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天利祢雨音から中学時代の堅太が俺と同室であるだけのことで嫌がらせを受けていたのを聞いたのはつい先日だ。ちょうど堅太が弟様に捕獲された日。そして、宇宙人が宇宙人にしかなれなかった日。親衛隊と堅太の確執など知らない。長く根深く堅太を苛んでいた理由の一端が俺にあったことなど知らなかった。
知らないことは罪なのだろう。
自分一人で生きていない。
他人を、他人だった堅太を巻き込んで生きていこうとするのなら周囲への無関心を通した弊害を理解しないのは罪だ。
悪いことをしたら謝るものだが、謝ってどうすることもできないことがある。
本来、罪に対する罰は堅太がくれた別れを受け入れること。
そんなことはできない、したくない。
これは俺の我が儘だ。
我が儘を言わないと堅太に言ったにもかかわらず俺はそれを破った。
堅太を傷つけたにもかかわらず堅太を愛しているという自分の気持ちを捨てることなく押し通している。
俺の感情が堅太に向くことで堅太に迷惑が行くなど思ったことはない。
伊須海夢にストーカー扱いされたが堅太はそんなことを思っていない。
俺の言動に困ったとしてもそれは俺の感情ではなく周りの反応への戸惑いだ。
『会長様、失礼ですが……堅太くんに振られているのにどうして未だに諦めないんですか?』
親衛隊と堅太について一頻り話した天利祢雨音が俺に聞いた。
不敬罪を恐れない天利祢はそれだけ堅太が大事だということだろう。
『別れはしたが、振られた覚えはない』
堅太はまた俺に夕飯を作ってくれた。
俺にだけではなかったとしても堅太は俺を許容した。
堅太はまだ本当の意味で俺を手放していない。
『俺が告白した時に堅太に指輪を渡したんだ。それを堅太は絶対に俺に返さないだろう』
永遠を証明する手段だった。
目に見えない愛だけではなく触れてわかるもの。
思い出す、あの日に俺が堅太に告げたこと。
堅太だって忘れていないはずの言葉。
『硬度、8.5。手入れも簡単だし普通に生活していれば、まず壊れることがない』
揃いのものを探すのは骨が折れたし俺の年齢で手に入れるのは本来は不可能に近かった。
才能があると持てはやされて色々なことをさせられて、楽しくはあったが制限が煩わしかった。
家柄も容姿も才能も俺を狭い世界に閉じ込めようとする足枷だ。
成長すればするほどに他人や周りに無関心になっていく。
人の反応などどうだっていい。
自分の世界は自分の中にしかない。
共感する能力が欠けているというよりも育たせなかった。
誰が居ても居なくても俺の世界に変わりはない。
だから誰も居ない方が楽でいい。
例外は堅太だけ。特別も必要なのも堅太だけ。
堅太は制限の中での作業が楽しいんじゃないのかと言っていたが感性の違いだろう。
他の誰かの言葉なら聞き流したが堅太のものなら考え方が違っていても覚えていられる。
『高校を卒業したら、大学に通いながら公私ともに俺のサポートをして欲しい。
俺は堅太がいるなら我が儘は言わない。堅太だけが欲しいんだ』
告白した時の言葉は心の底からの本音。
俺の全部をかけて良かった。
人を受け入れることのない木佐木《きさぎ》冬空《とあ》を破壊しても良かった。
堅太を受け入れるために煩わしい世界との接点が増えても我慢できる。
『二つ揃って初めて意味を持つ』
『別れた時、返したくないって言ったらどうする』
『持っていればいい。ただ、俺と縁が切れることはない。もちろん、それを分かった上での行動だろう?』
『それ、絶対に別れないって言ってるよな』
『俺の手を取るというのはそういうことだ。俺には永遠に堅太だけだ』
生半可な気持ちで口にしたわけじゃない。
『誰も代わりになんかならないし、俺はとあを代わりにするつもりもない』
『あぁ、俺はお前の猫じゃない』
『猫でいいよ。猫でいろよ』
『堅太が望むなら……それでもいい。ただ俺以外の奴にあまり構わないでくれ』
そう言ったら堅太は「アイツもすぐに拗ねるんだ」と指輪を撫でた。
堅太の心を占める猫は忌々しい。けれど、俺と堅太を結びつけているから愛しくもある。
宝石言葉やパワーストーンとしての言葉は様々あり、引用する書物でまったく違ったことが書かれているが宝石を取り寄せている最中にふと見た言葉が忘れられない。
『幸福への道を正しく選択できる』
俺と堅太が持つ指輪にはめられた宝石が示す幸福への道とは何だろうか。
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