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「お前のことしか考えられなくなる……そこまで俺を必要とする人間なんてこの世のどこにも居ないだろ」
人は誰でも必要とされたいという欲求を抱えているという。
俺は生まれた頃から必要とされすぎて求められることが窮屈というよりは無視していた。
誰かから欲しがられるたびに自分を渡していたら俺はなくなってしまう。
恋愛感情でも親愛でも能力を開花させたり作った作品でもいい。
何かを与えることは俺の義務のように付きまとう。
出来る人間はやらなければならない。
それはとても億劫で俺は自分の切り売りをするのはこりごりだった。
興味のあった適当に作ったもので小金を稼ぐぐらいで俺の才能は問題ない。
誰かがもったいないと口にしたところで俺が満足しているのだから他人の考えなどどうでもいい。
弟様は堅太が基本的にのんびりゆったりとして口下手であることの理由を面倒だからだとまとめていたが本質は少し根深いのではないだろうか。
『昔の話だけどオレとアニキの育ち方があんまりに違うからアニキは色々と検査されたりしたんだよナァ。うちの親は気にしてなかったけど親戚とかがうっさくてよォ。ま、異常なんかなかったけど産声以外の声を上げないとか言われてたらしいンだ』
思い当たるのは話しかけられない子供は言葉を覚えるのが遅れると聞く。
それなら一つ違いの弟様が普通であるのがおかしい。
『オレはテレビとかで言葉を覚えたけどアニキはサボり魔だからそういうことしネエの』
と、俺の疑問に答えてくれた。
言葉を覚えるのが遅くても知能に問題なければ調べたとしても「そのうち他の子供と同じようになります」ぐらいしか言われないだろう。
俺は言葉を覚えるのが早く考え方が子供らしくないという理由で検査を受けたことがある。
偉人だか過去の天才だか忘れたがそんな相手と同じような脳の特徴を持っているらしい。
このことで俺の名前に箔がついて人を集める理由の一つになるのは面倒でしかないので表には出さないで貰っている。
人を収集する趣味はないし、宝石を使うことはあっても俺が作る作品は宝石じゃないので値段を無駄に釣り上げられて欲しい人間の手に渡らないのは困る。
どうでもいいと思って制作したわけではなく人の手に渡ることが前提で作ったものに値段が付けられないと言われた時の落胆ときたらない。
博物館に展示されても嬉しくない。実用品として作ったのだからガラスケースの外から眺めてどうするんだ。
俺だって実用品だ。木佐木冬空は列記とした日本男子で誰かを愛して、その相手を欲しがる。
眺められて見守られるような存在じゃない。
言葉を覚えるのが遅くて、経済的にする必要のない家事を幼いころから行っている堅太は放任主義というよりは育児放棄の状態で育ったのではないだろうか。堅太と弟様はあまりにも密着しすぎている。それはふたりだけで過ごした時間の長さなんじゃないだろうか。
喋らない堅太の代わりに弟様が代弁して堅太の寡黙さがなおさら加速する幼少期が容易に想像できる。
「俺は誰かに必要とされたいわけじゃない。……でも、必要とされる喜びは知ってる」
俺も堅太も人間に対して好き嫌いが激しい。
だから、例外の存在に滅法弱い。
その人だけのために何だって出来るぐらいに愛せるもの同士。
似ているからこそ少しでもズレるとすれ違って遠ざかる。
「浮気は謝って、終わりにはならない」
堅太の言葉に俺は頷いた。
「心の中で浮気してないって思ってるだろ」
見破られてしまったが「堅太を傷つけたことは謝罪すべきだと思っている」と返す。
浮気の定義、気持ちの揺れ、肉体の接触。
考えると一般的に俺が浮気をしていたとしても堅太を前にして認めるのは堅太以外を大切にしたり、堅太以外を抱きたいと思ったと言っているようでイヤだ。
俺は心の底から堅太しか興味がない。堅太が関連しない状態で他人と会話するのが頭が痛くなるほどに。
俺も他人との会話を面倒だと思ってサボっているのかもしれない。
「もう、いいよ。それでも……諦めとか切り捨てとかじゃない。とあは、そのままでいい」
ゆるんだ包帯を直そうとしているのか堅太が俺の顔に手を伸ばす。
堅太に「とあ」と呼ばれるのが堪らなく心地いい。
「俺がこれから気をつけていけばいい」
「あぁ、木佐木冬空の生殺与奪の権利は繭崎堅太にある」
「飢え死になんかさせるわけないだろ」
「俺に何も感じなくなったなら毒でも盛ってちゃんと始末してくれ。俺は堅太が俺以外と一緒にいる姿を見たくない」
「とあは最初にとあ以外をに構わないでくれって言ってたのに俺はそれを守れていなかった。……淋しくさせたな」
「堅太を淋しくさせたのは俺もだ」
お互い様では決してない。
俺が不満を持ってそれを伝えずに画策して失敗して振られて縋りついて離れなかったから堅太はまた俺を見てくれた。
「もう自傷みたいなことはやめてくれ」
「堅太を脅すつもりはない」
「単純に俺が傷つくとあを見たくない」
堅太を抱きしめてグルグル回りだしたくなったが頭の発する痛みが酷くて視界がかすむ。
「渡したいものがあるって言っただろ」
部屋に置いていると堅太に見つかってしまうので生徒会室に移動していたのだ。
気を遣って作ったせいか弟様に爆笑と完璧だというお墨付きをもらった。
堅太が気に入らないはずがないと言う。
生徒会長のデスクに向かう前にいつの間にか地面に頭を打ち付けていた。
転んだのだ。おかしい。足に力が入らない。
「……とあっ、とあっ!」
堅太が呼んでくれているのに返事が出来ない。
声が遠のいていく。
「やっと野獣から解放されたァ……って、あァ?」
「保険医を連れてきたんなら早く診察をさせろ」
「アニキ、何? 泣いたァ?」
俺のかすむ視界には弟様が堅太の目元を撫でているのが見える。
そういうのは俺がやりたい。恋人の権利が復活したと思っていいんだろ。そうなんだろ!
「陛下、大丈夫っすかぁ〜?」
ゆるい喋りはどう考えても保険医だったが「あ〜、こりゃあ、やべえカモ」とか軽く言っている頭を叩きたい。どうにかするのがお前の仕事だろと言いたいが言葉も出ない。
麻痺毒を食らった状態に俺は吐き気がした。
動けない苦しみを堅太に訴えたいのに堅太は弟様と話してこちらを見ない。
この疎外感は厳しい。悲しい。
他の場所にいた幸せの青い鳥は移動させると死ぬという。
俺はそんなに難しいことを望んだだろうか。
すぐそばにある幸せに気づかないなんてことはない。
「……っ、けんた」
なんとか出た声は小さすぎて近くで俺の状況を確認している保険医にも届いていないかもしれない。
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