青い鳥を手に入れる努力は並大抵のことじゃない | ナノ

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 俺の気持ちなんか誰も分からないんだ。
 そんなことを思いながら俺は風紀室の扉を開けた。
 スレている。
 
 玖波那が弟様にお菓子をたかられていた。
 この頃、風紀室に来ると常に弟様がいる気がする。
 根城にしたんだろうか。
 
 弟様はマヨネーズが入っていないのにシュークリームを食べている。
 生クリームじゃ満足できない身体なのに我が儘を言わない弟様は立派だ。
 
 俺は思わず深く溜め息を吐いた。
 
「陛下? なんで、ヘロヘロしてんの?」
「ン? ダンナ、食べたいのかァ。口移ししてやろうか」
 
 と弟様が言うので頷いたら玖波那に止められた。
 なんでだ。
 
「永遠様ぁ〜、勘弁してくださぃ〜」
「親衛隊の一年でそういう喋り方の奴いるな」

 会うたびに「永遠様ぁ〜、マジ格好いいですぅ〜、リスペクリスペク〜」とか言い出す。
 異常者だろうか。
 玖波那は異常者の振りが得意だ。
 相手の油断を誘っている。俺は油断しないがな。

「なんで恋人の弟とキスしようとすんの? なんで? 浮気しないで!! やめてよぉ。今までの苦労はどうしたのよぉぉ」
「浮気? 口移しだろ」
「だ・か・ら、恋人以外とそんなことするのは浮気ですから!! う・わ・きぃぃ」
「俺は知っているんだ。そのシュークリームが堅太が玖波那に作ったやつだって」
「ケンちゃんの作ったものが食べたいからって口移しはまずいでしょ、キスだよ?」
「口移しは口移し、キスはキスだ」
「うるせえ! 陛下のポンコツ!! なんで分かんないかなぁぁっ」
「ウルセーのはオマエだッ」
 
 玖波那に怒られていると弟様が止めてくれた。
 蹴りつけられた玖波那は床にダイブした。
 風紀委員長で体格のいい玖波那を軽く吹き飛ばすなんて弟様マジ弟様。
 ちゃんと助け起こしてくれているから弟様は優しい。
 乱暴なのに紳士的というギャップがいいんだろうか。
 
「オレは平気だけどダンナはオレの唾液が混ざったグチャグチャの白いモノを口の中に入れられンの?」
「卑猥っ。その言い方やめてぇ」

 玖波那が顔を手で隠してくねくね動く。
 気持ちの悪い角刈りだ。頭が空っぽの踊りか?

「口の中であったかくなった唾液まじりのドロッとした白濁液を美味しく食べれるワケ?」
「堅太の作ったものだからな。問題ない。……相手も弟様ならいいだろう?」
「ちょ、陛下それってどういう基準?」
「堅太が気に入らないと思ったら弟様の寝ている隙にマヨネーズを口の中に入れておくって言っていた」
「アニキかわいいな」
「本当にな」
 
 弟様と頷き合っていたら玖波那に待ったをかけられた。
 無粋な奴だ。
 
「どこに和む要素があったのか知らないけど……ケンちゃん的に絶対にソレ、NGだから! ダメだから!! マヨラーはマヨネーズで窒息しろってことでしょうよ」
「ノーグッドか。堅太の作ったものならぐちゃぐちゃになっていても一口味わいたかった」
「ダンナはホント、アニキにベタ惚れだよナァ」
 
 俺の頭を弟様が撫でてくる。
 手の大きさのせいか年下な気がしない。
 シュークリームはすでに跡形もないわけだが。
 
「なんなの二人は?? 恋人の弟の距離感じゃなくない???」
「家族仲はよくしておかないとダメだろう?」
「そーだよ。ダンナは婿としてウチにくんだろ。かわいがってやンよ」
「堅太次第ではあるが木佐木から繭崎になる可能性は高い」
「繭崎の両親、ウチの親だけど、は放任だから男同士でくっついても問題にはならネエけど木佐木はウルセーだろ? ま、ダンナの前では何も言わないでアニキにだけウルセーんだろうナァ」
 
 堅太が嫌う雑音が俺の周りには数多い。
 それはちゃんと自覚している。
 
「うわっ、納得しかけたけど……そういうことじゃないですからっ」
「どうした、玖波那」
「仲良くても口移しはナイ! 絶対にNO」
「親が子供が噛めないものを口移しで与えたりするんだろう? 俺はされたことがないが」
「いいや、陛下は子供じゃないでしょ」
「成人してないぞ」
「もう! バカバカ!! アホの子めぇぇ」
 
 アホの米?
 米ってなんだ。ライス?
 シュークリームじゃなくてご飯がいいって?
 玖波那はいつからそんなに我が儘な奴になったんだ。
 
「今ちょっとケンちゃんに電話したから……はい、話して」
 
 玖波那の鬼気迫る圧力に負けて俺は堅太に事の次第を話そうとして、どうしたものかと逡巡する。
 元々シュークリームのことで風紀室を訪ねたんじゃない。
 憂鬱から変に緊張する。
 
「け、堅太か?」
『玖波那のケータイだよな。どうした、とあ』

 第一声で俺だと分かる堅太!
 胸があたたかくなる。これが愛か。

「実は玖波那が怒って堅太の意見を聞けと言ってくる」
『……はぁ、何やったんだ』
「弟様がシュークリームを食べていて、それを貰っていいかという話だ」
『ん? 別に構わない。玖波那に作ったものを弟が食べていて、それをとあも食べたいって話だな』
「そうだよな! 堅太ならそう言ってくれるとおも――――」
 
 思ったと言い切る前に玖波那がテーブルを叩く音に驚いてケータイを取り落す。
 角刈りの威力なのか玖波那の顔が怖い。
 頭が空っぽそうな笑顔が消えると人はこうまで変わるのか。
 玖波那に口パクで「詳細に説明」と言われたので俺は頷いてケータイをまた耳に当てる。
 
「弟様は口移ししてくれるというから頷いたら玖波那に」
『ハァ?』
 
 すごく声が低い。
 どういうことだ。
 さっきまではどちらかと言えば俺からの電話に嬉しそうだったのにこの温度差!
 
「アニキ、全部食べちまったけど……一口でいいから味わいたいからダンナはオレとディープキスしてェんだってよォ」

 そうは言っていないがそういうことになるのかもしれないと俺は横からケータイを奪って堅太に告げる弟様を見ていた。
 玖波那の額には青筋が立っている。
 俺と堅太が別れた時だってこんな顔をしなかったというのにどうしたんだ。
 
「生クリームと一緒にオレの口内を隅々まで味わうつもりだゼェ」
 
 ニヤニヤ笑いながら弟様からケータイを返された。
 俺のじゃないが堅太との会話もまだ終わっていないからいいかと「堅太」と呼びかけると。
 
『今日はベッド別々な』

 そう言って電話は切られた。
 堅太が部屋を掃除して簡易ベッドというか未使用のマットレスを発見したのだ。
 たぶん、予備の布団なのだろう。シーツをかけてタオルケットを持ち込めば今の季節なら問題なく寝られるだろう。
 普通の寮の部屋ならもう一組布団を敷く場所がないのだが生徒会長の部屋は一般生徒よりも広い。
 代々、家柄がいい人間が会長の位置につくので広めの間取りになっている。
 俺は作業スペースが必要なこともあるので堅太がいるなら広い部屋がいいと思っていたが予備の布団のせいで堅太と一緒に寝られないという恐ろしいことになるなら早く予備の布団を切り裂いてゴミにするべきだった。
 堅太には近代芸術の礎となったと伝えておこう。
 
「ダンナ……どうしたァ?」
 
 ニヤニヤ笑いを崩さない弟様。
 人の不幸を蜜の味だと思っている顔だ。
 さすが弟様、ゲスい。
 俺は罠にハメられたのだ。
 やっとそれに気が付いた。
 
「俺は気づいた……玖波那は恒常的に正しい」
「ケンちゃんに何言われたの?」
「ベッド別々だって」
 
 涙は出ないが切なさで胸がいっぱいだ。
 堅太の作ったシュークリームが食べたい。
 玖波那に渡すものだからって俺に一つもくれなった。
 お菓子なんか食べないけれど、むしろ嫌いで憎らしく思ってるけど、堅太が作ったものは食べたい。
 体内を堅太で満たしたい。
 俺の血液を生成した物質は全部堅太を介したものだと思えば流れる血の音にさえ恍惚とする。
 
「堅太はあんまりお菓子作らないのに……」
 
 俺の重苦しい溜め息に弟様が哀れんで「オレの指舐めていいぞォ」と言ってくる。
 思わず反応しかけたが玖波那に止められる。
 指を舐めるのが品のない行為なのはわかっているがシュークリームにかかっていた粉砂糖が弟様の指についていた。
 見つめると唾液が出てくる。甘いものに興味のない俺の唾液すらも操る堅太の恐ろしさ。
 
「……陛下、落ち着いて、陛下! 陛下はもっと理性的だったでしょ」
「俺は堅太に対して常にあらぶっている」
「ン? あァ、欲求不満なわけ?」
 
 優しく「話してみろよォ」と言ってくる弟様。
 年下とは思えない包容力を見せる、さすが弟様。
 これは繭崎の血筋だろうか。
 感動に打ち震えている俺に玖波那は「変な話じゃありませんように」と何処かへに向かって祈った。
 俺は変な話などしたことはないから安心するといい。
 
「堅太とセックスしたい」
「陛下もっと前提からお願いね。……なに? 断られてんの??」
「俺が勃たない」

 落ち込む俺に対して玖波那と弟様がそれぞれ肩をぽんっと叩く。さっきまで怒った調子だった玖波那が菩薩もかくやという顔つきになっている。
 勃起不全、それは男として重大な疾患だ。
 玖波那の気持ちは有り難いが俺に必要なのは哀れみでも優しさでもない。
 戦い抜く勇気が求められている。
 
「アニキに魅力がネエって」
「違うッ!!」
 
 これだけは力強く否定させてもらう。
 堅太は何も悪くない。
 ただ俺が気になって仕方がないだけだ。
 セックスには集中力がいる。
 野外や空き教室で出来る人間の気がしれない。
 モラル以前にそんな場所じゃあ勃たないだろう。
 勃たなくても好きなだけ触りまくるかもしれないが自分の家以外の場所で挿入は厳しい。
 あぁ、でも病院ではしたかった。
 堅太がかわいすぎるからいけない。
 俺のことを堅太が好きだって表現する言葉が表情が全部愛しい。
 それなのに夜の寝室で俺の心が挫けるなんて。
 
「……猫が……見ている……」
 
 弟様の忠告を聞いて玄関に置かずに猫の置物は寝室のサイドテーブルに置いた。
 寝る前に指輪を外し、起きたら指輪をつけるというのを俺は堅太と決めた。
 ベッドの中で裸になったら指輪はチェーンに繋いだ状態でも痛かったりもするからこれがベストだと二人で話し合って決めた。
 俺と堅太は誰も入る隙間もないほどの仲の良さだと言える。
 復縁して一週間未満だけれど。
 
 

 三日前に病院から戻って俺は自分が健康だと堅太に主張して押し倒した。
 その時は堅太も強い抵抗は見せないものの体調を気にして翌日に持ち越されたのだが、昨日の夜に俺は勃たなかった。
 勃たなかったというよりも集中できなかった。
 気がどうしても散る。
 
 
 堅太の服を脱がそうとした時に何か視線を感じたらクリソベリル・キャッツアイが瞳にハメこまれた猫の置物と目が合った。
 宝石と目が合ったというのもおかしな話だがこっちを見ている気がしてならない。
 堅太にそれを言うと笑われてキスをしてそのまま寝る流れになった。
 クスクス笑う堅太は大変かわいかったのでイチャイチャ的には満足したが欲求は溜まる一方だ。
 
「あの置物のせいで集中できない」
 
 自分で作ったのになんということだ。
 置き場所はリビングにすれば良かった。
 寝室は夫婦二人の聖域だ。他人の断り。
 
 いいや、むしろ見せつけてやると思えばいいのか?
 あまりに似ている生前の姿に堅太の猫が置物に憑依して俺を睨みつけていても、堅太はお前のものじゃない俺のだと……あえて猫の前で堅太を……!?
 
「ありゃあ剥製みたいに生々しかったからナァ」
「はあ、大変ねん?」
 
 納得するように弟様が頷くが現物を見ていない玖波那はよく分からないらしく生返事。
 俺はなおも力説する堅太にキスをしているとどうにも動いている気がする、と。
 堅太はキスをしている時は猫の置物を背にしている。俺は逆に目を開ければ堅太の頭越しに置物が目に入る位置にいる。
 ハンカチか何かを置物に被せてしまいたいがそんなことをすれば堅太が悲しむだろう。
 動く仕掛けは作ったが何もしないで動くなど有りえない。
 魂が憑依してしまったのならお祓いをお願いするべきだ。
 
「陛下は人間不信じゃなければ変な壺を買わされるよね」
「俺は人間不信じゃない」
「アニキも自分は人間不信じゃないって言うけどアニキもダンナも人間不信だろォ。否定スンナよ。普通の人間は誰か一人だけでいいと思っても実際に行動に移さないし言葉にもしネエのよ」
「どうしてだ?」
「大切なその一人以外も大事にしてるから……かナァ?」
 
 よく分からない。全員が大切ならただの博愛主義者か優柔不断だ。
 
「たとえ好きにランクがあっても誰かを傷つけることになるから黙っとくもんだって話。オマエだけだっていうのはベッドの中で二人っきりの時だけだ」
「俺も堅太も明言している」
「アニキ以外を傷つけてもいいと思ってるからだろォ」

 確かに堅太以外が傷ついても構わないと思っているが誰がどう傷つくんだ?
 俺の発言のどこに傷つく要素があるっていうのか理解できない。
 
「理解はする必要ネエよ? アニキを一番に考えるのがダンナの選んだ道だ……だから、ダンナが自分を好きだと言ってきた人間をどんな風に扱ったとしても気にすることじゃネエの」
 
 堅太に似た微笑みで弟様は「普通じゃない人間不信者に入れ込んだのが運のつき」と口にする。
 分からないが俺が無意識に危害を加えたらしい被害者に対しての言葉だろう。
 玖波那は分かったのか渋い顔で頭を抱えた。
 
「陛下は人からいろんな感情を向けられていることを知っててもケンちゃん以外に興味がゼロだからなぁ〜」
「当たり前だろう。堅太は俺の人生の一部だ」
「そういう風に思われたい人間は多いって話……で、いいの弟くん?」
「アニキが居なけりゃ自分がダンナに愛されると思っちまう勘違いは多いだろうが同時にアニキを絶対に越えられないことに絶望するやつだっている」
「堅太の格の違いというやつだな」
「ま、ダンナが世界に対して心を開くなんてありえネエみたいだからアニキとセットで収まるところに収まった感じだナァ」
 
 俺に伝えることを放棄したのか、俺がいつか気づくのを待っているのか弟様の考えは分からない。
 ただ俺は堅太が居れば他人をいらないと思っているが、堅太が居なくても他人との関わり方は変わらなかったがもっと酷く防御壁を作り上げたかもしれない。
 他人がしたり顔で自分の領域に乗り込んでくる不愉快さ。
 それに耐えられる人間だけが他人とコミュニケーションをとれるんだろう。弟様は入り込まれすぎる前に身をひるがえす術を持っている。俺にはない技術だ。
 
「人間嫌いのバカップルなんて普通は浮気がありえねえのにナァ。ダンナは人間不信すぎてアニキ以外を知的生命体だと思ってネエし」
「そんなことはない。弟様の知識と慧眼には恐れ入る」
「ホントかよ」
「陛下が人を褒めるなんてレア中のレア!」
「オレとアニキが……血ぃ繋がってなくても同じことが言えのるかァ?」

 冗談なのか繭崎家の秘密なのか俺には把握しかねる。
 ただ弟様の瞳はギラギラ獲物を睨む猛禽類のごとく輝いていた。

「…………少なくとも兄弟として過ごした日々があるだろう。それなら兄弟だ」
「オレはアニキを抱けるって言っても?」
「堅太が頼んだ場合だけだろう」
 
 堅太からの提案でどうしようもなかったのなら弟様はそういう行為に踏み切るかもしれない。
 無理やり堅太をどうこうするのは考えられない。
 
「弟様が俺に優しいのは堅太が俺のことを愛しているからだろう。いいや、最初は俺が堅太を理解していると思ったからこそ俺に対して敵意が殺がれていたのかもしれない」
「へぇ、そう思う?」
「あなたが優先しているのは常に堅太だ。それは今後なにがあっても崩れないのだろう。堅太が誰を選んで傍に居ても、あなたが誰を愛することになっても……」
「そりゃあ、だってナァ……弟だか仕方ねえだろォ」
 
 近所に住む相手なら躊躇なんかしなかったと弟様は遠くを見る顔をした。
 その表情は堅太が中学の頃によくしていた。
 視線が何を求めて彷徨っているのか俺は知らなかった。
 猫を求めているのかと思っていたけれど案外、弟様を探していたのかもしれない。
 ずっと密着していた兄弟。
 傍にいることが当たり前の人間が居ないのはそれだけで淋しいものだ。
 去年に堅太を失った俺は損失感を恐れている。
 また堅太が隣にいなくなるのなんて嫌だ。
 
「猫の置物はオレが引き取っとく。それならアニキも納得するだろうよォ。会いたければ実家に来いってナァ」
「有り難い。出来たら猫の魂ごと連れて行ってくれ」
 
 きっと堅太が聞くことがあるという幻聴の中には本当に聞こえてくる声もあったんだろう。
 そうでもなければ薄明かりの中で視線を感じたりしない。
 猫はきっといる!!
 

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