていた。
 知らなかったのは木佐木冬空だけだ。
 
 その理由は繭崎堅太、俺の人格の基盤を作ったオリジナルからするとこれ以上になく簡単。
 
 弟に聞かれて困ることなど何もないからだ。
 
 人を傷つけないようにプログラムされているのを書き換える弟はあまり良い子じゃないが兄想いではある。
 
「アニキのピンチに巨大化しろとか言わねえーからさァ、何かあったら連絡くれよォ?」
 
 科学の粋を集めて宝石いくつ分かもわからないほどの資金を使って作り上げた俺をケータイ電話あるいは防犯ブザー扱いするのはきっとこの弟だけなんだろう。
 
「釣鐘さんが噛んでるから……オマエが壊れることはないんだ。だから、アニキの味方でいろよ。アニキ自身なんだから」
 
 別々の身体の時点であるいは人格がコピーである時点で繭崎堅太とは言えないのかもしれないが弟がこうして兄だと言うのだから俺は兄なんだろう。
 
 イヤホンが俺の首から抜かれる。

 俺は小さく鳴く。
 
 俺が兄ならお前は弟なんだからお前に何かあったら俺も手助けしてやるよ。
 それはオリジナルである繭崎堅太だって常に思ってることなんだから。
 
 

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