青い鳥を手に入れる努力は並大抵のことじゃない | ナノ

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 結論から言えば盗聴器があった。
 さすがは玖波那。侮れない男だ。
 第六感的な何かがあるのか、あるいは俺以上に人間不信により周りに懐疑的なのかもしれない。
 
 スズキのホイル焼きの香りが漂う中で俺がしていたことはソファに座っていたことだけだが長谷部先生が持ってきた機械で簡単に発見できた。
 だが、問題はそれが猫に取り付けられていたわけじゃない、ことだ。
 猫には何もなかった。猫の素材は人工毛皮の下は実は木だ。
 プラスチックや焼き物よりも木が一番扱いが楽だった。
 昔ながらの歯車の兼ね合いで動く簡単な仕掛けしか施すことが出来ないが指輪の台座にしては上出来だと自画自賛した。
 最終的に猫が憑依合体をしてしまったので堅太に捧げるものではなくなったが嫁の実家に旦那が作ったものがあるのはいいものだ。
 
 そして、問題となる盗聴器に話しは戻る。
 堅太の顔色は悪い。長谷部先生も微妙な表情。
 
  
 俺の部屋のクッションの中に埋め込まれていた盗聴器。
 
 なんだこれ。
 
 寝室のまくらの中にあった盗聴器。
 
 なんだこれ。
 
 食材の配達に使われたダンボールの中にあった盗聴器。
 
 なんだこれ。
 
 
 見せられるたびに俺は「なんだこれ」としか思えない。
 
 筆談で先生がどうするか聞いてきた。
 三つの盗聴器は全部生きているらしい。
 使い物にならなかったらそもそも先生が持ってきた探知機に引っかからないという。
 
「堅太、セックスしよう。それしか方法はない。だが、俺は先生の前で何もかもさらけ出せるような男じゃない」
「なんでそうなるんだ! 考え直せっ。とあは少し人よりも先に進み過ぎている。戻ってくるんだ」

 人よりも遅いぐらいだと思うが堅太には早いと感じるらしい。
 何の話かと言えばたぶん下ネタだ。
 これは努力をしていくしかない。

「先生……さっきの」
「あぁ! なるほど、そうだね。待ってて借りてくるよ」
 
 さすが大人は話が早い。すぐに俺の考えを察知したらしくて出て行ってくれた。
 非常勤講師とはいえ教師の前で生徒同士があられもなく絡み合ったら止める義務が発生するに決まっている。
 先生がいない今がチャンスだ。俺はタイミングを見逃さない。
 
「二人っきりなら……いいだろう?」
「ご、ごはんたべよ、う? なあ、とあ」
「ご飯よりも堅太が食べたい」
 
 正直、盗聴器のせいで食欲が失せた。
 自分の領域を侵害されるのは堅太も不愉快なはずだが俺は何よりも「俺と堅太の場所」に土足で踏み入られたのが許せない。
 いいや、食欲がないとはいえ堅太の作ったものはちゃんと食べるがそれよりもまずは復讐だ。
 俺の堅太の日常を垣間見ていたのは誰なのか突き止めないと怒りが収まらない。
 このまま本番になっても構わないが、果たして俺の下半身は言うことを聞いてくれるんだろうか。
 誤魔化しきれない失態を演じたらどうしようと怯える心は少し残っている。
 
 弟様が深刻な顔をしていなかったので堅太も俺に失望したりしないだろう。
 最終兵器もいずれ手に入れるつもりなので問題はない。
 
「……ん、……待って、おふろ、つくってあるから」
 
 キスをすると堅太はまたたびを嗅いだ猫という表現がぴったりなトロンと蕩けた顔。
 髪を撫でるのはキスをする時と決めているのだが、その成果かただ髪を撫でるだけでも堅太は俺に対して潤んだ瞳を向けてくる。
 いわゆるパブロフの犬。条件反射とは素晴らしい。
 
「ン……、あっ、あぁ、ァァ!」

 少し痛そうな堅太の声は俺の興奮を煽る材料にしかならない。
 身動きが取れない堅太を追い詰めるのは男として当然の義務だとすら思う。
 息を乱して顔を赤くしている堅太に欲情しない人間はいないはずだが俺の股間は現在微妙だ。
 他人の気配とはここまで俺をそぎ落とすのかと変に冷静になった。

「やめっ、やめろって、……そ、そんなことしたら」
 
 堅太の声に扉が外からドンドン叩かれるが無視。
 この役員用フロアまでこれたのはハッキングか何かなのか気になるが聞いて教えてくれるものだろうか。
 悲痛な叫びが室内にこだまするが俺の手は止まらない。
 
「バカっ、なんてことを! アァァァ!!」
 
 堅太の珍しい絶叫。それも仕方がない。
 これはきっと料理にマヨネーズをかけるような行動。
 リカバリー可能なので料理マヨのような惨事は訪れないが堅太は苛立っている。
 その姿はかわいいが俺は堅太が「もう口を利かない」と言ってこないことを祈るしかない。
 俺も心苦しいがこれしか方法がない。
 
「ひ、ひどいっ」
 
 堅太が泣くような声で俺をなじる。
 これはアレだ。「いつも悪いねえ」「それは言わない約束だよ」みたいなちょっとした芝居。
 お約束なやりとりだ。
 俺がテーブルの上に並べられた料理の上に堅太を押し倒したりしない限り堅太は本気で怒ったりしない。自分の身体でぐちゃぐちゃになった料理は全部食べると言っても堅太の気持ちは収まらないだろう。
 まあ、俺はそんなことしないので何も問題ない。
 
「どうしてこんなことするんだっ」
 
 堅太の叫びに応えるように玄関の扉が開く。
 本来なら恐怖するべき事態だが想像がつくので気にならない。
 扉から聞こえていた破壊音は堅太にも届いていたはずだが目の前のことに囚われて考えなかったのかもしれない。
 オートロックなので先生が出て行った後に鍵はもちろんかかっている。
 それを解除して入って来た人間。
 
「雨音!?」
「やはりお前か」
 
 盗聴器をしていなければこのタイミングで現れたりはしないだろう。
 ダンボールに仕込まれた盗聴器は天利祢雨音のものだと見て間違いない。
 ほぼ確信していたのには以前に弟が情報操作が得意だと話していたからだ。
 天利祢の家は少々特殊で下の人間が使える技能は上の人間も持っている。
 つまり天利祢の家で長男が最も優秀になるのは当然というわけだ。
 優秀な分だけ頭をおかしくさせているようだが弟を手足として使いながら自分も力を持って行動する天利祢とい一族。
 天利祢雨音が堅太に肩入れしているのは周知の事実ではあるが天利祢の家としてはどういう見方をしているんだろう。堅太の味方なら問題ないが天利祢雨音のために堅太を排除するように動くのなら考えないといけない。
 
 他の二つも天利祢雨音が仕掛けたのだろうか。
 仕掛けられるんだろうか。
 俺の部屋のセキュリティレベルは高い。
 ダンボールは食材を配達する際のものだ。
 外部から一番単純な侵入経路だと言える。
 
 新妻が夫のいない留守に誘惑されるのも宅配便業者。
 荷物の受け取りのために開けられる玄関は危険極まりない。
 自宅警備員の必要性が問われる。野生の勘か長年の経験か玖波那なら危険物も処理してくれるだろう。目の前の雨音も使えるだろうが俺に対して敵意を持ちすぎている。敬う心が足りないから勘違いしてこんな風に乗り込んでくるんだ。
 
「枕の中の盗聴器は転入生鯨井青葉のものです。会長様が入院された日に忍び込んだものと思われます。手口が鮮やかすぎるので経歴を洗った方がいいかもしれませんが彼はゴールデンウイーク明けに新しい学校へ転校が決定されています……どうしますか?」

 なるほど、猫は猫でも偽物が生霊を飛ばしていたということか。
 堅太の猫が堅太の幸せを喜ばないはずがない。
 猫が俺たちの邪魔をするわけがない。
 
「ちょっと待って、なんで雨音がそんなこと知って……ってか、どうやって入って来た」

 今更、事態に追いついたらしい堅太は玄関と天利祢を見比べる。
 頻りに「ここ生徒会長の部屋だよな」と呟いている堅太の気持ちも分かが目の前の人物はチビ人間ではなく特殊工作員だと思えばいい。基本的に天利祢の一族が愚鈍というのは聞いたことがないので抜けていてどん臭いのなら特殊なパラメーターだけが高くて他の能力値が底辺というタイプなんだろう。この学園にも何人か存在する磨かれなければクズ石とされる原石。堅太がしっかりと宝石に進化させてくれたようだが天利祢雨音は自分の能力を堅太にしか使う気がなさそうだから他から見たらどうしたところでクズ石なのだろう。

「ちなみに堅太は俺との行為が嫌だったわけじゃなくて無理やり引っ張ってボタンを弾け飛ばしたから怒っているだけだ」
 
 無理強いをしているなら止めないといけないと思ったんだろうが俺と堅太の間にあるのは合意の甘い空気だけだ。
 勘違いを誘発したとしても見れば分かるはずだ。
 天利祢は俺に対して敵意を消していない。
 親衛隊長の立場から質問には答えているが警戒したままだ。
 動物を撫でようとして指を噛まれる人間の気持ちが薄っすら理解できる。
 俺は撫でる気などないからどうでもいいが堅太の戸惑いは解消してあげたい。
 
「後でボタンを縫わないといけないだろ」

 不満をありありと浮かべた堅太。
 堅太は犯人が分かっているならボタンを弾け飛ばさなくてもいいのにと唇を尖らせる。
 かわいいのでちゃんと弾けたボタンは拾い集めた。
 見つからなかったら堅太は絶対に許してくれなかっただろうからリビングの無駄な家具を置かないシンプルな内装に俺は感謝した。
 自室としている部屋の中は作業部屋扱いで物があふれているがキッチンから続くようなリビングは堅太が居てくれるおかげで整理整頓が問題なくされている。
 汚部屋と言われるような場所に堅太を連れて行くと数時間で見違えるようになるんだろうと堅太の技術力に惚れ惚れして「堅太は人類の宝だな」と告げると足を踏まれた。
 俺の話をちゃんと聞けという意思表示だ。かわいい。

「悪かったと思っている。……だが、堅太。覗きの犯人は見つけないといけないだろう」
「だからなんで雨音が」

 疑問に首を傾げる堅太に天利祢雨音は「堅太くんが心配で」と言い出した。
 心配でも盗聴はいけない。犯罪だ。
 天利祢の一族だからといって平気で犯罪行為をするのはよろしくない。
 家族みんながしてるから自分もいいと思っているなら反省させるべきだ。
 
「授業中も寝ているみたいだし疲れが溜まっているから……もしかしてって」
「俺と堅太は毎日一緒に寝ているがそれはお前には関係ないことだ」
 
 本当に寝ているだけだから堅太が疲れることはしていない。
 というよりも天利祢が堅太をそんな風に気遣うのは意外だ。
 見た目に反して肉食系なのか。
 男子として普通なのか。
 エッチな話は恥ずかしいですって顔していながら興味津々なのか。
 新聞部は地味かわいいと言っていたが天利祢雨音は実はただの男なんじゃないのか。
 堅太以外の人間からかわいい要素を見つけることが困難な俺なので一般的なことは知らない。
 弟様は全力で堅太を好きでいるようなので、そのあたりはかわいいと思う。家族愛は偉大だ。
 
「堅太くん、ごめんね……ごめんなさい」
「枕に盗聴器か……それのせいかな。病院から帰って来たここ二日、なんか耳鳴りしていて眠りが浅かったんだ」
「そうだったのか、堅太!!」
 
 俺は足を折り曲げて堅太の肩や背中に頭をくっつける感じで寝ていたから知らなかった。
 堅太がいるのなら俺には枕は存在しない。
 近くに堅太がいるのなら密着することが俺の眠りをうながす魔法だ。
 離れて寝ていても起きたら腕の中に堅太がいるので意識していてもいなくても無理やりに引き合うものがあるということだろう。 
 俺が乗ると堅太が重いと言うから俺の上に堅太を乗せようとしたら安定が悪いと断られた。
 熟睡すると寝返りを打たないタイプの俺なので堅太を落とすことはないのだが堅太は暑いからかベッドの中でわりと動く。
 動きが止まるのが俺の頭を撫でだしたときだったりするのでそれそれで幸せだ。
 ただ、きっと俺が玖波那や弟様ぐらいの体格だったら堅太が少し動いただけで身体の上から落ちることもないんだろう。
 そう思うとなんだか悔しい。
 ないものねだりではあるが男なら逞しい肉体がいいものだ。
 目の前の天利祢雨音にケンカを売っているわけではない。決して。
 
 俺の考えなど置き去りに堅太と雨音は話をしている。
 
「リビングのクッションのものは?」
「……それはフェイクですが仕込んだのは繭崎賢治ですが盗聴しているのは……退学になった前隊長です」
「生徒会長の親衛隊の?」
「繭崎賢治は退学になった前隊長から盗聴器を受け取っていました」
「ゴールデンウイーク前ですでに今日の夜から帰宅する生徒もいるから紛れ込んできたということか」
「でも、フェイクって?」
「堅太くん、長谷部先生が使った機械は電波をキャッチして盗聴器を知らせるものなんだけど実際に聞き取ることが出来ない、マイクが壊れている……いいや、塞いじゃっているのかな? その状態では『盗聴できる』とは言えないけれど機械として生きているから発見できるんだ」

 言っていることが分からないのか堅太は無言のまま少ししてから俺を見た。
 機械のことは堅太の領分だろうが弟様の思考回路となるとまた別問題だろう。
 
「今日の夕方に弟様はやってきたのか?」
「ああ、とあとの電話の後しばらくしてから……って、そういえば」
「その話はまだおいておこう」
 
 ベッドのことを思い出させてはいけない。
 俺は堅太と一緒に寝るんだ。なんとしてでも!!
 
「以前の親衛隊長の愚行がなんなんだ」
「会長様の身から出た錆かと思います」
「まだあの人はとあのことが好きなんだな」
「だから?」
 
 それがなんだと言うんだろう。
 転入した早々また転入することになる宇宙人にしても堅太は俺を好きなのだから素直に諦めていればいい。
 生霊で邪魔をしてくるなんて言語道断だ。
 好きだからといって相手が自分を好きでいてくれるわけがないのは考えなくても分かることだろう。
 盗聴なんて努力の方向性が違うんじゃないだろうか。
 
「……そういった会話を繭崎賢治ともしましたか?」
「覚えはないがしたかもしれないな」
「そうですか。繭崎賢治は前隊長にあなたの気持ちを聞かせて踏ん切りをつけさせたかったんだと思います」
「よく分からないが堅太の日常が脅かされたわけじゃないんだな」
「堅太くんのことはボクが守る」

 俺に向けた言葉というよりも決意表明。
 何かを感じ取ったのか堅太が天利祢の顔を覗き込んだ。
 生徒会長の親衛隊長という役職にもかかわらず生徒会長の恋人との距離に対して疑問を持たないのだろうか。生徒会長の部屋にいることを含めて気を遣って欲しい。堅太に見つめられる役得は俺のものだろう。

「……雨音? どうかしたのか?」
 
 堅太が天利祢雨音を抱きしめる。
 これは浮気なのかギリギリセーフなのか。
 友情に対して嫉妬心を燃え滾らせると俺は玖波那すら抹殺の対象にしなければならないので心を広くしなければならない。
 学園が謎の組織に占拠されて生徒同士で殺し合わなければいけない事態になったと想像する。
 その時に天利祢雨音は役に立つ戦力だ。生き延びるためには争いなどしている暇はない。
 性的な意味で堅太に触れているわけじゃないのだから感情をクールダウンさせる必要がある。
 
「落ち着け。……いいや、落ち着いてるみたいだからこそ……どうしたんだ」

 この言葉はよく意味が分からないが長年の友情から現れた意思疎通方法だろう。
 天利祢に対して堅太は優しすぎる。
 盗聴器に呆れも恐怖も覚えないのは危機感の欠如か天利祢への信頼か。

「あ、……あのね、あの……堅太くん、ボク」
 
 天利祢雨音が堅太に抱きつく。
 ズルいと思うがさすがに言えない。
 俺は空気を読む男だ。
 空気を読んで俺も堅太に抱きつくべきかもしれない。
 弟様ならナチュラルにそういう行動に出そうだ。
 
「一学期までしかいられないんだ」
「転校か?」
「ううん、家のことで……学校へ通えなくなるんだ」

 天利祢の嗚咽が堅太のボタンの取れた服に染み込んでいく。
 たぶん友人同士の真面目な話なんだろうが天利祢と俺との距離感のせいでリアクションが何もとれない。
 元々、俺を眼中に入れずに堅太にだけ話しているので何も言う必要はないかもしれない。
 同じ空間に居ながら感じる疎外感に俺はゆらゆら揺れてみる。
 手持無沙汰だ。堅太に抱きつきたい。
 
「家の事情はどうすることもできない……けど、俺たちが友達なのは変わらないだろ」
「うん、うん」
 
 ギュッと天利祢を抱きしめる堅太。背中を優しく撫でている。
 だが、堅太! そいつは盗聴器を仕掛けて人の部屋のドアをこじ開けて入ってきた男だ。
 危険人物だろう、どう考えても。
 小さく見えても手にバールのようなものを持って扉を破壊したんだぞ。
 俺が本当に堅太に何かしていたらバールのようなもので頭部を破壊されていた可能性だってある。
 友達だとしても、もっとちゃんと話を聞いたりした方がいいんじゃないのか!?
 もっと用心深くなるべきじゃないのか!!
 警戒心はもっと必要だろ!!!
 
 何よりもただ堅太が天利祢じゃなくて、こっちを向かないかと思ってジッと待っていた。
 さすがは堅太なのか俺の視線に気づいて顔を上げた。
 
「とあ、悪い……雨音が落ち着くまで待っててくれ」
 
 そう言って堅太は寝室に天利祢を連れて行った。
 これは浮気なのか。
 分からないけれど落ち着かない。
 
 帰ったのかと思った長谷部先生の声が聞こえたので玄関に向かうと見知らぬ生徒二人が土下座しており新聞部が「ありがとうございます」と直角のお辞儀。

 どんな展開だ。
 
 長谷部先生はいいことしたみたいな顔をしているが俺はただ頭が痛かった。
 
 

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