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食事の時間が大幅にずれたのでサラダだけを口にして堅太と一緒に風呂に入ることになった。
俺のスズキは朝ごはんだ。堅太はパンに乗せて細くマヨネーズを絞って焼くと言っていた。それは弟様メニューなんじゃないだろうか。薄味あっさりホイル焼きが少しこってり朝の満足の一品に生まれ変わる。嫌なわけじゃないが食べ終わってから盗聴器を探せばよかった。あるいは天利祢を呼び寄せるのは食べてからにすれば良かった。きっと朝ごはんは天利祢も同席するんだろう。俺は堅太ともっとイチャイチャしたい。
猫の気配もとい生霊はいない。
二人で脱衣所でお互いを見る。
先程、天利祢に邪魔されることが前提の触れ合いだったが今は違う。
図らずとも長谷部先生のおかげで準備も出来ている。
夜のうちに製作者に会いたいとは言ったが盗聴器の発見で流れたものだとばかり思っていた。
寝室に友人がいる状態で堅太からOKが出るかは五分五分だ。
一緒に風呂に入ってくれる時点でこれはGOサインが出ているんじゃないだろうか。
優しい堅太はやらしくもある。
「……堅太、まだ試作段階らしいがこれを試さないか?」
土下座していた生徒たちと新聞部の部長の力作。
堅太も授業で彼らが作っているのを見ただろう。
そういえば堅太が作っているものを結局聞いていない。
俺は堅太に何かを作ったりするのだから堅太も何か作ってくれないだろうか。
出来るなら堅太の育成ゲームや堅太と話せるケータイアプリがいい。
どこでも堅太と一緒みたいなノリのソフトをお願いしたい。
「これは堅太だって興味があっただろう」
「……な、なんで、それ?」
「長谷部先生から教えてもらった。四月中に試作品とはいえきちんと形になったものを作り上げるのはスゴイな」
「あ、……まあ、発想はともかく物として不可能じゃないから……単純な構造だし」
技術者らしい意見なのか少し辛口に感じる堅太の言い分に俺はただ頷く。
専門分野ではないので口を挟んだりしない。
ただこれは俺の中での革命だった。
長谷部先生から見せられた写真と動画。
タコでもイカでもない生命体とも言えないナニカ。
海洋生物を模しているようだが最終的にどこまで進化を遂げるのか期待せずにはいられない。
「思い通りのものがなかなか出来ずに苦戦しているらしいから素材と資金の提供を約束したらあいつらは『陛下一生ついていきます』『陛下液体が出るようにしましょうか』『ラブローション! ラブローション!!』と盛り上がっていたぞ」
堅太は遠い目をした。
それはこのまま二年三年合同で作り上げた触手の試作品を堅太に使用していいということだろうか。
嫌なら嫌だと言うのが堅太だ。どうでもいい場合は口を閉じる。
または俺が拒絶したとしても押し通すと思っているのかもしれない。それは正しい。
なぜなら男として重大な欠陥が露見するのはあまりよろしくないし、万が一バレたとしても対応できる手段があるのとないのとでは大違いだ。
「とあはアブノーマルな趣味なんかなかっただろっ!」
「男はみんな変態だって弟様が言っていた」
少しだけグッと言葉に詰まる堅太に俺は「そんなに気に入らないのか」と聞けば睨まれた。
「あいつらは最終的に自律型思考回路を持った大人のオモチャを作ろうと」
「いいじゃないか!」
発想の転換だ。俺がたとえ勃たなくても堅太をオモチャでいやらしく乱れさせればいい。
これ以上の問題の解決方法はない。
猫の幻覚が堅太でなく俺を縛ったとしても堅太から離れることは有りえない。
「俺はかわいい堅太が見たい」
「かわいくなんかならないっ」
これは堅太のコンプレックスを刺激したのかいつになく苛立たしげな反応。
堅太はとてもかわいいがそのかわいらしさは俺だけが知っていればいい。
ただ俺の前で堅太を貶めるのは許さないし、堅太がかわいらしいことは堅太本人が否定しても事実として揺るぎない。
「まだ素材として気持ちよさは足りないかもしれないが、これから試していこう。堅太は同じ選択授業をとっている仲間の役に立ちたくないのか!?」
「そういう言い方は卑怯だろぉ」
涙目な堅太に先ほど授かった触手君零を渡す。渡すというよりも胸のあたりべちゃっとくっつけた。普通なら重力に従って落下するのだが脱ぎ切っていない服の上にくっつく触手君零。
動画で見た時は衝撃的だったが実際に目の前で見ると地味だ。
そのまま浴室に堅太を連れて行きシャワーをかける。
本当は冷水がいいらしいが堅太のことを思って温めのお湯だ。
服を着たままシャワーというのも結構興奮する。素肌に張り付くシャツはエロい。
堅太が嫌そうな顔をしているのはボタンが外れたシャツだから洗濯前にボタンを縫いつけたかったのかもしれない。
ヒトデを大きくしたような形というのが一番近いのだろう触手君零は水をかけることで膨張する。
先ほどは野球のグローブぐらいだったのにいつの間にか倍ほどに膨らんでいた。
堅太の胸を覆い尽くすほどの大きさ。
胸に肉厚の花が咲いているみたいで面白い。
色は水の温度で変化するらしくぬるま湯では最初から変わりないショッキングピンク。
何故その色なのかといえば一見してアダルティさが出せるかららしい。
未成年者がアダルトグッズを作るのは問題ないんだろうか。
アダルトグッズとして使っているのは使用者である俺であり、製作者がこれは子供のオモチャだと言ってしまえばそれまでだ。
普通のマッサージ器すら人はアダルトグッズにしてしまえる。
箸でもマジックでもペットボトルだってアダルトグッズに変貌する。
本来の用途と違った使い方でも安全性が保障されているなら問題ないはずだ。
ネットに転がる知識を参考に堅太に試してきたが受けが悪いのはあまりなかった。
大多数の人間は身体の作りが同じなのだから細かい部分は違うとはいえ先人の知識は為になる。
「被験者がいると助かるのは堅太も分かるだろ?」
「……っ、から、……って、おれじゃ、なくてもっ」
触手君零の膨張の限界を確認してシャワーを止める。
ぬるぬるテカテカしていていやらしい光沢の触手君零。小さくぷるぷる震えたかと思えば動き始めた。静かな浴室内に軽く機械音がする。特殊生命体ではなく人が作り出した人工物なのがよく分かる。
中は機械だが外側の素材が水を吸収して機械は完全防水らしい。
ローションをかけて壊れるようではいけないから、当たり前か。
今まで堅太とした行為の中で大人のオモチャというのは出てきていない。
人並みに興味はあるが成人してから手を出すのが無難だろう。
学生の内からやんちゃしすぎると三十代を前に賢者モードになるという。
セックスレスになると別れるというのは統計的に明らかな夫婦の内情なので俺は男性機能が衰えたとしても堅太とベッドを別々にする気はない。
「とあ……だめ、なんか……はりついて、……う、動いて、なあ、……とあっ」
初めての感触に戸惑いの声を上げて俺を頼る堅太。
これは堅太との初夜にも等しいかもしれない。
今日は記念すべき日だ。
止めて両手を広げれば堅太が腕の中に飛び込んできた。
泣きながら「バカっ、バカっ、とあのばかっ」と俺を責めてくる堅太は本当にかわいい。
病院でもかわいかった。
俺はやっぱり泣きながら堅太に罵倒されるのが好きかもしれない。
玖波那に「ドSのMとかケンちゃんかわいそう過ぎる」と言われたりもするが堅太だって満更でもないはずだ。
抱きつきながら俺の足を踏んでくる堅太は意外に余裕がある。
勃たないと思っていたのは猫の呪いもとい生霊のせいだった。
涙目の堅太の前で俺が何も感じないはずがない。
俺はこれ以上になく興奮している。下半身はちゃんとビンビンだ。
「とあ、とって、……とってってばぁ」
ヤバい。堅太はかわいすぎる。ねだっているとしか思えない。
触手ではなく俺自身で責め立て欲しいという哀願。
これを叶えないのは男じゃない。
名残惜しさはあるもののイジメすぎると禍根が残るので引き際を間違えてはならない。
弟様は堅太をからかうことがあるがフォローもまた絶妙だったし尾を引かないようにしていた。
あの技術は見習いたいところだ。
触手は模様に擬態したボタンを押せば完全に停止する。
俺が触手君零を堅太から引き離すと泣きながら俺に抱きついてきて「ばかばか」言い続けている。
本当にかわいい。胸がいっぱいであたたかくなる。
恋人に虫の部屋をプレゼントした依頼人の気持ちが分かってしまう。
あの依頼人は「あの子は蝶々が大っ嫌いなんですよ」とニコニコ笑いながら俺に部屋の内装に蝶をふんだんに使うように依頼してきた。悲鳴を上げて自分に抱きついてくる姿はきっとどうしようもなくかわいいと笑った男の歪んだ感情が自分にもあるとは思わなかった。
たぶん俺は天利祢を抱きしめていた堅太に苛立ちを覚えていたのかもしれない。
自分で自覚するよりも強く、深く、重く、冷たく。
平気だと思いつつも、割り切っていると信じながらに、無意識の発露こそが今の現実だ。
愛憎の形がそのまま今の愛情の形。
嫉妬心はストレートに表現されずにこんな風に堅太を追い詰める。
去年と同じ轍を踏む気はないのに俺の成長はまだまだ足りない。
どうすればいいのか分からないぐらいに愛してるのに気持ちは空回りする。
でも、堅太だって俺のこの感情を理解しているはずだ。
木佐木冬空がどうしようもない人間だと分かって傍にいるんだろう。
開き直りでも驕ったわけでもない。
「堅太が気持ち悪く感じない形状になるように改善要求をしないとな」
「な、……本気か?」
唖然としつつも堅太は表情を捨てても殺してもいない。
いつも肌を触れ合う時の恥ずかしげな顔のまま。
恋人同士の秘め事は本人の間で了承があればいいのだ。
ということで触手君零を抜きにしてこのまま風呂場で始まってしまってもいいだろう。
「触手とか……ジョークグッズな悪乗りだぞ。分かるだろ」
堅太はあくまでも触手から逃げることを選ぼうとする。
やっぱり見た目か。
人間じゃなくても見た目十割なんだな。
俺が人生を舐めてかかれるわけだ。
「もう約束したことだから今更、協力するのをなしにはできない」
「なしにしろよ。とあなら出来るだろ」
「堅太は俺を嘘つきにしたいのか?」
「お前……そういう言い方はズルいだろっ」
唸り声を上げる堅太の愛らしさは天使五千人分ぐらいだろう。
あるいは小悪魔を五万人ほど鍋に煮込んで出てきた液体だ。
「堅太、エッチしよう?」
「……雨音が起きてきたら、さすがに気まずいだろ。鍵が閉めれる風呂場でも」
「堅太、触手君零がそんなに気に入ったのか?」
「そういう脅しの仕方はやめろ」
「脅したつもりはないけど」
「別にそんなに急ぐことないじゃないか」
「俺は堅太と触れ合いたいんだ」
ここまで言って動かない堅太じゃない。
俺と堅太は愛し合っているんだから当然だ。
ただ心のどこかで天利祢雨音が二人の寝室で寝ていることが引っかかる。
心が削れる感覚を俺は知らないが、もしそれがあるのだとすれば今だろうか。
「天利祢が寝ているんなら……起きない内に終わらせた方がいいだろ。もし起きてきてシャワーを浴びようとしたり堅太の姿を探したら見られることになる」
とあが優しくないと言いながら堅太は肌に張り付いた服を脱いでいく。
胸元のあたりで指輪が光る。
いつも入浴時にそうしているのか堅太が服と一緒に外そうとするが水に濡れても問題ないと告げる。
早く終わらせるためなのか俺を求めてくれているからなのか、どちらでもないのかは俺にはまだ分からない。
ただ俺の下半身は待ちきれんばかりに涎を垂らしている。
品がないのが男という生き物なんだろう。
優雅に上品に欲望を発散するなんてありえない。
誰かに見せる前提ならともかくお互いしかいないなら取り繕うのは逆に不自然だ。
堅太の瞳に吸い込まれるような気分になりながらキスをして頭を撫でる。
抱き合うよりも堅太はキスで十分だと堅太は思っていそうだが俺は堅太の理性が崩壊している姿が見たくてたまらない。
快楽で前後不覚にさせてしまいたい。
そのためにはどんなものだって使える。
「……とあ」
やっぱり堅太が舌足らずに俺の名前を呼ぶ響きは興奮を煽る。
去年の別離も天利祢のことも何もかもを押し流して堅太のことだけを考える。
俺はベルトを外して早く堅太の肌を味わいたかったが、ふと手が止まった。
鏡の中に猫がいた。
そんなバカな。
シルエットは瞬きの間に消えていた。
視界の端にあるいは鏡の中で横切ったものが猫だと勘違いしたのかもしれない。
鏡に映っているのは俺と堅太だ。
見間違いにしては出来過ぎている。
薄暗い寝室ではなく明るい浴室でのこと。
疲れているならいいが絶対に憑かれている。
「とあ?」
堅太は変わらずかわいい、かわいいが興奮が半減した。
やはり呪われている。
俺か堅太か、この部屋か。
「俺は堅太とニャーニャープレイが出来ないかもしれない」
猫で萎えるような俺では堅太をにゃんにゃん言わせ続けることが出来ない。
せっかく堅太が乗り気だったのに!!
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