青い鳥を手に入れる努力は並大抵のことじゃない | ナノ

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「転入生鯨井青葉に正式な処分が出るまで監視するように親衛隊に伝達。武力制裁は必要ないが今後、鯨井青葉が現実への認識を怠り妄言を吐くようだったら、その都度諌めるように徹底しろ。生徒会長木佐木冬空親衛隊、隊長である天利祢雨音、それがお前の仕事だ。家から俺を貶めるように言われているのだろう? 男との恋愛関係、そして痴情の縺れを演じて学園内で恥を晒したことをきちんと報告して構わない。不思議なことに実家からそのあたりの注意が一切来なかったからな――」
 
 誰かが外部に漏れないようにしていてくれたのだろうと思って考えれば目の前にいるのは「天利祢」だ。
 天利祢という家は特殊で目上のいう事を絶対に聞くように教育されているらしい。
 それだけなら普通のことかもしれないが教育の仕方が狂気じみている。
 すべては露見していないので天利祢の内部がどうなっているのか考えるだけでも気味が悪いと言われている。
 一般的に知られる天利祢の異常性は当主になった長男が仲のいい気に入りの弟の手足を切断して常にそばに連れ歩いていたという逸話。
 これが事実か天利祢に対する嫌がらせのデマかは知らない。
 天利祢の次期当主とされる人間に会ったが弟の手足をなくして連れて歩くぐらいは余裕でするような人間だった。頭のねじが外れたサディストの鬼才。
 
「弟が……情報操作が長けているので」
「家に秘密にしていいのか?」
「よく、はないですけど……、でも、知れ渡ってしまったら、堅太くんは、何も関係ないのに、巻き込まれて、今よりも大変なことになるかもしれなくって、そんなの」
「感謝しているが、隠し立てすることでお前が不利益を被る可能性があるのならやめておけ。堅太はそんなこと望まない。俺も堅太も自分たちの関係の責任ぐらい持てる。…………俺たちは他人がいらないもの同士だったんだ。それは責任を持っているとは言い難いが誰かに押し付けるつもりはない」
 
 お互いしかいらないけれどここは学園である。
 他人が居る場所だ。
 俺はそれを失念していて、堅太は面倒事を避けたいから過剰に気にしていた。
 弟様は根本的に怠け者だという意味で俺と堅太が同じタイプだと笑っていた。
 俺は面倒だから人に興味を持たないわけじゃなかったが堅太は人に煩わされるのが嫌だから地味に静かで生きることを選んだ。
 
 ただ堅太について忘れてはならない一番大切なこと、それは――。
 
『最初に言っておくんだけど、俺は……顔のいい人間、苦手なんだ。コンプレックスが刺激されるから』
 
 中学の時、同室になって初めの挨拶がこれだった。
 今なら顔のいい人間が誰を指すのか分かる。
 弟様の顔は俺とは別のタイプではあるが整っていた。
 この学園に弟様が入学していたら次期生徒会長だっただろう。
 
 その時の俺は堅太のコンプレックスの意味も何もかも分からなかった。
 俺に興味のない人間なんていないと思っていた。
 どこにいても俺は人から持ち上げられて生きていた。
 俺に話しかけるなんて言語道断で俺から話しかけられて至福に浸る。
 誰もが俺の視界の中に入りたがったし、みんなが俺の言葉を待つことを当然だと感じていた。
 そういう意味では堅太は例外的だったがそれだって俺への変化球のアピールだと受け取って本気しなかった。 
 
 だが、今なら分かる。
 
 堅太は本当に美形が嫌いだ。
 俺の美貌はマイナスだったが堅太はそれを許容してくれた。
 そんなことも俺は知らずにいた。
 いつだって堅太が俺の顔を喜んだりしていなかったことを分かっていたのに認識できていなかった。
 俺の顔に見惚れても俺の顔を褒めることはなかった堅太。
 
 嫉妬を向けられることは多いが無関心を突きつけられたことはない。 
 
 そして、堅太の泣き顔に心を奪われた俺はどうやって堅太に俺を見てもらうべきかを長々と悩むことになる。
 
 
『……猫のボトル?』
 
 
 ボトルシップを作るのにハマって少々小金を稼ぐことすらしていた俺は気まぐれというよりは打算にまみれたごますりから堅太に猫のワインボトルにちょっとしたものを作って渡した。
 そのころ俺は堅太がすでに好きだったがどうすればいいのか分かっていなかった。
 人を愛するという感情の動きを知らない俺は物で釣る方向に走っていた。
 正直、猫の形のせいで瓶の中の船の見栄えはよくなかった。
 けれど堅太は実家の猫の話を笑ってするから猫が好きなのだと猫のワインボトルをチョイスした。
 
『俺、猫はそんなに好きじゃない。――けど、ありがとう』
 
 そう言いながら堅太は俺の頭を撫でた。
 だから俺は勘違いしていた。
 堅太は猫よりも何よりも俺を愛していると思い違った。
 
『俺は、わがままで気分屋なくせに俺を否定することなく寄り添ってくるアイツが好きなんだ』
 
 泣けば猫がやってくると泣いた堅太を俺は忘れてはならなかった。

 大半の猫好きは猫という種類の動物全般を好きな傾向が強いと聞く。
 自分の家の猫はもちろんかわいいが他所の家の猫も猫というくくりで愛している。
 
 だが、堅太は猫はそんなに好きじゃないという。
 それは美形に対して思うところがあるのに俺と付き合ってくれたことからも分かる堅太の中のルール。堅太は自分を縛っている法則から抜け出ることがないのだから俺は目に見えないものを軽視してはならなかった。踏み越えてはならないラインが誰にでもあり、堅太はそれがとても分かりにくい。
 俺が親衛隊と肉体関係を持ったとしても愛を確かめ合うためだと言えば許してくれると思い違いをしていたように堅太は過ちを犯した人間を受け入れたりしない。
 
 
『とあ……俺を好きでいるお前が好きだよ』
 
 
 堅太の本音は聞いていた。知っていた。それなのに俺は自分というものを過信していた。
 自分だけが愛されているという証明を求めて愛のためなら何をしてもいいと思っていた。
 頭の中で堅太が「にゃー」と鳴く幻聴が聞こえる。
 あの時の堅太は俺を愛していたが同時に猫の面影を求めていた。
 
『ちゃんとアイツみたいに俺を愛して。
 ……そうしたら俺はとあを飼ってやる。どこまでも面倒見るって約束する』
 
 自覚のない捨て猫ほど厄介なものはいない。
 俺は自分から堅太の猫の範疇から外れた。
 それこそが堅太の愛情をゼロにした原因。
 俺は堅太から捨てられたのだ。
 弟様いわく堅太に殺された。
 堅太の中から追い出された。
 堅太の猫は堅太を淋しくなどさせない。
 そんな単純なことを俺は見落としていた。
 その自覚のない俺は堅太に付きまとっていたわけだ。
 でも、仕方がないじゃないか。
 他に俺の貰い手はいないんだ。
 
 
「俺はこれから堅太の作ったものしか口にしない。……市販の飲み物は浮気じゃないと思うが……浮気になるか?」
 
 部屋に戻るとすでにいい匂いがしていた。
 パタパタと音がして堅太が玄関に顔を出した。
 
「急に何言ってんだ。……おかえり」
「ただいま。――決意表明だ」
「いや、勝手に飲み食いしていいって」
「俺の愛情表現だ」
「それで栄養失調や貧血になったら」
「堅太が責められて困る?」
 
 濁そうとした堅太に言葉を繋げれば瞳を揺らしてから頷かれた。
 
「ずっと傍にいてくれ。外食は堅太がイヤじゃないならする」
「……料理を作る係りだって言うのなら受ける」
「堅太の全部を貰う権利は俺にはもうないのか?」
 
 抱きしめると「鍋を火にかけたままだから」と逃げられてしまった。
 だが、一生料理を作るのは問題ないらしい。
 この堅太の考え方は弟様以外わからないんだろう。
 きっと堅太は俺を説得して普通に食事を摂らせることよりも自分が作った方が楽だと思っている。
 というよりも俺のことを理解しているから俺に言うことを利かせることがどれだけ骨が折れるのか知っている。
 正直俺など堅太の一言でどうとでもなるちょろい奴だと思うが堅太はたぶん気づいてない。
 


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