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  家族で過ごすゴールデンウィーク【繭崎堅太】



 ゴールデンウイークは弟の望み通りに家でまったりすることになった。
 誘われているので外でとあとも待ち合わせして遊ぶが正直、気が重い。
 初めてのデート的なことは楽しみではあるが暗雲が立ち込めている。
 
 

 弟は楽しそうにとあが作ったソラを撫でる。
 宝石というか指輪をハメていないので目を閉じて笑っているような顔をしている。
 こんなかわいい姿に怯えるとあは少し天然ボケだ。
 自分で作ったのにどうして疑心暗鬼に陥ってしまったんだろう。
 
「人間ってわからないにゃー」
 
 病院から帰ってきたその日の朝にとあが起きてくるまで「にゃんにゃんにゃにゃー」と歌っていた、ただそれだけのことで何故かとあはおかしくなった。
 それでも別にいいかと放置した上に追加で悪戯を仕掛けた俺が言えることじゃないが生徒会長の部屋の特殊性をもっと知っておくべきだろう。
 部屋の住人であるとあが浴室の鏡の向こうに部屋があることを知らないなんて不思議だ。
 俺は去年から気づいていたのにあの反応だと一年以上住んでいてもとあはまだ気づいていない。
 窓のない部屋は埃っぽく何があるのかと思えばいくつかの日記。
 最初は少し怖かったのだが日記の中身を読んで合点がいった。
 歴代の生徒会長の恋人が自分の身の回りのことや恋人である生徒会長のことを書いていた。
 
 酷く暴力的な会長がいれば、優しすぎてお互いを傷つける会長もいた。
 浴室の鏡の奥の小部屋は生徒会長に部屋の中に閉じ込められた際に外へつながる逃げ道であり、一時的に身を隠すための場所でもある。
 間取りから察する会長もいれば、とあのように興味がないせいでずっと気づかない会長もいる。
 ただ高確率で生徒会長の恋人は浴室の向こうの存在に気が付く。
 浴室で鏡をジッと見つめることが多いからかもしれない。
 去年にとあの浮気の写真を見た時に俺は浴室で鏡を見ていた。
 風呂場からすぐに出ることは何だか難しくて、部屋から出たら玄関を気にしてしまうのが目に見えて湯船につかる気にもなれずに浴室の椅子に座って鏡を見ていた。
 寒さのない管理されたはずの風呂場なのに鏡を見ていると不思議な気持ちになる。
 普通とは違う鏡だと直感が働いたのかは知らないが鏡を叩くと奥に空洞がある軽い音がした。
 そして発見した隠し部屋。いつか何かをしたいとは思っていたけれど、こうまで上手くいくとは思わなかった。
 鏡自体を取り換えて鏡の裏側からちょっとした仕掛けを施した。鏡の取り換え自体はとあが入院している時の話。とあの身の回りのものを取りに部屋に入った時に弟に浴室の話をしたら卒業までに使うことがあるだろうからと鏡の交換をアドバイスされた。きっとこの鏡を交換する際に鯨井が寝室に忍び込んだのだろう。
 雨音は鏡について何も言わないでいてくれたが分かっているはずだ。一学期までしかいられないのなら、俺はもう少し雨音といる時間を作るべきだろう。
 とあとは長い付き合いになるんだから、いいんじゃないかな。
 そんなことを思ってへこんでいるとあを放置しているのはもちろん秘密だ。
 
「ダンナはEDだっていって悩んでたけどォ」
「とあはアレで繊細だからスイッチはいるまでに気を散らすと何もできないんだ」
「集中すると絶倫で注意力散漫だと不能だっての?」
「たぶん昔に猫だましをよくしてたから……」
 
 気分じゃない時に押し倒された時の対処法が顔の前で手を叩くことだ。
 いつでも目を閉じて暫くしてから瞬きを繰り返す。
 その仕草は亡きソラを思わせるのだが目を開けたとあは茫然自失。
 キスしたり頭を撫でていると大体そのまま終わる。
 誤魔化されている自覚がないのか頭に疑問符が浮かんでいる顔は数分前の野獣とは思えないものだった。
 
「ヘタレなのかと思ったけどただのバカかァ」
「興味のないことは一切考え込まないだけだろ」
「バカとは違うって? でも、アニキにバカって言われたいってアホみたいな作文が来たぜェ」
「なんで、お前らそんなに仲がいいんだ」
 
 玖波那にそれとなく言われたがとあと弟はどうにも怪しい。
 怪しいのは二人の関係ではなく木佐木冬空の常識だろう。
 弟はあえてソコを突っついて俺に心構えをさせようとしている。
 去年の二の舞にはしない。
 俺に関係することでとあに常識や良識を求めてはいけない。
 
「ダンナはアニキの匂いが少しでもするものに寄ってくるみてー」
「なんだ、それ」
「風紀委員長と初対面でケンカ売ったって話、知らネエの」
「……聞いたような、聞いてないような」
「人のことを殴りつけておいて『むしゃくしゃしてやった。反省はしていない』って言い放ったらしいじゃん。なのに一緒にいるのは風紀委員長が寮でアニキと同室だったからだろォ」

 言われて昔の木佐木冬空の言動を思い出す。
 人とのコミュニケーションを取らないどころじゃないのに何故か崇められていた。
 誰とも恋愛的な意味を抜いてすら付き合わないからこそ孤高の人だと思われたのかもしれない。
 だからこそ俺の肩書きが「生徒会長木佐木冬空の同室者」だったんだ。
 木佐木冬空が唯一自分から話しかける稀な存在。
 教師にすらとあは自分から話しかけない。
 生徒会長として職務を全うしているにもかかわらず、とあが行動を起こす前に周りは気を利かせる。
 過剰なへりくだりは滑稽でとあを道化にさせたい意図があるなら成功していただろう。
 本人は自分が嗤われたとしても気にしない図太さで生きているので俺が何をすることもないんだけれど。
 
「とあは中学の時なら背の高い奴が目の前に来たら蹴り飛ばしていた気がする」
「へぇ、アニキは?」
「蹴られたくなかったから身体づくりを一緒にやろうって誘った」
「世話焼いて懐かれて飼っちゃうわけだァ」

 人間に対して飼うって表現はどうかと思うが確かに俺と木佐木冬空はそんな感じの関係。
 お互いがそれを認めているから指輪じゃなくて首輪をしあうべきかもしれない。
 とあを俺は飼っているかもしれないが俺だってとあに飼われているようなものだ。
 
「で? いつまでお預けスンの?」
「さあな」
 
 たぶん俺の中の怒りというか苛立ちというか拗ねた気持ちをとあが理解するまでだろう。
 口にしたっていいんだけれど悔しいから今のところはまだ無言。

「その場その場で自分の感性に従いすぎだ」
「ナァニ、拗ねてンの〜」

 弟が頬を指で押してくる。
 鬱陶しいと手を払っていると「キスすんぞー」と片手で顎を掴まれて上向きにされた。
 
「猫のロボットを作るって……」
「ソラの?」
「これはカラクリだけど機械制御の猫のロボットを作るって」
「あぁ、ガワをダンナが、中をアニキが、ってことナァ」
 
 ソラを忘れることはないが固執しすぎて過ごすつもりはない。
 とあが居るから昔ばかり見ていられない。
 きっと俺がソラに囚われたらとあは消えてしまう。
 死ぬほど俺のことを好きだと言うとあは死んでも俺が好きだと証明しようとする。
 だから俺はとあを蔑ろにしすぎないように気を配っている。
 玖波那には脅されているようなものだと言われたが俺も俺できっと木佐木冬空を脅して、いいや脅かしている。
 すでに木佐木冬空という人間が俺を失くして形成できないと言うんだから彼の人生の一部として寄り添いあっていくしかない。それが俺にとって苦痛になるのなら離れればいい。放してくれないかもしれないけれど今のところ俺は選択権を有している。
 
「いらなくなったらちゃんと殺して戻ってくればいーよ?」
 
 不穏すぎる発言をする弟だが、物理的な意味での殺人ではないのだろう。
 昔から弟は「アニキはすぐにオレを殺すよナァ。離れられないから諦めちまえばいいのに」と言う。
 殺した覚えは特にない。ただ弟からすれば俺に殺された気分になったことがあるんだろう。
 
「アニキって性格悪くなったナァ」
「このぐらいする権利は俺にあるだろ」
「まあいいけどナァ」

 そう言いながら弟はソラを模した猫を撫でる。
 ニヤニヤ笑いはあまりかわいくないから頬っぺたを両手で引っ張ってやる。
 嫌がるどころか嬉しそうな弟は兄バカというやつで、どうしようもない。
 どちらともなくおでことおでこがくっつきあってグリグリという動きは昔にテレビで見た動物同士の挨拶。親愛表現だか何だか。俺が「アレは分かりやすくていいな」と言ってから二人っきりの時にするようになった仕草。俺たちにはそういう癖がきっといっぱいある。離れていても変わらない。
 とあに「堅太はブラコンだよな」とおぞましいことを言われたが今みたいな気分の時は素直に認めたくもなる。
 取り繕う必要もない弟といるのは楽だ。
 
「それにしても……とあがオカルトがダメとは知らなかった」
「オレでもビビるけど? ンなことされたらさー」
「嘘言え。ソラが俺たちを祟るわけないじゃないか」
「いやー、アイツはオレがアニキに抱きつくたびに邪魔してきてただろォ」
「そっか……じゃあ、今のとあと同じだな」
「アニキのいじめっ子〜」

 ダンナが出来ない分は俺がヤッてやろーかと冗談めかして抱き付いてくる巨体。いらないと返しながら何だか笑えた。普通に笑いあえるようになれたのは先程まで弟が撫でていたとあの作ったソラのおかげだ。悲しみを癒すこと、事実を受け入れること、心の空虚感の埋め方、それは遠回りでも時間をかけていくしかない。まだ俺は自分の部屋に行けない。掃除してあると言われてもクローゼットの中を見る勇気がない。弟とソラの似姿がなければ家の敷地を跨ぐこともままならなかっただろう。
 
 俺を見つめる猫の瞳を指輪の宝石に重ね合わせて微笑むのは未練ではなく、後悔でもない愛しさ。
 
 永遠に忘れることがないだろう幼い幸せの形。
 気ままな猫が俺の心を楽にしてくれていた事実を風化させたくない。
 それだけの話だ。
 大層な意味を指輪に見出しているわけじゃない。
 
「アニキは今のダンナから逃げたとしてもどーせ、悪い男に捕まるぜェ」
「俺を捕まえようと思う奴なんか木佐木冬空ぐらいしかいない」
「オレを数に数えねーの?」
「……お前は悪い男じゃないだろ」
 
 こういうことを言うからブラコン扱いされるんだろうか。
 でも、実際問題うちの弟は地味平凡な俺とは違って高価買取されるべき一品なんだから卑屈な発言は慎んでほしい。そうじゃなきゃ弟以下の俺がかわいそうだ。
 
 俺に抱きつく弟は猫が喉を鳴らすように上機嫌。
 もう少し身体が小さければ素直にかわいがれると弟にされるがままになりながら思う。
 
 そんなこんなで連休初日は静かに過ぎて行った。
 

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