青い鳥を手に入れる努力は並大抵のことじゃない | ナノ

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 理事長は外出中で学園に戻ってくるのはゴールデンウイーク後。
 未だにブツブツと呟き続ける宇宙人を副会長の孤塚は心配そうに見ている。
 面倒になって話し合っている最中にずっと寝ていた会計の土並に宇宙人を寮に連れて行くことを言い渡す。不満げな孤塚とは逆に土並は素直に従った。
 
 それを見ていて弟様はなぜか口笛を吹く。
 
「ハっ、そりゃあアンタはアニキと相性いいわァ」
 
 と、嬉しいお墨付きを弟様からいただいた。
 不思議そうな顔をした天利祢に弟様は親切に教えてくれた。
 
「アニキは死ぬほど面倒くさがりなんだよォ」
 
 天利祢には意外だったのか堅太が自分にどれだけ親切にしてくれたのかをとつとつと語る。
 弟様はそれを聞き流すように手を振った。
 
「放置すると死にそうなやつとか見るとアニキは手を貸しちまうんだよなァ。それが普通の価値観だと思ってるから面倒でも厄介でも……自分の面倒くさがりの性質に反してても、ナァ」
 
 何か思い出すような弟様の顔に俺が知らない幼い堅太がいるのだと思うと羨ましさに歯噛みするが弟様はさすがの弟様なので幼い堅太の写真を俺にくれた。
 俺もケータイを取り出して堅太の画像を渡す。
 そんなことをしながら俺たちは話し続ける。
 風紀室から出た廊下での話だ。風紀室の中では玖波那が頭を痛ませているだろう。
 去年の俺と堅太の破局の余波で大量の退学や転校という問題が起きた。
 今回のことも学園としては痛手になる。
 大きく広まらないことだとしても醜聞は醜聞。
 理事長の親戚が同室の人間を性的に襲ったなんて許されることじゃない。
 
「いつもは省エネな分、やるときはやるというのが堅太らしい」
 
 流されるかと思ったところで全く流されてくれない堅太。
 主体性がない人間だったら親衛隊に理不尽に責められた時に俺から距離をとっただろうし、去年に俺が土下座をした段階で別れを取り下げて付き合い直してくれただろう。
 堅太は簡単に見えて一筋縄ではいかない。それが人を強く引き付けていることを堅太はきっと知らない。のんびりとして生きているから勘違いしてしまうが堅太は物凄い善人であったり驚くほど優しいわけじゃない。ただ何も考えずに転んだ人間に手を差し伸べることが出来る人だった。
 このぐらいなら誰でもするだろうというレベルのことをどんな場所でも誰に対しても実行できる。
 俺におむすびを作ってくれたのも同室者にこのぐらい接触を図るのは普通だろうと思っての行動だ。
 相手が俺「|木佐木《きさぎ》|冬空《とあ》」でなければ普通だっただろう行動。
 
「人間嫌いなのか誤解するレベルの人間不信だしなァ。……それはオレのせいもアンだけどォ」
 
 弟様の意見にまた不思議そうな天利祢。
 天利祢には堅太が神か天使にでも見えているのだろう。
 堅太は博愛主義者ではない。天利祢に優しいのは天利祢のことが気に入っているからだろうし、小動物に優しくするのは堅太の中で基本ルールだ。見ていて分かる。伊須海夢に対する扱いと天利祢雨音に対する堅太は声からして違う。
 
「アニキは面倒くさがりなのに人に尽くすタイプだから勘違いさせちまうんだよォ」

 矛盾したような属性だが確かに堅太は過剰ともいえるほどに周りへ配慮している。
 気を遣っている自覚すらないのかもしれないとは堅太を見ていて気づくのだが普通ならここまでされると自分のことを特別に思っているんじゃないかと勘違いするだろう。
 俺は優しくしていなくても勘違いされるというのに堅太は警戒心がない。
 伊須海夢など堅太が自分を好きだと無意識に感じて堅太の中に踏み込もうとして失敗していたがこれは伊須海夢に限らず多いのかもしれない。
 無意識に人をたらしこみながら反対に無愛想だと嫌われたり苦手意識を持たれたりもする堅太は実のところただの面倒くさがりで人との対立を避けているのだと理解するのはなかなか難しいことがある。
 俺の考えも全部が正解ではないだろうが無言の堅太が言わんとすることを読み取る練習の成果はきちんと出ているはずだ。弟様の反応からして俺は大外れを引いていない。
 
「あの猫目もある意味被害者かもなァ。アニキが半端にかわいがったンだろォ。オレのダチにも居たんだよナァ〜」
「そんなっ、そんなことないです。どんな理由があったって暴行なんて」
「アニキがあの時なんで呆然として何も反応しなかったか分かるかァ?」
「そんなの、普通襲われたら――」

 天利祢の常識的な言葉に弟様は首を振る。

「……自分が押し倒される側だと思わなかったんだろう。
 俺は何とも思わないが宇宙人は世間的に美少年と言って差し支えない。つまり、宇宙人から突っ込まれるなんて思いもよらなかった。……堅太はまだショックが抜けないのかぼんやりしていたから心配だ」
 
 調理をしている最中に手を切ったりしてないだろうか。
 気晴らしに料理を勧めたが失敗かもしれない。
 
「冬の空き地で拾ったソラ、それがアニキの全てになりすぎたのはオレにも原因がある、だから――」
 
 そう言って弟様が俺を見る。
 どう返事するべきかと思ったが頭を下げられた。
 
「感謝してる」
 
 そんなこと言われると思わなかった。
 俺の一部始終の今回の集まりの前に話しをした。
 罵られて当然だったはずなのに弟様は「そうかァ」と言うだけで俺を責めたりしなかった。
 
「オレはアニキにとって死神になっちまったンだ。……だから、アンタが居なかったらアニキは一生オレを無視してた……たぶんなァ」
 
 反論しそうな天利祢を弟様は手で制する。
 
「アニキは人と話すのも誰かと触れ合うのも面倒で仕方がねえのよォ。動物は例外だけどなァ。アイツらは喧しく鳴いても罵倒したり陰湿な嫌がらせをするわけでもネエし……でもよォ、人と全く触れ合わないなんて無理だろォ」
 
 だから感謝してると弟様は繰り返す。
 俺はただ中学の頃のことを思い出していた。
 
「去年のゴールデンウイークはちゃんとアニキは家に帰って来たんだ。……木佐木冬空、それがアンタの価値だ。アニキに愛されて信頼されてたからアニキは実家に帰ってこれた。勘違いスンナ」
 
 弟様は俺の考えも堅太の感情の流れも理解しているのだろう。
 一部始終を話したとはいえ詳しい話をした覚えはない。
 堅太と一緒に育っただけはあるという事か。
 
「猫を実家に残して学園の寮に入ったのはいつ戻っても猫がいると思ったからだ。アニキにとって実家は建物とか家族じゃネエ。あの猫がアニキの帰るべき家だったァ」
 
 堅太の考え方は俺は何度も考えて理解した。
 弟様が言わんとすることも分かる。
 家族としては遣る瀬無いのかもしれない。
 
「アニキが人を切り捨てたり諦めたりするのをオレは『殺し』って呼んでっけどォ、精神的ってか内面的? 心理的? にアニキは人殺しなんだけどよォ」
 
 物騒な言い方に天利祢が「堅太くんはそんなんじゃないです」と食って掛かる。
 弟様は天利祢の頭を撫で返事はしない。
 ただ俺を見て笑った。
 
「物理的にアニキに命を預けたのはアンタぐらいだァな〜」
 
 楽しそうに嬉しそうに俺の肩を叩く弟様。力が強いが弟様に気安くされるのは喜ばしいことだ。
 堅太は意識をしていないのかもしれないが弟様に対して心を相当砕いて接している。
 俺たちの間で話題に上がる他人というものが弟と猫ところにより祖母というレベルだ。
 両親は存命でも仕事を中心に生きていて放任されて兄弟二人が祖母に緩く見守られて育ったような状態であったらしい。
 
「明日の朝ごはんはオレの分も用意するように言っとけよォ」
 
 話は終わりだと切り上げる弟様に天利祢は納得がいかないようで不満げな顔で黙り込んでいる。
 こんな時に堅太なら天利祢の頭を撫でるのかもしれない。
 けれど、俺は堅太ではないし天利祢に対して何の感情も抱けない。
 
「……俺の知っている堅太も、お前の知っている堅太も、弟様の理解している堅太も、繭崎堅太という人間の一部でしかない。飲み下せないなら理解する必要はない」
 
 人に興味を懐かない以前の俺を無理矢理に変える必要はないのだろう。
 興味はなくとも覚えておく必要はある。


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