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『アニキはきっと――ブチ切れるゼェ』
別に堅太に怒ってもらいたいわけじゃない。
いいや、やっぱり怒って欲しい。
無反応は嫌だなあ。痛かったし。見返りは貰いたい。
「……ひっ、うっ、……ぐっ、ひゃ、……ひゃらぁ」
泣き声が聞こえた。
ボロボロの幼い子供が何も考えずに泣いている声。
年を取ると声を上げずに涙だけで泣くようになると誰かに聞いた。
俺はそもそも涙を流したことがない。
生理的なものはあるかもしれない。目に異物が入ったり、怪我をして痛かったり、そんな涙。
「し、しなな、いで、……しぬなよぉ、なあ、……とあっ」
とあ、とあ、と舌足らずに俺を呼ぶ声が誰であるのかなんて、考えるまでもない。
目を開けると顔面は引きつったような痛みがあり耳の上あたりは抉られたような鈍痛。
顔の方は分かっているが頭はなんだろう。
どうして自分が堅太に膝枕をされているのか分からない。役得だと思いつつ寝返りを打つように堅太のへそに顔を向ける。ぽたぽたと水が俺に滴り落ちてくるが堅太の体液なら問題ないだろう。堅太の声が耳に直接聞こえる。
「……とあっ、ばか、ねるなっ、……寝たら、永眠になるっ」
肩を掴んでゆする堅太には悪いがなんだか、とても眠い。
堅太の腰を抱きしめて堅太の腹に頭をこすりつけたら、頭はメチャクチャ痛かった。
うめくと「痛いの痛いの飛んでけ〜」と言われた。
頭に触ろうと伸ばす手を堅太に止められる。
見上げると堅太は泣いていた。
俺のための涙だ。
泣かれる権利がないとばかり思っていたので何だか心が満たされる。
「俺はいま、死んでもいい」
「し、ぬなぁぁ! 縁起でもないこと言うなっ」
堅太がソファーを叩く。
かわいいと思う。顔の造りとかそういう事じゃなくって、俺のことを思って泣いて怒って、安心して、不安になって。そういうところがとてもかわいいと思う。
「堅太、俺は堅太が好きだ。自分の命もプライドも全部どうでもいいぐらいに、好きだ」
自分のしたことを理解して傍にいることが出来るだけ幸運だと思うべきかもしれない。
でも、俺はきっととても強欲なんだ。
「……受け取って欲しい、ものが、あるんだ」
身体を起こすと頭がぐらぐらする。包帯が少し緩んだ。
堅太の表情が崩れる。
涙は拭われたのにまた瞳に潤んでいる。
「その怪我、俺の」
「堅太のせいじゃない。堅太のためにしたことを堅太に背負わせる気はない」
「治せるのか?」
「治らないことはないと思う」
「じゃあ、治せ」
「…………どうしてか、聞いていいか」
「お前のその顔も全部含めて木佐木冬空だからだ。俺のとあに勝手に傷をつけるな」
弟様が「周りの……親衛隊だったかァ? それの悪口を言わねえのはなァ、気持ちが分かるからだろよォ。アンタがなんでも出来る人間でアニキと釣り合ってネエのを認めてんだ。そしてそれが悔しくて堪らネエの。理不尽なこと言われて聞き流しながら愛憎がマシマシってナァ」と言っていた。
それは堅太も俺のことを一般的な価値観で置いて美形であり、見目がいいと思ってくれているわけだ。
「せっかく昨日、俺が、髪の毛を綺麗にしたのに……引き千切れてる。枝毛になるだろ」
俺の顔を堅太が気に入っているんじゃない。
堅太の俺に傷をつくのを嫌がっている。
昨日から戻った同棲状態で堅太は以前のように俺を自分の保護下に置いている。
俺は堅太に面倒を見られているのだ。
中学の時に背を伸ばしたいとか筋肉をつけたいと堅太に頼めば料理は元より身体を作るための無理のないメニューを考えてくれた。
一緒に走ったりはしてくれないが室内でのストレッチなんかは手伝ってくれた。
俺は堅太に密着するためだけに柔軟体操をやっていたと言っていい。
生徒会長になっても頼めば堅太はストレッチの補助をしてくれるし、俺の身長が堅太よりも高くなってもそれは変わらない。誰かに触られることを嫌がる俺のために堅太が気を利かせたのだ。
その気遣いに甘えて俺は堅太の体温を堪能していた。
堅太は俺の手入れ、身だしなみを整えるのに始まってスケジュールの管理や体調管理、気分的なものすらも全部気にかけてくれて、それを苦にしていない。
才能があっても仕事を選んだり気分でムラが出る人間は使えないと言われたりもするので俺は類まれなる才能をゴミにしているクズだ。
俺の才能を俺がどう使おうと他人に口出しされる権利はないので別に構わない。
俺の思うとおりにしか俺は動かないのだ。
ただ堅太が作り出す心地よい空間や堅太が俺に向けてくれる感情見たくて俺は今までしてこなかったことだって出来るようになる。
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